TBSラジオ『アフター6ジャンクション』(平日18時~)の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『21ブリッジ』(2021年4月9日公開)。
宇多丸:
あここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、4月9日から劇場公開されているこの作品、『21ブリッジ』。
(曲が流れる)
『ブラックパンサー』『マ・レイニーのブラックボトム』、まあこれが遺作になってしまいましたね……などのチャドウィック・ボーズマンが主演と製作を務めた、タイムリミットサスペンス。マンハッタン島で警察官8人が殺される強盗事件が発生。調査に乗り出したデイビス刑事だったが、事件の真相に迫るうち、自分の正義が試されることになる。
その他の出演は、シエナ・ミラー、ステファン・ジェームズ、テイラー・キッチュ、J・K・シモンズ。いずれ劣らぬ名優たちですね。監督は『ゲーム・オブ・スローンズ』などを手掛けてきたブライアン・カークさん。テレビ畑で活躍されてきた方。また製作には、『アベンジャーズ』シリーズの、アンソニー&ジョー・ルッソ兄弟が名を連ねている。チャドウィック・ボーズマンは2020年8月にこの世を去りましたので、本作が最後の劇場公開主演作品となりました。
ということで、この『21ブリッジ』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「普通」。まあね。賛否の比率では、7割以上が褒め。残りは、「面白いが、そこまででもない」という意見。まあね、めちゃめちゃ新しい、変わったことをしているっていうわけじゃないですからね。
主な褒める意見としては、「派手さはないが、銃撃戦はリアルで見応えあり。最後に残る苦い余韻も含め、これは思わぬ拾い物」「昔よく見たタイプのアクション映画だが、きちんと現代版に味つけされている」「チャドウィック・ボーズマンはやはりよい役者だった」などがございました。一方、否定寄りの意見としては「悪くもないが、よくもない」「展開が読めすぎ。既視感のある場面も多い」などがございました。
■「良いアクション映画を観た、という充足感のある映画だった」byリスナー
代表的なところをご紹介しましょう。
「まずは鑑賞後の、この苦み。正に70年代の刑事アクション映画の様な後味が嬉しい! 終盤の「ガントレット」の様な追い込み展開! ルメットやフランケンハイマー、フリードキン、マメットらの作品を思わせる、街と物語と一体に感じられるような映画になっているのも嬉しい! しかも、最近はNYを舞台にしながら、実景のみをNYで撮り、ドラマの大部分はカナダなどで撮る映画が本当に多いのですが、本作ではNYでの撮影に出来る限りこだわった、という点にもスタッフの気概を感じます。
強盗犯が使用する銃器も、ライフルやカービンではなく、9mmのサブマシンガンで、アメリカアクション映画らしからぬ抑制が利いていて嬉しい! しかも襲撃犯のステファン・ジェームズはフルオート発砲なのに対し、「ローンサバイバー」などで軍人役を経験済み、かつ劇中でも腕がいいと評されるテイラー・キッチュが、指切りによるバースト射撃でセミと点射を使い分けていた点に感激」と。で、いろいろとアクション映画の歴史みたいなものを書いていただいて。
「決して大傑作ではないかもしれないけれど、いやー拾い物だったなぁ、ちょっと地味かもしれないけど良いアクション映画を観たなぁ…という充足感のある映画でした。それがまた嬉しい」ということでございます。
一方、ちょっと否定寄りの意見。ラジオネーム「赤目長耳」さん。「率直な感想は、普通です。とても面白い、というわけでもないが、つまらないというほどでもない。激しい銃撃戦や追走劇でアガるところもありましたが、厨房を抜けて裏口へ、とか、既視感のあるシーンも多く、USBに入った秘密も、その後の人物たちの行動も予想通りで、現代ならではの目新しさを感じられなかったのが残念。
とはいえ、終盤にある人物が語った、『NYの警官はNY市民に嫌われながら市民を守っている』などの内情には、今も警官の待遇は変わっていないのか……と愕然となりました。主人公にしても、父親を殺された過去から、バットマンを彷彿とさせるような振り切った正義感の持ち主であり、そこまでの心情でなければ正義の側に立っていられないのか……と、切なくもなりました。もっとスカッとする楽しい映画かと思っていたのに、意外な感想になりました」といったところでございます。
ということで、皆さんメールありがとうございます。
■ジャンル映画としての定石を手堅くまとめつつも、しっかり現代的。堂々たる娯楽映画!
『21ブリッジ』、私もTOHOシネマズ日比谷で2回、見てまいりました。まあ正直ね、私が見た平日昼にしても、やや空き気味かな、という感じではありましたけどね。こんなにしっかり面白いのに!という。ということで、アメリカ本国では2019年11月に既に公開済みで、実際にはちょっと前の作品になるわけですね。まあひょっとしたらこれ、日本ではこの、硬派な、言い換えればちょっと地味めでもある作品の雰囲気から、ひょっとしたら本来だったら劇場未公開とかになりかねなかったところが、このコロナ禍で、劇場にかける作品のタマ、特にアメリカの大型娯楽作が少なくなってる中で、「じゃあ……」ってことで引っ張り出してきた、だからこんなに時間がかかった……とか、そういうことなのかな?って、ちょっと邪推してしまいますけど。
だとしたらでも、この機会に劇場で見られた我々観客にとっては、これは非常にラッキーなことだったと言えると思います。結果としてチャドウィック・ボーズマン生前最後の劇場公開作となった、という点を置いておくとしても、これはめちゃくちゃ満足感の高い一作だと、私は思います。
まあ製作のアンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ兄弟。もちろん今となっては、マーベル・シネマティック・ユニバースを代表する、つまり世界のエンタメの頂点に立つ、メガヒット量産チーム、という立場なわけですけど……そもそも、彼らが一躍名を挙げた、MCU屈指の傑作とされている2014年の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』にしてもですね、思い返してみれば、その高評価のポイントのひとつはですね、『大統領の陰謀』オマージュなロバート・レッドフォードのキャスティングにも明らかなように、70年代アメリカ映画、特にその、ポリティカル・サスペンス物ですね。そういう硬派なリアルさ、薄暗さみたいなものを、現代版エンターテイメントに見事落とし込んでいた、という。そこだったわけですよね。
あるいは、さらに遡って2002年の『ウェルカム・トゥ・コリンウッド』という(ルッソ兄弟が脚本監督を手がけた)長編映画なんですけど。これ、言っちゃえばタランティーノ、あるいはそこから発展してのガイ・リッチー風のクライムコメディなんですけども、やはり、60年代後半から70年代初頭的ないなたさ、っていうのがひとつの味になっていた作品だったと思うし。あるいは、昨年ね、Netflixで公開されて大評判となった、クリス・ヘムズワース主演の『タイラー・レイク 命の奪還』っていう(ルッソ兄弟プロデュースの)長編作品も、あっと驚く肉弾アクションは確かに最新のスタント技術を駆使したものではありましたけど、やはり全体のざらつき、汚れ、くたびれた風情……最後のなんか虚しさが残るような風情っていうのは、70年代アメリカアクション映画のそれを、やっぱりしっかり彷彿とさせていたりとかして。
要はルッソ兄弟、最新の技術やセンスとか、あるいはその最新スターを起用するっていうところで、もちろん現代のスター監督たちではあるんだけど、同時に実は、アメリカ映画にですね、70年代アクションのテイストっていうのを蘇らせようとしているような、そういう意図があるような人たちである、と言えると思います。
■マイケル・マン、ウィリアム・フリードキン、ドン・シーゲル……アメリカ刑事アクション映画の手触りを意識的に継承
で、今回監督に抜擢されたブライアン・カークさんという方もですね、テレビドラマシリーズですでに大活躍されてきた方で、『ゲーム・オブ・スローンズ』とか『ボードウォーク・エンパイア』とか、あとは刑事物としてはイドリス・エルバ主演の『刑事ジョン・ルーサー』シリーズとかありますけど、とにかく、今回抜擢されたこの方は、今回の『21ブリッジ』を監督するにあたって影響を受けた対象として、これはもうあちこちのインタビューではっきり、マイケル・マン師に影響を受けた、と公言しているわけです。言うまでもなくマイケル・マン師……「マン師」っていうのは私の呼び方です(笑)。
ちなみに今回の『21ブリッジ』、撮影監督はマイケル・マン、2004年の『コラテラル』もやっているポール・キャメロンさん。このポール・キャメロンさんは他にも、『60セカンズ』とか『ソードフィッシュ』とか、なんというか、色気のある現代犯罪都市映画みたいなものの、非常に名手ですよね。みたいな感じがあったりする。で、話を戻しますけど、この本作の監督ブライアン・カークさんは他にも、『フレンチ・コネクション』、これは言うまでもなく1971年、ウィリアム・フリードキンの、狂った刑事アクションの金字塔ですね。そこにオマージュをはっきり入れてますよ、なんてことを言ってたりするわけです。
まあ、どこかといえばたぶん、序盤のあの車を飛ばすところ……高架線の下でね、車を飛ばす。地面すれすれにカメラを固定して、恐ろしいスピード感を演出するあのショットとか。あの主人公と対立する、ちょっと太った黒人刑事のしている、アンクルホルスター。あれがやっぱりね、(『フレンチ・コネクション』でジーン・ハックマンが演じる主人公の刑事)ポパイっぽい、っていうね。そのあたりかなと思いますけど。で、個人的にはやはり、アメリカ刑事アクション、犯罪映画、50年代後半から70年代にかけての名匠、みんな大好きドン・シーゲル風味も、すごく感じる感じでございますね。
たとえばあの、タタキに入ったところが思った以上にデカい、ヤバい組織が金庫代わりにしているところで、追われることになってしまう小悪党チーム、というこの発端は、『突破口!』という作品っぽいですし。当然『ダーティハリー』テイストもそこかしこにあったりとか。もちろん、70年代刑事アクションとかドラマとしては、1973年、汚職警官物の大傑作『セルピコ』とか……それはね、後にまた、たとえば『トレーニング・デイ』とか、近年でも『ブラックアンド ブルー』に至る、警察組織の腐敗と対立する正義漢の刑事、という、こういう映画のジャンルの系譜でもあるし。
あと、チャドウィック・ボーズマンの、すごく優等生的なアフリカ系アメリカ人刑事っていうたたずまいはやっぱり、『夜の大捜査線』のシドニー・ポワチエ的でもあるな、とかね。あるいは、そもそもこの『21ブリッジ』というこの、「数字+単語」っていうタイトルのつけ方からしてですね……これ、元々のタイトルはちなみに『17 Bridges』で。実際にニューヨーク、マンハッタンに、実際にかかっている橋の数は17本なんですけど。それにトンネルのルート4つを足して『21 Bridges』、ということになったみたいですけど。それはいいんだけども。
で、まあその「数字+単語」っていうのは、近年の犯罪映画の、ジャンルもののひとつの型になっていて。それこそですね、2006年のリチャード・ドナー監督『16ブロック』。これは、ニューヨークのマンハッタンというある種の限定空間設定とか、仲間であるはずの警察たちもまた……という展開であるとか、追われる側の犯罪者、これはラッパーのモス・デフが演じていますけども、その追われる側の犯罪者にも完全に感情移入させる作りでもあることなど、非常に僕は今回の『21ブリッジ』との共通項が多いと思っています。『16ブロック』。
あと、同じく限定的な空間、距離での攻防戦である『マイル22』という2018年の作品、これはマイケル・マンの門下生であるピーター・バーグ監督の作品ですよね。とか、あとはまあ、あれも一応刑事アクションということで、『21ジャンプストリート』と『22ジャンプストリート』(笑)。それもあったりすると思います。とにかく、最初の方でも言った通り、アメリカ刑事アクション映画、犯罪映画のかつてあった硬派な手触り、苦い味わいみたいなものを、かなり意識的に継承しようとしている一作、ということはまず、言えるわけです。この『21ブリッジ』は。
■先が読める展開ながらも、「面白みの密度」が現代娯楽映画の密度になっている
で、わかりやすいところでは、もう冒頭というか、夜のシーンになってからさっそく、先ほどこの(映画時評コーナーの)時間が始まる前に(番組内のフリートークで)ちょっと解説しましたけど、律儀に、実に美しく路面が、常に濡らされている、という。まさにこれはノワールの王道的な演出、ということをちゃんとやっている。その時点で、「ああ、ちゃんとやってるわー!」という感じがすごくするわけです。非常に画面も美しいし。
でもその意味で、これは言い方を変えれば、手堅いと言えば手堅いんですけども、映画を見慣れた人だったら、かなり先が読める話であることはこれ、間違いないと思います。非常に先が読める。けども、この作品がとても偉いのはですね、これは最初の方でも言った通り、ちゃんとそこに、独自の現代的な視点、語り口を、さりげなくも織り込んでいるところ。丁寧に見ていくとそれが分かる、という風に僕は思っています。
まず大きいのはですね、その手軽なタタキのつもり──強盗ですよ──手軽なタタキのつもりが、予想をはるかに上回るデカいヤマであることが判明。結果、文字通り街中から全力で追われ、殺しにかかられることになる、小悪党の2人組。彼ら側の視点を、追う側であるそのチャドウィック・ボーズマンに演じるアンドレ・デイビス刑事たちの視点と、ほぼ同等の比重で描いていること。
彼らにしっかり感情移入をさせられるから、そっち側のシークエンスになれば本気で、「ああこれ、どうかうまく逃げ切ってくれ!」という気持ちで、自然にハラハラ見られるし。もちろん、主人公の追跡劇もスリリングに見られる。まあ単純にこれ、「1粒で2度おいしい」作りですし。あと、「どちらもうまくいってほしいけど、これ、どうすればいいんだ?」みたいな、引き裂かれるような感情っていうのも堪能することができる、という。つまり、面白みの密度っていうのが、やっぱりこれまで……70年代のこういう、この手のジャンル映画より、面白みの密度が、ちょっとやっぱり濃いんですよね。現代娯楽映画らしく、ちゃんとやっぱり濃くしてあって。
これはやっぱり、ルッソ兄弟というね、これは伊達に世界のエンタメの頂点に事実上いる人たちではないですよ。やっぱりそこはね、現代エンタメにちゃんと合うように、密度がちゃんと調整されている。また、その2人組にですね、きちんとそのキャラクター的な深みを表現できる芸達者を、ちゃんと配役していること。これも当然、大きいわけです。
まず序盤。このブルックリンのレストランに隠されているコカインを強奪すべく、口にマスクをして武装した、この2人組が行くわけです。
ステファン・ジェームズ演じるマイケル・トルヒーヨというアフリカ系の青年は、フォアグリップとサプレッサー付き……消音器というか、音を減らすやつですね、フォアグリップとサプレッサー付きの、ウージープロという銃を持っている。一方、テイラー・キッチュ演じるレイというキャラクターは、CZスコーピオンEVO3-S1という、やはりこれもサプレッサー付きのを持っている。ちなみにサイドアーム用、バックアップ用に持っているピストルは……みたいなのもあるんだけども、そこは置いておいて。
で、その銃の構えであるとか、店に侵入していく身のこなし。明らかに素人ではない。恐らくは元軍人であろう、というのがもう、見事な身のこなし方からも伝わってきますし。そのテイラー・キッチュ演じるレイ側。これ、先ほどのメールにもあった通りです。このレイ側は、バースト射撃をして、弾を無駄撃ちしていないわけです。一方、マイケルはやっぱり、ことが起こると、やっぱり無駄にフルオートで弾をばらまくような撃ち方をしていたりする。ここで2人の力量とか、あるいは戦いに対する向き・不向きというか、みたいなものが見えてくるというのも、ガンシーンとして見事なものですし。
あと、やっぱりこのCZスコーピオンEVO3-S1とウージープロ、っていうこのチョイスが、プロ的なチョイス……なんというか、「公的機関に属していない元プロが、頑張って揃えた」っていうか、そういう感じかなというね、このあたりもよく出てるなと思います。で、実際に彼らは、アフガンに従軍をしていたことが後から明かされるわけですけど、そこで簡単に……非常にセリフ上は簡単に語られる、彼らの生い立ち、っていうのがあって。で、これをですね、それぞれの俳優の見事な演技によって、これははっきりと生身の人生として、セリフで語られる以上のニュアンスで、非常に浮かび上がってくるんですね。
■追われる2人組を演じたテイラー・キッチュとステファン・ジェームズ、ふたりの見事な演技
たとえば、そのテイラー・キッチュ。非常に荒れた土地で育った、その中では少数派だった白人だったと。で、テイラー・キッチュ自身が、かつては陽性主役級スターだったわけですよね。本当にね。だったのが、まあそれらが軒並みコケちゃって。で、いつの間にか、わりと脇役専門になってるんですけど。特にやっぱり、さっきも言ったピーター・バーグの『ローン・サバイバー』あたりから、非常にいい感じに汚れた、くたびれた脇役が似合うようになってきてですね。今回とかちょっと顔つきとか、ちょっと太ったっていうのもあって、ジョン・ヴォイトっぽい顔つきをしているな、と思いましたけども。
まあ要は、暴力に頼ることでしか生き残ってこれなかった、もうハナから出口のない人生を送るしかなかった男の悲哀が、特にやっぱり彼の出番の終わり際……本当に数分というか、数十秒ですかね? そこのテイラー・キッチュの演技に、ギュギュッと……あと、セリフも泣けてしょうがないセリフを言っているんですけども、ギュギュッと集約されていて。客観的に見れば最低の、本当に迷惑野郎、犯罪者なんですけど、しかしそれに同情し、観客は涙してしまう。これぞ映画のマジックだな、ということを彼は見事に体現していましたし。
さらに輪をかけて素晴らしいのが、このマイケル・トルヒーヨ役の、ステファン・ジェームズ。彼は、『栄光のランナー 1936ベルリン』っていう、これでジェシー・オーエンスっていうオリンピックの伝説的な選手を演じていたりとか。あとは、『グローリー/明日への行進』で、学生運動家のジョン・ルイス役……まあ、要はちょっとチャドウィック・ボーズマンのキャリアとも重なるような、アフリカ系アメリカ人俳優として非常に意識の高さを感じさせるような役柄を、ずっと歩んできた方ですけど。個人的には今回の『21ブリッジ』で、一番連想したのはですね、やはりバリー・ジェンキンス監督の、『ビール・ストリートの恋人たち』でした。
要は、本来は知的で、穏やかな資質の青年が、環境の悪さの方に巻き込まれ、絶望的な状況に追い込まれていく。その時の、「なぜこんなことに……」と観客側に問いかけてくるような、訴えかけてくるような目線。ステファン・ジェームズさんは、これがとてもニュアンス豊かに表現できる人なんですね。それこそ今回の『21ブリッジ』でも、冒頭、口元にマスクをしていてさえ、その目元で人柄が伝わってくる、という、見事な感じ。で、途中で語られる彼の生い立ち……その「マイケルなら(賢いから)何にでもなれたんだ。この街に生まれてさえいなければ……」っていう。もう、このセリフの時点でちょっともう、涙くんじゃうような切なさがありますけども。
この『21ブリッジ』が、実はやはりとても考えられて、うまく、深く考えられて作られているなと思うのは、このセリフが後半で生きてくる……これは僕の解釈です。彼が後半、ホテルで、宿泊客の部屋に押し入ります。で、その客の青年が、そのコンピュータのパスワードとして、「エイトクラップ・ワン」だって言うわけです。この「エイトクラップ(Eight Clap)」っていうのは、UCLA伝統の、公式応援スタイルなんですね。なので、この青年の風体からして、恐らく彼自身がその UCLAの、名門大学の学生なわけですよ。
で、マイケルは、彼のスーツと眼鏡を借りて、ヒゲを剃って、変装をするわけです。つまり、逃亡犯然としていた先ほどから打って変わって、エリート青年風に変身するわけですね。つまり、さっきのセリフとこれは、対になっているわけですよ。本当はマイケルは、「こっち側の人」にもなれたのに、なのに……っていうことが、このエリート学生の服を借りて、シュッとした青年に変身する、でも実際は、最低最悪の状況になってるわけです。その状況とのギャップで、またこれが、さりげなくも悲しみが増す作りになっていて。本当にこれは上品で、うまい作りだなと思いました。
■定番ながらフレッシュな地下鉄シーン。脇を固める俳優陣の存在感。そしてその中心にはチャドウィック・ボーズマン
で、そこからね、やはりニューヨークを舞台にしたアクションなら、やはり出ました! やっぱり地下鉄へとなだれ込んで行く、逃走・追跡劇。これ、出発しかけた列車に、乗るの? 乗らないの? ドアが閉まる間際に、降りるの? 降りないの? みたいな、その瀬戸際ですったもんだする、みたいなのは、もちろん皆さんね、過去にも映画でたくさん見てきたと思います。もうさんざっぱら、星の数ほどありますよ。
ただ、この『21ブリッジ』のこの描写はですね、逃げる青年と追う刑事、どちらもアフリカ系青年の2人が、車両を挟んで対峙するこのシークエンス、これまでちょっと見たことないような、言ってみれば2人の関係性がより強まって見えるような顛末になっていて。すごくさりげないんだけど、非常にフレッシュだし、よく考えられていて、そして極上の演技も堪能できるという……これ、ぜひこの場面、どういうことなのか、見てください。さりげないんだけどね。こんな風に(列車に乗る乗らないという本来かなり定番的な見せ場を)使った映画はないですよ。
そして、ここから続くクライマックス。静かな、しかし厚みとスリリングさ、意外性もある、非常に本当に見事なクライマックス。名場面になっていると思います。この、移動していく地下鉄の、この舞台立てが本当に見事だ、ということですね。他にもね、チャドウィック・ボーズマンが自ら、そのギャラアップ分を出してあげてまで共演を望んだ、シエナ・ミラー。その臨時相棒役であるとか。
背後でさらりとベテランの重みを醸す、『ゼイリブ』でもおなじみの、キース・デイヴィッドであるとか。そして、あのJ・K・シモンズ演じる警部……やはり、この作品全体の重みを、最後の最後でもう 1個重くする、あの堂々たる大演説まで、誰もが要は、「単色ではない」キャラクターの掘り下げというのを、セリフやストーリー的展開じゃなくて、各々が「体現」してみせる。これによって、往年のジャンル映画的な、キビキビした無駄のない語り口っていうのもこれ、実現できてるわけですよ。だから、言葉で語られている以上のものが、もう表現できちゃってるわけです。この映画はね。
そして、なんと言ってもですね。その全てを、中心でキリリとまとめあげてみせる、チャドウィック・ボーズマン。まさに気迫の力演ですね。これ、疑心暗鬼がストーリーを駆動していく作りであるため、彼自身の足元がいつすくわれるか……つまり、下手すりゃ背中から撃たれるんじゃないか、あるいはバッジを掲げて表に出ていっても撃たれちゃうんじゃないか、みたいな、そういう危うさが最後までつきまとう。そして、この危うさ感っていうのはやっぱり、とてもBLM、Black Lives Matter以降の我々観客の目線……だから図らずも現代性を持ってしまった、という部分でもあるし。
■シリーズ物の「映画」として定期的に見たかった……!
しかし、それでも最後まで、彼が信じようとした、守ろうとした矜持とは何か? 『ダーティハリー』で、たとえばクリント・イーストウッド演じる暴力白人刑事、警官であるダーティハリーが、ラストで投げ捨てたバッジを、本作の彼は、そしてこの映画は、どう扱うのか?っていうところ。刑事物の歴史、系譜から見てもですね、この2019年にはこの着地、というのが、非常に味わい深いという風に思います。
これ、「アンドレ刑事」物、実はシリーズでも全然見たい、ぐらいの感じでしたね。とにかく私的には、こういう映画が定期的に作られ、そして更新されていくような、そういう「映画」であってほしい、という風に、改めて切に思いました。日本では配信のみ、とかじゃなくて本当に良かった。ということで、ぜひぜひ劇場でウォッチしていただきたい一作でございました!
(ガチャ回しパート中略~来週の課題映画は『ノマドランド』です)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
◆4月16日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20210416180000