トップ画像は、北品川駅ホームから撮影した住宅・都市整備公団9100形電車。・・・と言われても「住宅・都市整備公団」の電車? 要は千葉ニュータウン鉄道が所有、北総鉄道が管理する通勤電車。
上りホーム、旧来の跨線橋の手前に2007年(平成19年)に新たに設置されたバリアフリー用のエレベーター専用跨線橋があります。

駅名標。

京浜電気鉄道の品川(ターミナル)駅として1904年(明治37年)開業。通称は八ツ山橋駅。八ツ山橋は、東海道と東海道本線を立体交差させるために明治5年(1872年)に架けられた橋。現在の橋は1985年(昭和60年)に架け替えられた四代目。京急本線の品川駅側踏切の西側に架かる橋です。

1925年(大正14年)併用軌道で高輪駅まで延伸され京浜鉄道の品川駅は北品川駅に改称されました。東京市電が京浜鉄道北品川駅まで乗り入れていたため横浜方面からの利用者はその多くが東京市電に乗り換えてしまいました。そこで京浜鉄道は、1933年(昭和8年)北品川駅~高輪駅間を廃止し、新たに国鉄の品川駅までの線路を敷設したのです。東京市電の乗り入れは終了。また品川駅~横浜駅間を標準軌化し品川駅から浦賀駅までの直通運転が始まりました。北品川駅はJR品川駅の南にあるのですが、旧東海道品川宿の北端に当たるため北品川駅と名付けられたのです。

余談です。筆者は北品川という地名を聞くと、45歳で亡くなった映画監督川島雄三さんの代表作「幕末太陽傳」(1957年/日活)を思い出します。古典落語の引用が軽妙で何度も観た好きな映画。2012年(平成24年)日活100周年記念で行われたデジタル修復版のDVDは個人的な宝物になっています。
現在の北品川駅、左の「出っ張り」に京急車両が描かれているのがチャーミング。

北品川駅周辺案内図。オレンジ色のラインが旧東海道です。

駅から八ツ山橋の踏切に行きました。右が北品川駅。

踏切から品川駅方面を見ると八ツ山橋とJRを越える鉄橋と最少半径160m制限速度25km/hのカーブが見えます。

旧東海道の踏切の方に移動していたら都営地下鉄浅草線の新型5500形電車が通過しました。ふだん眼にしないので珍しくて慌てて撮った写真です。ブレてますね。ごめんなさい。

では、旧東海道の方に行ってみましょう。【駅ぶら03】京浜急行05 に続きます。
(写真・記事/住田至朗)
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