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パーソナリティ、シンガーソングライター臼井ミトンの音楽コラム、「ミュージックログ」11月20日分の書き起こしです。


「ビリー・ジーン」に込められた音へのこだわり【追悼:ブルース...の画像はこちら >>

ブルース・スウェディーン追悼企画 レコーディング&ミックス・エンジニアのお仕事とは

先日、ブルース・スウェディーンいう方が亡くなりました。日本語だとブルース・スウェディンという風に表記されることが多いですけど、おそらくネイティブの発音に近づけるとスウェディーンと伸ばす方が正しいかな。

ブルース・スウェディーンはレコーディング・エンジニア、そしてミックス・エンジニアです。

どんな人かって言うと、マイケル・ジャクソン存命中に制作された全てのソロ・アルバムにおいて録音とミックスを担当していました。彼は音楽のミックスであったりレコーディングのエンジニアリングの世界では本当に大スターなんです。

まず彼の話の前に、レコーディング・エンジニアあるいはミックス・エンジニアとはなんぞや?というところから今日は話を始めます。

レコーディング・エンジニアっていうのはその名の通り、録音する技術者の方ですね。
例えば楽器を演奏する人であったり歌を歌う人に対して、マイクを立てて良い音でそれを録音する。テープであったりデジタルメディアだったりに録音する。そのために機器を調整する人ですね。そしてあまり語られることはないですけれども、レコーディング・エンジニアのもう一つ非常に重要な役割というのが、レコーディングの際にミュージシャンが快適に演奏できるように、彼らが装着してるヘッドホンに気持ちの良い音を返してあげることです。
演奏するってことは、自分の音であったり一緒に演奏してる他のミュージシャンであったり、あるいはオーバーダビングの場合はすでに録音されてるオケやトラックを聴きながらそれに対して演奏するわけじゃないですか。


ヘッドフォンに返ってくるミックスがすごく良い音だと、演奏する方はやりやすくて、良い演奏ができるって言う事なんですね。
「ビリー・ジーン」に込められた音へのこだわり【追悼:ブルース・スウェディーン】

良い音で記録するっていう技術者としての腕前はもちろんなんですけれども、そもそも良い音を引き出すためにはミュージシャンから良い演奏を引き出さなければいけない。
これがね、実は非常に重要で。その音響機器を扱う知識だったり技術ってのももちろんですけれども、音楽的なセンス・感性が非常に求められるポジションなんですよね。

もう一つミックス・エンジニア。これは、録り終わった音の素材をそれぞれ音量バランスをとって作品に仕上げる人です。
ドラムの音量がこんくらいだったら歌の音量はこれくらいかな?とか。ドラムばかり大きくても困るし、歌が大きすぎて楽器の演奏が聞こえないとつまらないし。
あとは例えばイントロではピアノをちょっと大きめに出すんだけど、歌が始まったらちょっとピアノ下げるとか。で、ギターソロに入ったらギターの音量上げるとか。そういう風に音量バランスをとるっていう作業が主な役割なんです。

その曲がどんなサウンドになるか、どんな聴き心地になるかっていうことの鍵を握っている、非常にこれも重要な役割なんです。

もちろん技術職なのでプロデューサーであったりアーティストの意向とか要望に対して技術で応えるという側面は当然大きいんですけど、エンジニア本人の耳の良さであったり感性の良さ、あるいは今この時代にどんな音が求められてるのかっていう時代を見る感性も必要で。
「今このアーティストの売れ方で、こういう音楽が流行ってるから、こんな音作りにしたら世間があっと驚くぞ!」とか「こういう風に作っちゃうと非常に予定調和で古臭く聴こえるな」とか。そういう感性もすごく求められる仕事なんですよね。

「ビリー・ジーン」に込められた音へのこだわり【追悼:ブルース・スウェディーン】

先日亡くなられたブルース・スウェディーンという方はマイケル・ジャクソン、そしてそのプロデューサーのクインシー・ジョーンズのお抱えのエンジニア。
アース・ウィンド・アンド・ファイアーというバンドは必ずジョージ・マッセンバーグという人がエンジニアしてました。日本だと山下達郎さんとか大滝詠一さんの作品はミックスするのは必ず吉田保さんだったりとか。

そんなふうにアーティストやプロデューサーからいつも指名される名エンジニアってのが、各時代・各国・各ジャンルにいるわけなんです。車の両輪という感じで、アーティストと一緒に音を作る存在なんですよね。

レコーディング・エンジニアとミックス・エンジニアは同じ人か掛け持つことが非常に多いですけれども、レコーディングする人とミックスする人が別になるっていうパターンもあります。
マイケル・ジャクソンの諸作品に関しては、全てこのブルース・スウェディーンという人がレコーディングもミックスも担当しています。

ブルース・スウェディーンはエンジニアとして何がすごかったか、この人の作る音の何がすごかったか、って言うと、非常に明瞭、クリアで分離がすごく良い。色々な音が入っているのにごちゃつかない、綺麗に一個一個の音が聞こえてくるというか。

そしてサラウンドで聴いてるような奥行き感があるのが特徴です。

今日はあのマイケル・ジャクソンの大ヒットアルバム、世界で一番売れたアルバムと言われている代表作ですね、「スリラー」というアルバムから「ビリー・ジーン」という曲を聞いてもらいたんです。明瞭で分離の良い音っていうのはイントロからよくわかります。すごくクリアなドラムとベースの、いわゆるリズムブレイクから始まります。
この明瞭なドラムのサウンドを得るために、録音の時に、ドラムって足で踏む一番おっきなドラムのバスドラムってのがあって。
バストラムの上でなってるシンバルとかハイ・ハットとかスネア・ドラムとかの音が回り込んじゃわないように、特注のバスドラムにかけるキルトのカバーみたいなのを作って、ジッパーで中にマイクを入れられるようにして、マイクを入れたらそのジップを閉めて、とにかく周りのごちゃごちゃした音がバスドラムの音に入り込まないようにしたりとか。

「ビリー・ジーン」に込められた音へのこだわり【追悼:ブルース・スウェディーン】

あとハイハットとスネアって、ドラムセットだと物理的に距離が近いんですけど、ハイハットとスネアの間に物理的に衝立を立てるんです。ハイハットに立てているマイクにスネアの音が入り込むとか、スネアの音を録りたいのにハイハットの音が入り込んでしまうとかっていうの防ぐために、ドラムセットの隙間に衝立を立てるんですよ。

そんなふうにしてクリアで分離の良い音を録るっていう技術を使ってた人。

演奏はレオン・インドゥグ・チャンスラーという名ドラマーが叩いてるんで、もちろん非常に有機的なリズムなんですけれども、音に関しては当時流行し始めていた打ち込みというか、リズムマシン、ドラムマシンを使ったような流行りの音に生の楽器で寄せていった。でも、演奏は超名プレイヤーのすばらしい演奏っていう。ドラムセットにカバーかけたりって言うのはブルース・スウェディーンがオリジネーターではないかもしれないんですけれども、その手法を有名にしたのは間違いなくこの人なんですよね。

奥行き感とか音楽の立体感ってことで言うと、この「ビリー・ジーン」という曲ではですね、ドラムにすごく深いリバーブがかかってるのに対して、右のチャンネルでなってるパーカッションはすごくドライだったり、途中のプリコーラスというかBメロで出てくるトランペットがものすごくドライだったりとか、各楽器にかけられているリバーブ、つまりエコーの深さが楽器によって全然違うんですよ。

それによって「遠くに鳴ってる感じ」とか、「この楽器は凄く耳に近い」とかっていう奥行き感を生み出してるって言うね。
で、マイケルの作品なのでマイケル自身によるコーラスの歌声も凄くたくさん散りばめられてるんですけど、その歌声の左右の配置なんかもすごく効果的で。サラウンドみたいに特にヘッドホンとかで聴くとよく分かります。そんなところにちょっと注意して聞いていただきたいなと思います。

ちなみに余談なんですけど、MTVというアメリカの音楽チャンネルがあって、このチャンネル実は当時ほぼ白人のアーティストのビデオしか流れてなかったんです。この曲が大々的にオンエアされた黒人アーティストの初めての楽曲で。そういう意味でも非常にエポックメイキングな曲ですね。

◆11月20日放送分より 番組名:「金曜ボイスログ」◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20201120083000
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