東京の多摩地域にお住まいの方、出身の方もそれ以外の方にも多摩ってナンだ!?と興味を持ってもらいたい番組「立飛グループpresents東京042~多摩もりあげ宣言~」(略して「たまもり」)。MCは土屋礼央さん(国分寺市出身)&林家つる子さん(八王子市の大学出身)。
今週は、誰もが一度は聞いたことがある「多摩ニュータウン」特集。どこにあって、いつ、何の目的できたのかを「多摩ニュータウン学会」の篠原啓一さんに詳しく伺いました。 「多摩ニュータウン」の過去と未来がわかる!?
実はまだ未完成!?「多摩ニュータウン」特集
「多摩市」出身、「稲城市」住まいの“ど多摩人”
土屋:さっそくゲストの方をご紹介です。「多摩ニュータウン学会」の篠原啓一さんです、よろしくお願いします!
篠原さん:お願いします。
土屋:簡単なプロフィールの紹介、つる子さん、お願いします!
つる子:はい! 篠原啓一さんは、1958年、東京都のご出身。共同通信社 松江支局を振り出しに総務省や国土交通省などをご担当。その傍ら、「多摩ニュータウン学会」の理事をつとめていらっしゃいます。
土屋:その「多摩ニュータウン学会」というものがどういうものなのか、気になるんですが・・・篠原さん自身のご出身はどちらですか?
篠原さん:「多摩市」の出身ですね。
土屋:ああ、そうですか! 今のお住まいは?
篠原さん:おお!隣の「稲城市」です。
土屋:おお! ゴリゴリの、“ど多摩人”じゃないですか! 私は今住んでいる所を言えない・・・(※世田谷区民)
つる子:(笑)。
土屋:本業は記者をされているんですよね?
篠原さん:定年を過ぎましたので、今は自分で記事を書くというよりは若い人たちが書いた原稿の最終チェックが仕事の中心です。
つる子:へえ。
“汐留鉄道クラブ”
土屋:共同通信社のニュースで、“篠原啓一さん”で記事の検索をしてみると、篠原さんが書かれた記事が色々と出てくるんですけど・・・「東京の鉄道空白地帯にモノレール延伸へ」「50年ぶり『おとぎ電車』に再会 西武の車両工場跡地の商業施設で」「惜しまれて完全引退 小田急の白いロマンスカー」って、“鉄っちゃん”じゃないですか!
篠原さん:(笑)。
つる子:あれあれあれ!?
土屋:ぼくがクリックしたくなるような記事ばかりですが、鉄道がお好きなんですか?
篠原さん:鉄道は大好きなんですけど、これはインターネットのサイト向けに書いているコラムなんですね。
つる子:ああ!
篠原さん:そのコラムの読者が多いせいか、ネットでも拾われるという形になっております。
地図研究、古街道・・・「たまもり」との繋がりが!
土屋:聞いたところによると、この番組にも何度もご出演いただいている地図研究家の今尾恵介さんとも・・・?
篠原さん:はい、私は地図でお世話になっている先生です。
つる子:ええ!?
土屋:身近な存在なんですね!
篠原さん:はい。「多摩ニュータウン」の鉄道について講座をやって欲しいということで、以前頼んだこともありますし。仲の良い地図仲間とさせていただきたい、と。年は私が1歳上なんで(笑)。
土屋:やっぱり、似ている人って集まってくるんだね(笑)。
つる子:繋がっていらっしゃいましたか!
土屋:あと、去年10月にゲストで出ていただいた“古街道”の宮田太郎さんとも繋がりがあるとか?
篠原さん:小学校の同級生なんです。
つる子:ええ!? こんなに繋がります!?
「多摩ニュータウン学会」とは!?
土屋:そして、「多摩ニュータウン学会」という名前を初めて聞いたんですけど、これはどういった学会なんですか?
篠原さん:堅苦しく言ってしまうと、「多摩ニュータウン」という日本最大級の計画都市について、市民、大学、企業、行政、さまざまな立場から総合的に研究して新たな地域学を構築しようというような、大きく構えた市民参加型のNPOですね。非営利団体ということになります。
土屋:参加されているのはどういう方なんですか?
篠原さん:大学の先生もいれば、自治体の職員もいるし、建築設計や造園を担う会社に勤めていたり。私自身は自分が住む町ですから、町の変化に興味がある1人の市民として参加しています。
土屋:けっこうしっかりした組織ですが、学会はいつ頃できたんですか?
篠原さん:1997年です。なぜ、学会として出来たのかというのが不思議なところだと思うのですが、理由は2つあったと考えています。1つは、「多摩ニュータウン」の建設が始まって四半世紀以上が過ぎて、市民の側から自分たちが住む「多摩ニュータウン」の成り立ちについて改めて学んでみたいという機運が生まれてきたんですね。これは、街が段々と成熟してくると、スポーツや音楽など文化活動が盛んになってくるんですけど、それと同じようなことだと思っています。
つる子:なるほど。
篠原さん:もう一つは、ここは非常に重要なんですけど、「多摩ニュータウン」というのは、戦後を代表とする系サック的な町づくりを進めてきたところで、各分野の専門家が知恵を絞って理想の町づくりを進めてきた、はずなんですよ。
つる子:はいはい。
篠原さん:それなのに、21世紀になるというときになると、「多摩ニュータウン」がやれ老朽化しているとか、高齢化が進んで大変なことになっているとか、あるいはいろんなマスコミにも書かれたんですが“理想の町に翳りが・・・”なんて書かれて貶されるようになったんですよ。それは、本当なのか、と。本当なら解決策を探らなければならないし、そうでないなら反論しなければならない。
つる子:はい。
篠原さん:そうすると、研究者サイドからもきちんと正確なデータが欲しいということで、情報交流の場として「多摩ニュータウン学会」立ち上がった、と。
「多摩ニュータウン」の歴史
土屋:なるほど。「多摩ニュータウン」は、ぼくも生まれてから存在は知っていたけど、実際にどういった経緯で誕生したのかというのは、聞いたことがあったりなかったりなんですよ。改めて、「多摩ニュータウン」の歴史を教えてください。
篠原さん:「多摩ニュータウン」は、「多摩市」「稲城市」「八王子市」「町田市」4市にまたがる、もともとは雑木林が広がる雑木林だったんです。
土屋:そんなに多いんですか! 「多摩センター」の周りだけを「多摩ニュータウン」というのではないんですか?
篠原さん:4つの市にまたがっています。そこに住宅都市を建設しようという話がまとまったのが60年前の1965年になります。昭和だと昭和40年ですね。これは都市計画決定というんですけど、ここがすべてのスタートラインになったと思っていいんですけど。
土屋:要は、東京都心に人口が集まり過ぎて住む場所が足りなくなったから、この地域に住む場所を作ろうということですか?
篠原さん:そうですね。工事は最初「多摩市」の「永山」という場所から始まったんですけど、駅でいうと京王相模原線や小田急線の「永山駅」というところ周辺ですね。これが計画が決まってから5、6年ですね。
つる子:あっという間ですね!
土屋:強引に作りましたね!
篠原さん:かなり急いで作ったと思うんですね。
つる子:そうなんだ。
篠原さん:ですから、最初は“陸の孤島”というようなことも言われて最初のつまづきが報道されたのが残念だったんですけど。
土屋:逆に、そこしか土地が無かったということですか? そこに選ばれた理由は?
篠原さん:人が住んでいなかったから。「多摩ニュータウン」の初入区の時、私は中学1年生だったんですけど、「多摩ニュータウン」地域ではない所で育ったもので。先ほど出てきた古街道の宮田くんも同じ小学校だったものですから、「多摩ニュータウン」の建設をずっと見てきたんですよ。
土屋:2人は建設現場が好きそうですね~。
つる子:(笑)。
篠原さん:建設現場で、<貝の化石を見つけたー!>というのをやったのが少年時代ですね(笑)。
土屋:へえ。
篠原さん:とにかく、住宅建設を進めながら解決していくという感じで建設を急いだという時代ですね。
土屋:これだけの広いエリアだと、どれくらいの人口のキャパシティを受け皿にしようとしていたのですか?
篠原さん:一時は、30、40万人の人口を目指しました。ところが、オイルショック、その後の低成長の時代など経済状況が変わったり、町づくりに対する考え方もずいぶん変わってきたんですよ。最初は住宅を建てて、ベッドタウンを作ることを良しとしていたんですが、そうじゃなくて、大学とか事業所とか、「多摩ニュータウン」の方に通勤通学する場も作るべきだろう、ということになって。「多摩ニュータウン」の中にいろんなものが作られ始めました。
土屋:ニュータウン計画は、海外のアイディアを参考にしたみたいなことを聞いたのですが?
篠原さん:それは最初の時代ですね。もともと、「多摩ニュータウン」の都市計画を決定した時代の作り方というのはアメリカ発祥の“近隣住区論”ということからですね。これは小学校を中心にして生活圏が共通するエリアを一つの単位としようと。
土屋:ああ、なるほど。そこで全部をまかなえる全部の施設がある、と。
篠原さん:この考え方は、「多摩ニュータウン」だけではなくて、日本の多くの大規模ニュータウンでは採用された設計思想なんです。その他に、自動車と歩行者を分ける“自車分離”とか、あるいは緑を多くするために全域の30%は公園や緑地にしようという、いろんなことを盛り込んでいって計画を作ってきました。
つる子:はい。
篠原さん:「多摩ニュータウン」の場合、人口が5000人から1万人くらいのエリアを一つの住区と呼んで、全部で21の住区計画しました。この一つ一つの住区に小学校が2つ、中学校が1つ、真ん中に商店街が一つ。
土屋:商店街も含めるんだ!
篠原さん:商店街は大事なんですね。小さなスーパーと、八百屋さん、本屋さんなどよく住宅の中にありますよね。これを配置したんです。
土屋:「京王線」でいうと、駅7個分くらいですか?
篠原さん:それくらいはありますね。それを全部いっぺんに工事したのではなくて、用地買収とか、防災工事が進んだ順に建設を進めていったんです。その準備が早かったのが「永山」という駅の近くの「多摩市」のエリアなんですよ。だから、「多摩市」のエリアから順々に工事が「八王子市」の方に進んでいって、最後に「稲城市」の方に工事が進んだ、と。
つる子:へえ。
土屋:この計画段階の会議、楽しそう!
篠原さん:それで、近隣住区を作ろうとしたんですけど、その後、なかなかうまくいかなかった一つの理由があるんです。人々が歩いて生活するというのが基本の考え方なんですけど、マイカーが普及していくと、良いスーパーや商店ができたと聞くと、そっちに行ってしまう。
つる子:そうか!
篠原さん:マイカーの普及で、個人個人の生活が住区の中にまったく収まらなくなってきたんです。女性の活躍などもあって、働くようになると、駅中心に生活がまとまってくるんですよ。そうすると、住区ごとにまとまるのではなくて、駅から何分という世界が新しく出来て、新しい問題ができたんです。
土屋:なるほどなるほど。
土屋:ぼくも今、クルマを乗ってますけど早めに免許を返納しようと思っていて。最終的にクルマに乗らない生活になってくると、クルマに頼らない生活は住みやすい気がするんですけど・・・
篠原さん:そうだと良いんですけど、他の人たちがクルマに頼って、商店を使わなくなってしまうと商店がもたなくなるんです。
土屋:なるほど。
篠原さん:今、そうやって商店がどんどん変わっていって、介護施設になったり福祉的に施設に変わりつつあるんです。必ずしも空き家にはならない。そこは上手に需要があるということなんです。
土屋:いや~、つる子さん、知らないことだらけだったね!
つる子:ほんとです!ね
土屋:「多摩ニュータウン」の大きさでいうと、地図で見ると都心の方にも・・・
篠原さん:大きさは3000ヘクタールと言われてますけど、東西15km、南北3~5kmと言われています。これを縦にして地図を動かしてみると、ちょうど山手線の中にすっぽり入るくらいの大きさなんです。
つる子:ええ!? ほんとだ!! 「多摩ニュータウン」って山手線の中の大きさなんだ!!
土屋:池袋から品川が入るくらい。
篠原さん:「多摩ニュータウン」の特徴として、実はまだ、完成していないということは強調しておきたいですね。
土屋:ええ!?
篠原さん:それどころか、時間をかけてまだまだ作り続けている町なんです。
土屋:まだ完成していないというと、サグラダファミリアみたいな感じですね。
来週も「多摩ニュータウン」の魅力を深掘り!
土屋:そろそろお時間です。また来週、「多摩ニュータウン」の魅力やこの先どうしていきたいかとか、お話を伺いたいと思います。篠原さんが今日いっぱい資料を持ってきていただいて、都知事の会見かと思って(笑)。
つる子:(笑)。
土屋:来週も「多摩ニュータウン」の魅力について、色々と伺いたいと思います。今週のゲストは「多摩ニュータウン学会」の篠原啓一さんでした。来週もよろしくお願いします。
篠原さん:よろしくお願いします。
(TBSラジオ『東京042~多摩もりあげ宣言~』より抜粋)

![【Amazon.co.jp限定】鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 豪華版Blu-ray(描き下ろしアクリルジオラマスタンド&描き下ろしマイクロファイバーミニハンカチ&メーカー特典:谷田部透湖描き下ろしビジュアルカード(A6サイズ)付) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51Y3-bul73L._SL500_.jpg)
![【Amazon.co.jp限定】ワンピース・オン・アイス ~エピソード・オブ・アラバスタ~ *Blu-ray(特典:主要キャストL判ブロマイド10枚セット *Amazon限定絵柄) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51Nen9ZSvML._SL500_.jpg)




![VVS (初回盤) (BD) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51lAumaB-aL._SL500_.jpg)


