「熱海のV字回復」というニュースをよく見かけますが、実はその一方で、神奈川県の「湯河原温泉」も元気になってきているようです。4月15日TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」(月~金、6:30~8:30)の「現場にアタック」で、レポーター田中ひとみが取材報告しました。
まずは、湯河原温泉まちづくり協議会の会長で、「ふきや旅館」を経営する山本一郎さんのお話。
★官民一体で始動した町再生プロジェクト◆湯河原温泉まちづくり協議会・会長 山本一郎さん:「県が「バス通り」を拡張する時に住民・観光業者・行政が同じテーブルについて協議する、まちづくり協議会が母体となった分科会を設けたり、「湯元通り」の外観整備の方向性を住民を巻き込んで細かく決めていった。また、景観について新たに定まった条例に基づき、国や町の補助を受けて、新しく食堂等を作ったりした。」▼石畳を敷いた「湯元通り」。通りに面した建物の建て替えも行われました
官民一体となった動きが広がっているようですが、そんな中、町の新たな「起爆剤」として期待されているのが、17年前に廃業した「富士屋旅館」の復活。
もともと湯河原は、夏目漱石や与謝野晶子など多くの文豪に親しまれてきた温泉地として知られていますが、中でもこの「富士屋旅館」は温泉街の中心部にあり、江戸時代に創業された老舗旅館。現存している一番古い建物は大正12年に建てられたという歴史的価値のある建造物なのですが、2002年に経営不振で閉鎖され、廃墟と化していました。
そして今回、復活を望む地域の声を受け、横浜銀行と政府系ファンド「地域経済活性化支援機構」の支援のもと、全国で宿泊施設の運営を手掛ける「際コーポレーション」が再生計画と運営を担う形での復活となりました。
★17年ぶりに復活した「富士屋旅館」ただ、17年間手つかずだった建物を復活させるのは、並々ならぬ苦労があったそうです。富士屋旅館復活のプロジェクトリーダー、市川昌次さんに聞きました。
◆ファーストキワ・プランニング株式会社 市川晶次さん:「最初に建物を見た時は、そんなに痛んでいない印象だった。ただ、建物の中に入り調査解体してみると、雨漏りや床抜けなど、問題がどんどん出てきた。一時は潰して建て替えた方が早いのではという声も出てきたが、当初のコンセプトは守りつつ、よくぞここまで復活できたという感じ。」▼富士屋旅館。

▼「新館」にて、市川さんにお話を伺いました

実は建物の痛みだけでなく、電気や配管、温泉施設の整備など改修作業は山積していました。改修は2017年に始まり去年の春には再開する予定でしたが、延長期間を経て、今年3月に宿泊客の受け入れがスタート。結局、一年の遅れで完全復活にこぎ着けたそうです。
★大正時代の面影を残す内装昔の雰囲気が残った外観でしたが、市川さんたちは、昔の雰囲気を残すために内装にもこだわったそうです。
◆ファーストキワ・プランニング株式会社 市川晶次さん:「基本的に大正12年に建てられた旧館の建物は、建具や柱などは当時のもの。破れたり折れたものは修復し、ガラスも当時のものを使っている。そんなことをしているので、一手間と言うより十手間くらいかかっています。」▼「旧館」入口。改修前のものを再利用しています

▼大正時代に使われていた窓ガラスも再利用。この独特な模様をした「結霜ガラス」は大正時代に生産されていたもので、現在は貴重な品だそうです

出来る限り昔のものを再利用しており、実際に旧館の中は、年代を感じさせる柱や梁が多く残されていました。
★見学者も多数訪れる外観も中身も昔のままの雰囲気を残して復活した富士屋旅館ですが、実際に来ていた人に話を聞いてみました。
●「東京から来て、出身は上海。宿泊客だけでなく、見学に訪れた方など様々いらっしゃいました。
★「湯河原らしさ」で勝負富士屋旅館の復活をきっかけにようやく本格始動した湯河原温泉の活性化プロジェクトですが、湯河原温泉まちづくり協議会の山本さんは今後の展望について、こんな思いを聞かせてくれました。
◆湯河原温泉まちづくり協議会・会長 山本一郎さん:「熱海みたいにV字回復と言うより、湯河原は小規模な旅館が多いので、積み重ねていくイメージ。同じ土俵じゃ勝てない。リピータを作るのが長生きできる秘訣かな。湯河原にそぐわない取ってつけたような物があっても、所詮は永続性がない。富士屋さんはそういう意味で希少で、ああいう建物は残っていない。町としてありがたい。」熱海を真似るのではなく、あくまでも湯河原らしくマイペースに。
◆4月15日放送分より 番組名:「森本毅郎・スタンバイ!」内「現場にアタック」
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