一人で気ままにはしご酒をするにしても、しっかりごはんを食べながら、地元をユルく回遊…とめぐり方、お店のチョイスも十人十色。大人の遠足ともいえるはしご酒にはその人の飲み方の流儀が反映されるものです。

今回は紀行作家、山内史子さんのはしご酒に密着。一升一斗の「一斗ちゃん」と呼ばれる酒豪で、男子高生並にいつも腹を空かせている地元在住53歳の紀行作家・山内さんから見た、中央線沿線の西荻窪駅界隈のはしご酒の楽しみ方を本人の文章でご紹介します。
まずは、パブ『The Hole in The Wall』へ

1年の半分は、国内外を旅して歩く。戻れば、引きこもりの原稿地獄。東京パトロールはおのずとおろそかになるが、わたくしの地元・西荻窪の飲み屋は、はるばる遠方から訪れる人も多い名店揃い。徒歩5分圏内で、美味美酒をきちんと補給できるのが嬉しい。

住宅街にぽつん、ぽつんといい店が潜むのもこの街の良さ。2019年春にオープンしたパブ『The Hole in The Wall』もそのひとつだ。都心に数多あるパブがロンドンと似た賑わいなのに対し、この店はイギリスの田舎のパブに似た静かでゆるやかな時間が流れているのが魅力。初めて訪れた際、ハリー・ポッターやアーサー王の面影をたどりつつ立ち寄った英国各地のパブを思い出し、涙が出そうになった。店を営むデイビッド・カマイケルさん&真紀さん夫妻によれば、わたくしに限らず「懐かしい」との思いを抱く人は少なくないとのこと。

日本ではほとんど見ない、「ポーク・スクラッチ」があるのも、感動だった。豚の脂身を揚げたものだが、サクサク軽い食感で罪の意識を薄めるキケンなスナック。

彼の地のパブではお馴染みのパイもまた充実の揃えな上、すこぶる旨い。しかも大好物であるマッシュポテトが、小躍りするほど絶品。真紀さん曰く「自分でもびっくりするほど、高カロリーな材料を使う」らしいが、気にはするまい、幸せならば。
2軒目は、日本一の燗酒が飲める居酒屋『善知鳥』

喉を潤した後は、日本一の燗酒が飲めるとして全国的に知られる居酒屋『善知鳥』へ。早くから予約を入れて訪問を楽しみにする人もいる人気店だが、「今、空いてます?」と電話を入れて気軽に寄れるのが、ご近所の強みだ。
主人の今 悟さんがつける燗酒は、吟醸からにごり、生酒まで酒類を問わず。「燗は酒が持つ本質を引き出す技」との言葉どおり、冷酒とは異なる表情を見せるのが面白い。さらにはタテ、ヨコ、ナナメと徳利を回転させる術により、味わいは多彩に花開く。たとえば今さんの故郷である青森の銘酒「豊盃」を先日いただいた際には、冷酒で魅了された米のふくらみが燗で引き締まり、元服したての若武者のような凛々しさが感じられた。

肴もすこぶる美味なり。なかでも「赤ホヤの塩辛」ほか自家製の珍味は、何度体験しても延髄に響く衝撃の旨さ。

なににも増して、今なお現役で鳴るダイヤル式の電話など店内を彩るアンティーク同様、昭和遺産的頑固一徹の今さんの人柄に多くの人が惚れ、酔い、ついつい飲み過ぎてしまうのではないか……。などと生意気なことが言えるのは、わたくしの中学時代の部活の先輩だから。ある方を偲んで閉店後に献杯した際、店の一升瓶をほとんど空にし、翌日の営業に支障を生じさせたダメな後輩である。
3軒目は『西荻 勝手口 ひまり屋』でさらに日本酒を

閑話休題、善知鳥同様、旨い日本酒が飲みたいときに頼りにするのが、常時約80種を揃える『西荻 勝手口 ひまり屋』だ。ここ数年は、全国各地で新銘柄が続々と名乗りを上げる、百花繚乱の戦国時代。「一斗ちゃん」と呼ばれる大酒飲みのわたくしとて、すべてを網羅するのは不可能ゆえ、各地の蔵元も訪れるこの店で修行に励む。

熟考しても迷うばかりなので、注文は「今日の面白い酒を!」とおまかせ。酒担当で一見、コワモテの富田恭司さんが1本を選ぶ際、照れを秘めつつ「むふふっ」とひけらかし顔になるのは、毎回、たまらない瞬間だ。この表情が見たくて「お次は……?」となる。

加えて板前さんが丁寧に仕込む料理の食材が、魚も野菜も上質。福島の「天明」にはダシのきいた煮物を、自家製の燻製には青森の「七郎兵衛」をなど、富田さんは的確に酒と料理の相性を示唆するため、至福の連鎖にはまり、飲んで食って満腹満足。
ならばそれで帰ればいいのだが、駅周辺に飲み屋がひしめき合う西荻窪は誘惑が多すぎる。しかも燃費の悪いわたくしは、ちょっと歩いただけで腹が減る。そんなわけで吸い込まれてしまうのが、立ち食い鮨の『にぎにぎ一』だ。夜更けのラーメンは少々逡巡するが、鮨を2~3貫つまむだけなら許される気がするではないか。
1貫100円~! 〆は最強の立ち食い寿司『にぎにぎ一』

しかしながら予定どおりにいったためしがないのは、旨いから。1貫100円~の価格を侮ってはいけない。鮨ダネの多くは産地直送で、米は七尾の契約農家による無農薬栽培。赤酢を使ったシャリは、ほろりとしなやかに口中でほぐれる。カウンターに立つ飯島洋さんが握る鮨は、高級店さながらに上等なのだ。その昔、鮨は気楽につまむ存在だったことを思えば、立ち食いは江戸っ子に倣った粋なスタイルとも言えよう。

佐賀の日本酒「七田」など酒の揃えが麗しい上、カード可なのがまた悩ましい。2杯目以降は気が大きくなり、ま、いいか、となる。
●SHOP INFO
1軒目
店名:The Hole In The Wall
住:東京都杉並区西荻北3-41-11 若菜ビル1F
TEL:070-4492-2093
営:17:00~23:30 (L.O 22:30)
土12:00~15:30 (L.O 15:00)、17:30~24:00
日・祝12:00~15:30 (L.O 15:00)、17:30~22:30
休:月・火
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2軒目
店名:善知鳥
住:東京都杉並区西荻北3-31-10
TEL:03-3399-1890
営:17:00~22:00(LO21:30)
休:日・祝
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3軒目
店名:西荻勝手口 ひまり屋
住:東京都杉並区西荻北3-13-4 メゾンドール西荻窪B1F
TEL:03-3390-1988
営:17:30~翌2:00(LO翌1:00)
日17:30~24:00(LO23:00)
休:月
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4軒目
店名:にぎにぎ一 西荻本館
住:東京都杉並区西荻南3-11-8
TEL:03-5346-1992
営:16:00~23:00(LO22:45)
日・祝14:00~23:00
休:無休
(文◎山内史子 撮影◎松隈直樹)
※当記事は『食楽』2019年冬号の記事を再構成したものです