新型コロナウイルス感染症により日本の観光は壊滅的な打撃を受けた。国内旅行代金の1/2相当額を支援する「GoToトラベルキャンペーン」により一時的に持ち直す兆しは見えたものの、第三波を受け同キャンペーンは一時停止。
イベントやツアーの延期・中止が相次ぐなか、気を吐くキャンペーンもある。その一つが、JR本州3社と北陸三県誘致促進連携協議会が共同展開する「Japanese Beauty Hokuriku」(以下、JBH)だ。16回目となる今年は「美食、美観、美技、美湯、美心」の5つをキーワードとし、福井、石川、富山の北陸三県で展開。地元が観光素材を用意、JRが送客を担う。キャンペーン期間は2020年12月から2021年3月までの4ケ月。

2020年3月には北陸新幹線が金沢開業5周年を迎え、敦賀延伸も控えている。関係各社の本気度は高い。開催期間の半分がコロナ第三波や緊急事態宣言と被る厳しい状況でありながら、「JBH」Webサイト上で確認できる観光体験メニューは一つとして中止されておらず、開催曜日や体験人数を絞り安全に気を付けながら「北陸の美」を提供している。
とはいえ感染者数の多い地域からの往来は推奨できず、当然の帰結として旅行者は減る。JR東海の提唱する「ずらし旅」のような分散型のスタイルならともかく、特定地域に集客するキャンペーンは軒並みこの壁にぶつかっている。何か現状を打破する手はないものだろうか?
鍵はマイクロツーリズムにあり?
前述の通り「JBH」ではJRが送客を担う。JRは往復利用旅行商品を造成し、お得な特別企画乗車券を販売する。
もちろん観光体験の中には「北陸新幹線乗車利用者限定」といった縛りを設けているものもあるが、来訪手段を問うものはそう多くないのだ。念のためJR西日本東京広報室に問い合わせたところ、「マイクロツーリズム的にご利用いただくことは可能」との回答を得た。
JRとしては北陸への移動で収益を確保したいだろうし、北陸三県としても県外の旅行者にお金を落としてもらいたいところだろうが、東京・大阪などの感染状況を見るに、そういった大都市からの流入はまだ控えたいところ。一方で北陸三県の感染状況を見ると、石川県は若者を中心とする感染拡大が増加し、12日に感染拡大警報を発出した(ステージⅡ)。福井県は2/15(月)から2/28(日)まで「福井県感染拡大注意報」を発令するも、直近1週間の新規感染者数は1桁台。富山県は2月15日からステージⅠへ移行し、「冬のウェルカム富山県キャンペーン」を再開する。
石川県、特に金沢市はやや厳しいものの、福井・富山両県はおおむね抑え込みに成功している。ならば「JBH」をマイクロツーリズムの起爆剤に転換し、需要を掘り起こすのも手ではないか。地元民だって地元のことを知り尽くしているとは限らないし、今まで気付かなかった「地元の良さ」を発掘できる可能性だってある。
しかし、仮にマイクロツーリズム的な方向に転換できたとしても、地元民が楽しめる内容でなければ意味はない。
昨年12月上旬に取材した際のメモを元に、いくつかピックアップしてみよう。媒体の性質上鉄道ファン・新幹線ファン向けのものが中心となるが、その点はご容赦願いたい。
北陸新幹線コラボ型で金箔貼りや和菓子作りに挑戦

(※以下、紹介する体験メニューは実施日や予約締切などが異なります。中止、延期される可能性もありますので、訪れる際は予めWeb上で各体験の詳細をご確認ください)
北陸新幹線は整備新幹線5路線の一つ。1997年に開業。2015年に金沢開業を果たし、現在は敦賀延伸へ向けて工事が進んでいる。北陸新幹線用のE7系・W7系はJR西日本・JR東日本が共同で開発した車両で、第58回ブルーリボン賞や2014年度グッドデザイン賞も受賞した名車だ。最近ではTVアニメ「シンカリオン」の影響もあってか、子供も知っているイメージがある。
そんな北陸新幹線と、金沢の金箔メーカー「かなざわカタニ」がコラボした。同店はJR西日本と石川県の許可を得て「新幹線 かがやき」デザインのコラボ型マスキングシールを用意。金箔のかがやきと北陸新幹線の「かがやき」がマッチしたお弁当箱などを作る「金箔貼り体験」を提供している。もちろん、新幹線コラボ型以外のデザインも豊富に取り揃えている。


ソーシャルディスタンスを考慮し一度の最大人数を絞るなど、「新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を遵守する。また7日以上前に申し込むことで、自宅に居ながら金箔貼りを楽しめる「オンライン金箔貼り」も好評だそうだ。ただしオンライン体験の場合は新幹線コラボ型のマスキングシールが選べないので、その点は注意が必要だ。
北陸新幹線型の和菓子作り体験

こちらは「北陸新幹線ご利用の方限定」ということで本稿の趣旨とは合わないのだが、鉄道ファン向けということであわせて紹介しておこう。富山県南砺市の老舗「田村萬盛堂」では、北陸新幹線W7系車両の型を使ったお菓子作りが体験できる。所要時間はおよそ40分ほどで、(一社)南砺市観光協会の観光情報サイト「旅々なんと」から申し込みができる。


菓子木型とともに和菓子作りを営んできた「田村萬盛堂」は、和菓子の木型を約1200点を所有しているというから驚きだ。「木型館」ではそのうち一部を展示しており、入場料さえ払えば誰でも見学できる。和菓子や木型の歴史に興味がある方、単純に美味しい和菓子が食べたい方なら十分に楽しめそうだ。
宇奈月地ビールで乾杯

北陸新幹線開業5周年記念の体験メニューとして外せないのが「宇奈月地ビール工場特別見学プラン」だろう。鉄道ファンにはその駅名の長さで知られる「黒部宇奈月温泉駅」すぐの新黒部駅から、富山地方鉄道本線で約11分、下立駅から徒歩7分、そこに「宇奈月麦酒館」はある。
材料となる二条大麦の栽培から行い、その麦芽と黒部川の伏流水を使用する。本場ドイツの醸造技術を生かした地ビールは、数々のコンクールで受賞を重ねる本格派。醸造過程でモーツァルトの名曲を聴かせ、音楽振動で酵母を活性化させながら作るのだという。
北陸新幹線と何の関係が……と思われそうだが、実は金沢開業5周年記念して、普段は公開していない醸造工場の内部の見学プランが組まれている。参加すれば仕込釜や煮沸釜が間近で見られる。もちろんビールの試飲も可能で、見学者には「5周年記念専用ラベルビール」のプレゼントも。 麦酒館で使える600円分のお買い物券もつく。



詳細は「JBH」のWebサイト上にある紹介から確認すると良いだろう。見学には7日以上前からの予約が必要で、またビールを試飲する場合はマイカーでの移動はできない。そんな時こそ公共交通機関の出番だ。
SAMURAIパスポートで城下町金沢をお得に巡る

2020年7月18日、鼠多門と鼠多門橋が復元整備された。かつて玉泉院丸庭園と尾山神社を結んでいたルートが明治時代以来およそ140年ぶりに復活したことで、金沢の街に新たな周遊ルートが生まれた。長町武家屋敷跡地→金沢城公園→兼六園→本多の森公園に至る約2kmの「加賀百万石回遊ルート」である。金沢を代表する文化施設を総なめ、とは言わないまでも、かなり効率よく周れる。


JR金沢駅構内にある金沢観光案内所、金沢ニューグランドビル1Fにある金沢中央観光案内所では、2021年3月31日までこのルートの周遊に便利な「SAMURAIパスポート」を購入できる。これは同ルート内の文化施設12施設に1000円で2日間何度でも入場可能になるという、かなり狂った値段設定のパスポートで、さらに500円出せば金沢市内の「城下まち金沢周遊」「兼六園シャトル」指定エリア内の「路線バス」1日フリー乗車券もつく(バスの利用は1日限定)。
また同ルートを案内するスマートフォンアプリも提供されており、金沢の文化に詳しくなくとも気軽に周ることができる。コロナ前の世界であれば、修学旅行や研究室旅行などに重宝しそうだ。現在は金沢市内での旅行も難しいかもしれないが、飲み食いせずに周遊するだけなら三密は回避しやすい。押さえておこう。

絵付け体験や包丁の工場見学も
福井といえば鉄道ファンは「福井駅の恐竜」を思い出してしまうかもしれない。JR福井駅西口駅前広場には、北陸新幹線金沢開業を記念し、恐竜の動くモニュメントなどが設置されている。福井は恐竜の化石が多数発掘された恐竜王国だ。
だが福井は恐竜だけの町ではない。経済産業大臣指定の伝統的工芸品として、越前漆器、越前和紙、若狭めのう細工、若狭塗、越前打刃物、越前焼、越前箪笥の7品目が指定されている。「技」の町でもあるのだ。越前漆器のミュージアム「うるしの里会館」(鯖江市)での絵付け体験や、創業70年を迎える越前打刃物の工場見学では、その一端に触れられる。

絵付け体験の他にも様々なワークショップが開催され鳥、館内では展示見学や商品の購入も可能。綺麗な漆器はもちろんそれなりのお値段はするのだが、品の良いプレゼントにもなるし、普段使いするなら生活のグレードを上げてくれる逸品が揃っている。


越前打刃物の歴史は南北朝時代から続く。龍泉刃物は産地内でいち早くステンレス鋼の製品化を進め、一般家庭用包丁の分野に着手した。2019年4月には越前市に直営店がオープン。龍泉刃物ファクトリー&ストアでは、じゃらんnetから予約することでMY包丁づくりなどの体験ができる。


これらの体験はやや「お勉強」に寄っているかもしれないが、自分で体験して作ったものを持ち帰れるのは嬉しい。筆者も小学生の頃に「熊野筆」の工房に連れて行ってもらいオリジナルの筆を作った覚えがある。体験そのものの内容は忘れても、モノが残ればいつまでも覚えているもので、思い出作りにはちょうどいい。実用性の面でも、うるしの里会館で食器を買い、龍泉刃物で包丁を買うとちょっと食卓が贅沢になりそうだ。
「JBH」では、そうした観光メニューの他にも「魚津埋没林」や、1日5食限定の「百万石カニ加賀飯」など、現地にしかない、現地でしか食べられないものが多数案内されている。


マイクロツーリズムは「投資」か
観光業界は様々な対策を講じて安全な旅行の実現に努めている。そうしなければ観光地もろとも倒れるからだ。今まさに旅に出ている方も、「旅を楽しみたい」より「お金を落として観光地を救いたい」という使命感を抱く向きが多いのではないか。「コロナが収まったら行きます」と人はいうが、コロナ後にその楽しい場所が存在する保証はない。
もちろん観光を捨ててコロナ禍でも生き残れそうな産業構造にシフトする手もある。選択は地元の手に委ねられており、筆者のような首都圏の人間が「残してくれ」というのはおこがましい話だ。しかし、地元が経済を回して観光地を生きながらえさせることに成功すれば、耐えられずに競争相手が減った「コロナ後」の世界で優位に立てる可能性もある。そう考えると、マイクロツーリズムは将来を見据えた地元への「投資」とも言える。
ここで一つ面白いアンケートをご紹介しよう。日本政策投資銀行北陸支店が2020年12月2日に発表した「富山・石川・福井県民のマイクロツーリズムに対する意識調査」によれば、北陸三県では近隣県からの観光客の受け入れには前向きだが、近隣県への訪問は低調とギャップがあるという。同資料では「マイクロツーリズムの振興には、北陸3県で協力し、互いに近隣県への往訪を促す取り組みが重要だと考えられる」(『出所:日本政策投資銀行』)としている。北陸の人は受け身で、躊躇いがちなのかもしれない。背中を押せば血の巡りが良くなる可能性は十分にある。
何年後か分からない「コロナ後」、旅行者が大手を振って旅行できる日を見据えて観光地を維持できるかどうかは、地域ぐるみの選択と底力にかかっているのではないだろうか。
文/写真:一橋正浩(冒頭の写真除く)
※本稿で紹介した体験メニューは、実施日や予約締切などが異なります。中止、延期される可能性もありますので、訪れる際は予めWeb上で各体験の詳細をご確認ください