「アンパンマンのアンパンマンです」―。ある日かかってきた一本の電話が、国民的ヒーローとの長い旅路の始まりでした。
「アンパンマンのアンパンマンです」国民的ヒーローとの出会い
「それいけ!アンパンマン」のアンパンマン役を37年以上務めている戸田恵子さん。その出会いは意外な形だったと語ります。
「アンパンマンはね、オーディションには行ってないから」と戸田さん。事務所から「今度アンパンマンがレギュラーになりますので行ってください」と電話があったそうで、「アンパンマンの何ですか?」と尋ねると、「アンパンマンのアンパンマンです」との返答。「もう忘れもしない、あの電話一本はね」と当時を振り返ります。
他の方々はオーディションで役を得ていたそうですが、戸田さんは「私たちのデモテープを監督とやなせ先生が聞いてくださって、戸田さんでいこうって言ってくださったんだって」と、後から知った事実を明かしました。
やなせたかし先生からは、初回の収録時に「かっこいいヒーローだと思ってやらないでください。世界で一番かっこ悪いヒーローです。顔をちぎって食べさせるともうダメになりますから。そこを踏まえてやってもらいたい」というアドバイスがあったそうです。「私よりもばいきんまんのことの方をすごく気にかけてました。
「15歳で単身上京、不安はゼロ!?」波乱万丈のキャリアスタート
愛知県出身の戸田さん。芸能界入りのきっかけは、10歳か11歳の頃、お母さんが新聞で見つけたNHK名古屋放送児童劇団の募集でした。「なんかそういうの好きそうだから、受けたらどうだって言ってくれて」。すぐさま『中学生群像』(『中学生日記』の前身)に小学生でありながら中学生役で出演。劇団の先輩には竹下景子さんもいたそうです。
そして15歳で単身上京。「1人で東京で暮らせるなと思ってウキウキして。もうすぐ売れると思ったもんだから」と、当時の心境を「全然不安はなかった。親も親だと思いますけど、よく出しましたよね」と笑顔で語ります。
1974年には「あゆ朱美」として演歌歌手デビュー。しかし、「売れないなっていう感じは背負いつつ」と当時を述懐。
「向いてないな…」声優初期の苦悩と支え
歌手活動に見切りをつけ、19歳の終わり頃、アラン・ドロンの声で有名な野沢那智さんが主宰する劇団に入団。「舞台ってそれまで見たこともよくないのに、全身をさらけ出して演技することに、なんか多分正しくみんな評価してもらえるんじゃないかなって。もし力をつければね」と、新たな道を選んだ理由を語ります。
そして、野沢さんの「どうせなら食べるのに喋る仕事の方がいい」という勧めで声優の道へ。最初の仕事は外国映画『眠れる森の美女』の吹き替えで、いきなり主役の美女役。しかし、すぐに眠ってしまう役だったため「そんなにセリフはなかった」と笑います。
アニメ声優としては、『機動戦士ガンダム』のマチルダ・アジャン役が本格的なスタートでしたが、「右も左も分からなくて、やり方も分からないし、どうやって合わせていいかも分からない」。特に口パクが合わず、「全然できなくて本当に向いてないなと思って」と苦悩の日々を告白。しかし、白石冬美さんや井上瑤さんといった先輩女性声優との出会いが大きな支えになったと言います。「仕事終わってからみんなでご飯食べたり、お茶飲んだり、そういう時間がちょっと楽しくて嬉しくて。最初の頃は我慢しながら仕事はきついなと思いながらも、その人たちに会いに行ってた」と語りました。
外国映画は原音があるためヒントが多いのに対し、アニメはゼロから声を入れるため「本当に大変なこと
だ」とその難しさを強調しました。
朝ドラ『あんぱん』極秘出演の裏側「台本に名前がなかった!?」
現在放送中のNHK連続テレビ小説『あんぱん』への出演も話題です。やなせたかしさんと小松暢さん夫妻の物語ということで、戸田さんの出演を期待する声も多く聞かれました。
戸田さんは「もうとっくに撮り終わってるので。静かに撮ってたので、台本には私の名前も載ってなくて。最後まで載ってなかったんです。役名は載ってるんですよ」と衝撃の事実を告白。「スケジュールと香盤表ももらうじゃないですか。あれもね、役名はあるんだけど私の名前は書いてないんですよ。こんなことないもの。名前書いてない台本ずっといつまでも持ってるわけですから」と、徹底した情報管理に驚いた様子。
「オンエア見たら違う人になってるんじゃないか、その不安もどっかで」と冗談めかしつつも、「こんな経験は初めてでしたね、本当に」と、特別な作品への参加だったことを明かしました。
脚本家の中園ミホさんとは、出演が決まる前に、やなせ先生や暢さんのことについて取材を受けたのが最初だったとのこと。

映画最新作『それいけ!アンパンマン チャポンのヒーロー!』
そして、27日から公開される映画『それいけ!アンパンマン チャポンのヒーロー!』についても言及。今回は、蒼井優さんが声を担当するチャポンという男の子が「アンパンマンに”お兄ちゃん”と慕ってくれる」物語。「アンパンマンもちょっとまんざらでもない。可愛い弟ができて一緒に過ごす時間も結構描かれてて。アンパンマンのパン工場に寝泊まりしたり、チーズと一緒にチャポンがお風呂に入っているシーンがあったり、お風呂から出てきたらアンパンマンが髪の毛をタオルで拭いてあげたりとか。そういった日常が描かれてるのがとっても可愛らしくて」と見どころを紹介。
「かっこいいって、人をこう倒すことだけがかっこいいんじゃないっていうことを最終的には学ぶ話になってると思います」と、作品に込められた深いメッセージを語りました。
今回の映画にはパンサーの3人も出演。向井慧さんと尾形貴弘さんはロボ2号という敵役、そして菅良太郎さんはニンジンさんの役で登場します。戸田さんは菅さんの声について「プロの声優ではありえない声の出し方というか。
最後に戸田さんは「誰かのために何かをするということが、僕はみんなの笑顔が見れるのが嬉しいんだよみたいなことは最終的にアンパンマンが言うんだけれども。そういう深いお話に…そうですね」と、映画に込められた普遍的なテーマを改めて強調しました。
常に新しい挑戦を続け、多くの人に勇気と感動を与え続ける戸田恵子さん。その声と言葉は、これからも私たちの心に響き続けることでしょう。
(TBSラジオ『パンサー向井の#ふらっと』より抜粋)