きょうは、「AIとがん」の最新の研究について。日本人の2人に1人ががんになると言われている中、「最も発見が難しく治療の選択肢も少ない」といわれるのが「すい臓がん」です。

発見された後、5年経って生きていられる人は、他のがんよりも少ないと言われていて、それだけ治療が難しいんですが、この「すい臓」に今、AIが挑んでいます。

尿からわかる「すい臓がん」のリスク。AIIが可能に

まずは、尿検査ひとつですい臓がんを探り出そうという技術。名古屋大学発のベンチャー企業、「クライフ」の市川 裕樹さんに聞きました。

Craif株式会社・市川 裕樹さん

「すい臓がん」を含む10種類のがんのリスクを、尿を送るだけで簡単に検査することができるキットになってます。

「マイクロRNA」という最先端の物質を測っております。そもそも「マイクロRNA」っていうのは何なのかと言うと、がん細胞が、自分が成長しやすいように・自分が住みやすいように、体の中を作り替えるときに、マイクロRNAという物質を放出して、自分が有利なように「周りの環境を作り替える」っていう役割をしている。初期の段階からがんっていうのは、マイクロRNAをたくさん放出して、どんどん成長していくんですけれども、自分たちの検査は、「尿」からこのがんの発生のシグナルとなるマイクロRNA検出するのが技術のコアになっています。

「すい臓がん」は、早く見つける手段というのが極めて限られていたんですけれども、このキットを使うことで、これまで困難だったすい臓がんの早期発見が可能になる。本当に尿を採ってスピッツに入れて送り返すだけなので、健康診断とほとんど変わらないと思います。

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10種類のがんのリスクが分かる「マイシグナル・スキャン」は、69,300円(税込)

こちらは「マイシグナル・スキャン」というキットです(69,300円(税込))。ポイントは「マイクロRNA」という小さな物質。

これは、細胞が出している「信号」のようなもの。ふだん、私たちの体には、「今日も元気です」といった、安定したパターンの信号が流れています。ところが、がんができると、この信号の種類や、量、そしてパターンが大きく変わります。

たとえばがんが「転移」を始める時には、「いまから行くよ」「転移しやすい環境にしてください」というような、特別な信号を出すのですが、ただ、この信号の種類が膨大、出方も複雑で、人間が読み解くのは不可能とされてきました。

そこで登場するのがAIです。AIはこの複雑なパターンを一瞬で見分け、「すい臓がんのサインかも…」と教えてくれます。

しかも検査は、尿をとって送り返すだけ。結果は「低・中・高リスク」の3段階で表示。「低リスク」なら「今の階では問題ない」。逆に「中~高リスク」なら「がんがあるサインかもしれません。詳しく調べましょう」と、結果表にて医療機関でのおすすめの診療科と検査例を伝えてくれます。これが広がれば「すい臓がんで手遅れになる人が減る」、そんな未来が来るかもしれません。

AIが挑む「すい臓がん」早期発見から新薬開発まで
Craif株式会社・市川 裕樹さん

2年を2日に!AIが「すい臓がん」の新しい薬の標的を発見

そしてもう一つ、すでに進行したすい臓がんに挑む「治すための研究」も、AIによって進められている。続いては、「フロンテオ」の代表取締役社長、守本 正宏さんのお話です。

株式会社FRONTEO・代表取締役社長 守本 正宏さん

今ですね「すい臓がん」に対しての、適切な治療法っていうのがないんですね。治療法がないっていうのは、薬が標的にする「標的分子」と言われている、体の中にある「病気の原因」みたいなものですね、それが、見つかってないんです。

我々のAIの特徴は、この「すい臓がん」の病気が治るための「標的分子」、それを発見することができました。だいたい2万個ある中の「6個」。最終的に6個が、がん細胞が抑制できるっていうことを確認できました。普通なら2年以上かかるものを2日で見つけて、ほぼこの6個は、完全に誰も知らない標的分子になります。

少なくとも現段階では諦めるべき病気と思われているが、治療法が見つかるかもしれない。我々のAIっていうのは活用できます。

新しい薬を作るときは、まず「体のどの遺伝子を狙えば効くのか」を探すことから始まります。でも、人間にはおよそ2万個もの遺伝子があって、それぞれが病気に関わっているかどうか、世界中の研究論文をひとつずつ調べていく必要があります。しかも、まだ誰も論文に書いていない「未知の標的」を見つけるのは、ものすごく大変で、ふつうなら2年以上かかる作業なんです。

そこで登場したのが、フロンテオが独自に開発したAI「キビット」。もともとは裁判や不正調査で大量の文書を読み解くために生まれた技術ですが、「刑事の勘」のような直感をAIで再現し、いまは創薬にも応用。世界中の膨大な論文を一気に読み込んで、「この遺伝子がすい臓がんに関係していそうだ」という候補をたった2日で17個も見つけ出しました。それを実験で確かめたところ、そのうち6つの遺伝子には、本当にすい臓がんの細胞の増殖を抑える効果が確認されたそうです。

新薬を作るだけじゃない!AIが後押しする「薬の再発見」

ここまでのお話でも十分すごいのですが、AIの力はさらにもう一歩先へ進んでいるようで、しかも「そんな手があったのか!」と驚くような方法で、治療の可能性を広げているようです。ふたたび、フロンテオの守本さんに伺いました。

株式会社FRONTEO・代表取締役社長 守本 正宏さん

ある病気を治すためには、全く新しい新薬を使うときもあるんですね。なんですけど、もう1つ「ドラッグリポジショニング」=日本語で言うと「既存薬再開発」というのがある。例えばコロナの時って、もともと「インフルエンザ」で使っていた薬を転用してとかね。本来「風邪薬」だったものを湿布にするとか。要は、「この薬は、この病気にも、この病気にも、この病気にも効いて」、そうすることによって治療法がないものに関して、このAIを使って、成功確率を上げていく。

今ある薬だと、もうすでに人間に投与しているので、安全性は確保できている。

早く薬が作れる、いちいち新しく作らなくても。

私たちは「すい臓がん」に関しても、すい臓がんの標的が見つかったので、新規(の薬)を作るのと、既存薬でやるのかというのをやってます、両方とも。効率はすごいアップする。

AIが挑む「すい臓がん」早期発見から新薬開発まで
株式会社FRONTEO・代表取締役社長 守本 正宏さんに伺いました

ドラッグリポジショニング=「既にある薬が、他の病気にも効くんじゃないか?」という研究は、AIが登場する前から、世界中で進められてきましたが、ここでもAIが活用できるのではということです。さらに、そもそも患者の数が少ない「希少疾患」についても、AIによって研究が加速しそう…。

ただ、まだ研究段階であり、課題も多く残されています。それでも、これまで治療が難しかった病気に光が見えてきたのは大きな前進。今後の実用化に向けた取り組みに注目したいと思います。

(TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」取材:田中ひとみ)

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