毎週土曜日TBSラジオ「蓮見孝之 まとめて!土曜日」内で放送している「人権トゥデイ」。様々な人権をめぐるホットな話題をお伝えしています。

今回のテーマは…耳の不自由な親の下に生まれた耳の聴こえる子ども・CODAです。

「ふつうではない」という想いからくる葛藤

CODA(コーダ)とは「Children of Deaf Adults」の頭文字をとったもので、「聴こえない親のいる、聴こえる子ども」という意味です。家庭では「聴こえないこと」が当たり前、社会に出ると「聞こえること」が当たり前という環境からCODAは様々な違和感を持ちながら暮らしていると言います。
生まれつき耳が聴こえない母親と、幼少期に病気が原因で聴覚を失った父親の下に生まれ育ったCODA当事者の五十嵐大(いがらし・だい)さん・38歳に伺いました。

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最初の記憶で嫌だったのは、クラスメイトの子に母親の喋り方を馬鹿にされたんですね。「何言っているか分からない。外国人なの?」と。僕の場合は、僕には「聴こえる世界」と「聴こえない世界」がどっちもあって、両方の世界にいるんだろうなと思っていたけど、社会のまなざしによって、子どもの頃は「聴こえない世界」を否定して生きてきたと思うんです。

CODAには、自身の置かれた環境が「ふつうではない」という想いからくる葛藤があります。生まれつき耳が聞こえない五十嵐さんの母親は、言葉をうまく発声することができず、それを聴いたクラスメイトが、「喋り方がおかしい」と笑って指摘します。しかし、母親の事情を知らないクラスメイトを責めることもできず、母親の喋り方を笑われたくない思いから、友人を自宅に招くことをやめたり、授業参観のお知らせを母親に見せずに破いてしまう、といったことがありました。五十嵐さんは、次第に母親に対して冷たく当たるようになります。

同情や称賛はプレッシャーに

また、CODAは、親を助ける役割を過度に担わされる場面が多いそうです。日常生活でのサポートに加え、役所での手続きや保険の契約など耳の聴こえない親の仲介をしなければなりません。祖父母の葬儀の際には、親の代わりに喪主を務めて、弔辞を読むこともあります。子どもが中心となって家族のケアを行う、いわゆる「ヤングケアラー」でもあります。

「大変な家庭環境なのに頑張っていて偉いね」とか、「あなたがしっかりしなきゃね」という周囲からかけられる同情や称賛の言葉もプレッシャーに感じると言います。そういったことから、CODAの多くは、親に迷惑をかけないよう「いい子でいる」ように努めたり、そうでなかった場合に罪悪感を抱いたりしてしまうと言います。その重圧から逃れるために、親と疎遠になるCODAもいます。

CODAの存在を知る

「聴こえる世界」と「聴こえない世界」、そのどちらにも居場所がない感覚に苛まれてきた五十嵐さんですが、そんな寄る辺なさに変化が生じたのは20代半ばの頃でした。

耳の不自由な親の下に生まれた耳の聴こえる子ども「CODA」

「耳の聴こえない親に育てられている子ども」って僕1人だって思い込んでいたんです。あるとき参加した手話サークルで「君みたいな存在をCODAって言うんだよ」と言われた。自分ひとりじゃなくて似たような仲間がいるんだというのを知って嬉しかったです。孤独感から救い上げられた瞬間でした。

耳の聴こえない人も一定数いるし、彼らにも家族がいることはなんとなく分かっていた。でも、直接出会う機会もなかったことから、同じ悩みを共有できる仲間が存在していると知ったときは衝撃だったと言います。後に五十嵐さんは「CODA」が国内に2万2,000人いるということを知り、会ったことのない仲間の存在に心強さを感じたと言います。
その後、10数年、五十嵐さんは様々な境遇のCODAの人たちに会い、話を聞くことで、自分の家族を見つめ直すようになりました。
そして、耳の聴こえない両親について感じていることがあると言います。

耳の不自由な親の下に生まれた耳の聴こえる子ども「CODA」

祖母は僕の両親の結婚に反対でした。なんとか認めてもらったけど、子どもは作っちゃだめだと。「聴こえない夫婦には子育ては無理」「聴こえない子どもが生まれたらどうするんだ」という心配からのアドバイスだったと思います。でも僕は、それは差別だと思うんですよ。確かに、耳の聴こえない夫婦が子育てするのは大変だと思います。でも、大変なんだったら、社会の仕組みを変えて、彼らが苦労しなくても育てられるようにする方向を考えるべきなんじゃないか。

五十嵐さんの両親は、結婚から10年経ってようやく祖母から「子どもを作ること」を認められたといいます。

さらに五十嵐さんは、2018年、「旧・優生保護法のもと聴覚障害を理由に不妊手術を強制されたとして兵庫県の夫婦2組が国を相手取り訴訟を起こした」というニュースに触れたことで、「もしかしたら自分は生まれてこなかったかもしれない」と考えます。
障害のある人が子どもを作ることについては、「認める・認めないの問題ではなく、人として生きる権利を奪われたことと同じではないか」と五十嵐さんは指摘しています。

五十嵐さんは、現在、ライター・エッセイストとして、自身の体験や社会的マイノリティが置かれている状況を世の中に伝えることを仕事にしています。「聴こえる世界」と「聴こえない世界」との間での葛藤はいまも続いていますが、2つの世界をどちらも知っている自分だからこそ伝えられることがあると話していました。

(取材報告:TBSラジオ・ディレクター 瀬尾崇信)

◆3月20日放送分より 番組名:「人権トゥデイ(蓮見孝之 まとめて!土曜日)」
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