今、急拡大が懸念されている文化財害虫についてのお話です。
メスだけでどんどん増える新しい脅威!ニュウハクシミ
2022年に日本で初めて確認された害虫ですが、どんな虫なのか。文化財害虫に詳しい、東京文化財研究所(東文研)・保存科学研究センター生物科学研究室の佐藤嘉則室長に教えて頂きました。
東京文化財研究所保存科学研究センター生物科学研究室長 佐藤嘉則さん
「ニュウハクシミという虫で、紙を食べる害虫として知られている虫です。国内に元々からいるシミ類はいるんですけれども、新たに外来種として見つかってきてます。
従来、シミが見つかる場合って年間通して1、2匹取れるとか、場合によってはまだ見たことがないという館もあるんですけども、一つのトラップに10匹以上取れるとか、ちょっと今までにない見つかり方をしてるというのが最初の相談でした。ちょっと普通じゃないなっていう感じですね。
繁殖が特殊で、単為生殖という形で、メスだけで卵を産んでどんどん増えていくと。卵から大人になって、また卵を産むまでにだいたい9カ月くらいで、で、その大人が年に二回卵を10個ずつくらい産むんですけれども、その速度で増えるので従来のシミよりも増える速度はすごく速いです。」
ニュウハクシミは、1910年にスリランカ・セイロン島で見つかったシミ類の虫ですが、日本では3年前に5都道県で初めて確認されました。そしてたった3年で全国19都道府県に急拡大しています。
佐藤さんたち東文研に、今まで見たことのない虫がトラップにかかっている、しかも一回に10匹以上もかかる!と立て続けに相談が入り、佐藤さんたちもビックリ。しかも、持ち込まれるのがメスばかり。おかしいと思ったら単為生殖する虫だった、ということなのです。つまり、メスだけでどんどん増えてしまうんです。
これが食われた紙。
貴重な文書資料だとたった一文字食われても、その資料の本質的な価値が大きく損なわれますから、と佐藤さんはおっしゃっていました。本当に、これは脅威ですよね。
博物館は資料の貸し借りの多い だからこそしっかり公表
実際にニュウハクシミが見つかり、それを公式に公表している(現時点で唯一の公表館)、琵琶湖博物館の菅原巧太朗さんにもお話を伺いました。
琵琶湖博物館 菅原巧太朗さん
「その時は三か所で一匹ずつなので三匹見つかりました。一匹見つかったら、もうたった二年で一万匹以上になるっていう情報も見てたので、これはまずいぞっていう感じでしたね。
ニュウハクシミと思われる個体が見つかりましたよっていうのは、もう思われるって段階でプレスリリースはさせていただきました。外来種っていうのも、もちろんあるにはあるんですけども、やっぱり文化財を汚損してしまう生き物で、増える力が強いっていうところが危険視してる一番大きいところかなと思います。
博物館、色々企画展示をやると思うんですけれども、そうした時にやっぱり一個の博物館でやるっていうのは難しくてですね、色々資料をお借りしてきたりとか、琵琶湖博物館が貸し出すっていうこともあるんですけど、そういうのをやってる中で、ニュウハクシミ・・・ウチは見つかっちゃいましたっていうのを公表することで、他の貸し借りする館も、気をつけて見ようっていうのをやって、全体で気をつけられるっていうのが、公表した一番大きいところかなと思ってます。」
公表することで、他の博物館・美術館にも注意喚起を広げようということでした。この脅威には全国的に取り組まないと、という思いが強かったということですよね。
状態のいい収蔵庫ほど増えやすいニュウハクシミ
実は、この琵琶湖博物館の公表はとても意義深いと思いました。なぜなら、ニュウハクシミにはこんな特徴もあるからなのです。再び東文研の佐藤さんのお話です。
東京文化財研究所保存科学研究センター生物科学研究室長 佐藤嘉則さん
「私たちが実験で調べたところでは、10℃以下だと死んでしまうのと、湿度が43%よりも低くなると死んでしまうというのは確認しています。
いや、そうなんです。まさにその通りで、資料にとって最も良い環境のために、温度湿度を安定させるんですけれども、それがかえってこのニュウハクシミにとって生存しやすい環境が維持されていることに繋がってますので、わりと状態が良い博物館とか美術館の収蔵庫ほど増えやすいというところもあります。」
しっかり環境を整えている館こそ、ニュウハクシミが生存しやすいんです!
古文書などの収蔵庫は、湿度55±5%、22℃とされていますが、この温湿度は、在来種のシミ類だと増えるにはちょっと厳しい環境。しかし、ニュウハクシミには快適!
だからこそ、しっかり知って、しっかり対策、しっかり警戒がとても大事になってくるんですね。
現在、東文研の佐藤さんたちが考案した手作りの毒エサのトラップを、ニュウハクシミが見つかった館に無料で配布して対策を始めています。(毒エサはアース製薬の協力だそうです)
ガス燻蒸による駆除が難しくなってきている難しさ
このトラップで、毒エサを食べて巣で死ぬ、その死骸を仲間が食べて仲間も死ぬ、という具合で退治していきます。これで、対策は進むかと思ったら、ここにも大きな課題があると佐藤さんは言います。
東京文化財研究所保存科学研究センター生物科学研究室長 佐藤嘉則さん
「初期についてはすごく有効だと考えてるんですけれども、すごく増えてしまって館全体に定着したようになってくると、なかなかこの防除キットだけでは難しいだろうなと考えています。
そこで従来ですとガス燻蒸というのが一つの選択肢だったんですけれども、燻蒸材とか燻煙材というのが、文化財に対して影響してはいけないので使える薬剤がすごく限られていたという前提があります。
で、さらに、国内で一番よく使われていた燻蒸ガスも、人と環境に与える影響が大きいということから、メーカーが販売停止になりまして、今使えるガス燻蒸剤というのがすごく少なくなってるということもあります。
今はまだ使えるガス燻蒸剤もあるんですけど、この先を見据えるとガス燻蒸剤を使わずにちゃんと防除できた実績というのもすごく大事になってきますし、そういった意味で新しい問題に対して新しい挑戦というのが今、始まっているのかと思います。」
ガス燻蒸による害虫退治は、高温多湿で虫の多い日本では重宝されてきたのですが、それが難しくなってきているんです。
現在は、文化財IPMという、農業で言うところの「有機農法」のようなやり方で、人の目や手で一つずつ対策をしていくことになる、と話していました。
気が遠くなる作業で本当に大変ですが、文化財は作り直せない貴重品。これ以上広がらないように頑張ってもらいたいですね。
(TBSラジオ『森本毅郎スタンバイ』より抜粋)

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