今春、輸送サービスをレベルアップする鉄道が埼玉県にあります。
本コラムは、〝PASMO初日〟に熊谷駅で開かれた「サービス開始記念オープニングセレモニー」をご紹介。あわせて、日本の高度経済成長を支えたセメント(原料の石灰石)輸送を出発点に、最近はSL「パレオエクスプレス」などで観光鉄道としての存在感を高める、秩父鉄道の歴史や戦略をまとめました。
PASMOやSuicaなど10種類のICカードに対応
交通系ICカードのメリットは、あらためて紹介するまでもないでしょう。JRや大手私鉄、公営鉄道から、最近は中小鉄道や路線バスに広がりをみせます。秩父鉄道は数年前から検討や準備に着手しており、JRグループのダイヤ改正にあわせてPASMOサービスを開始しました(今回、同社のダイヤ改正はありません)。
利用できるのは、PASMOやJR東日本のSuicaのほか、JR東海のTOICA、JR西日本のICOCAといった全国の鉄道事業者の主なICカード10種類。ICカードは市中店舗でも電子マネーとして使用できるので、キャッシュレス社会に連動して汎用性が広がります。
カードやIC定期券などの販売は、羽生、熊谷、武川、ふかや花園、寄居、長瀞、秩父、御花畑の8駅で対応。前記8駅に影森、三峰口を加えた10駅以外の駅では、前日の3月11日を最後に駅窓口の営業を終了しました。
急行「秩父路」の急行料金を無料に
ICカードは利用客、社内の双方にメリットをもたらす、文字通りWinWinのツール。カード導入を機に、急行「秩父路」の急行料金も無料化しました(※)。観光客の利用が多い、全線1日乗り降り自由の「秩父路遊々フリーきっぷ」など、紙製きっぷも一部残りますが、将来的にはICカード専用改札機にQRコードの読み取り機能を追加して、乗車券類をオールデジタル化するプランです。
秩父鉄道はPASMO導入に先行する形で、小田急電鉄と連携し2021年11月から、小田急MaaSアプリ「EMot」で「秩父路遊々フリーきっぷ デジタル版」と「宝登山ロープウェイフリーきっぷ」を発売しています。
※鉄道チャンネル編集部注……秩父鉄道は急行料金無料化の期間を「当分の間」としており、キャンペーンの終了期間については明言していません。期間中は乗車券類のみで「急行秩父路」に乗車出来ます。
「便利で快適な鉄道を盛り上げたい」(大谷社長)

熊谷駅コンコースでのオープニングセレモニーでは、大谷社長がPASMO採用の理由を説明した後、「ICカード採用を機に鉄道を大いにご利用していただき、設備投資効果を発揮したい。沿線の皆さまとともに、便利で快適な鉄道を盛り上げたい」とアピール。石田克己熊谷駅務区長兼熊谷駅長とともに、くすだまを割ってサービス開始を宣言しました。

PASMOサービスを技術的に支援したのが日本信号と西武鉄道で、オープニングセレモニーには両社代表が来賓の形で招かれました。初日はカード呈示者に、特製のオリジナルカードケースがプレゼントされました。
ゲストは山下千夜さんと立川真司さん
この日、2人のゲストがセレモニーを盛り上げました。1人目は日本民営鉄道協会が主催する15回目の「私とみんてつ小学生新聞コンクール」で、金賞(日本民営鉄道協会会長賞)を受賞した熊谷市立成田小学校4年生の山下千夜さん、もう1人は鉄道ものまねの立川真司さん(62)です。
山下さんの作品は、「走り続けて120年!! 秩父鉄道新聞」。
山下さんの新聞は2021年8月(夏休み)発行なので、紙面には「SuicaやPASMOは使えないので、きっぷを買ってから乗ってね!」の記事も。新聞を見た秩父鉄道が、「PASMO採用を急ごう」と発奮したのかもしれません。
立川さんはキャリア35年を超すベテラン。独特の鼻にかかった車掌口調で、会場でのオープニングMCと記念列車の熊谷―長瀞間アナウンスを担当しました。立川さんが秩父鉄道で一番好きなのは小前田(おまえだ)駅。キメのセリフは、もちろん「次は小前田!」。

前身は上武鉄道と北武鉄道
ここから秩父鉄道の歴史をたどります。秩父鉄道の前身が、上武鉄道と北武鉄道という2つの鉄道会社だったのをご存じの方がいらっしゃるかもしれません。上武鉄道は明治年間の1896年の鉄道会議で建設が決まり、3年後の1899年に会社を設立。1901年に最初の熊谷―寄居間を開業したのに続き線路を伸ばし、1930年に三峰口まで全通しました。
北武鉄道は1921年までに熊谷―行田間を開業。
鉄道6路線を横につなぐ

秩父鉄道は、秩父本線羽生―三峰口間(71.7キロ)と三ヶ尻線武川―三ヶ尻(3.7キロ)の2路線。三ヶ尻線は貨物線です。会社は地方鉄道に区分されますが、75.4キロの路線長は京浜急行電鉄(87.0キロ)や京王電鉄(84.7キロ)の大手私鉄に肩を並べます。
秩父本線は羽生で東武スカイツリーライン、熊谷でJR高崎線と上越新幹線、寄居でJR八高線と東武東上線、秩父(または御花畑)で西武秩父線に接続します。東京から放射状にのびる6つの鉄道路線を横につなぎます。
駅数は全部で40駅(うち旅客駅37駅)、在籍車両は電車53両、客車4両、電気機関車(EL)17両、貨車134両、蒸気機関車(SL)1両(2021年3月31日現在、会社概要から)。SLファンはもちろん、貨物列車ファンにとっても魅力的な鉄道です。
「東京に一番近いSL」

秩父鉄道が観光鉄道にシフトするきっかけをつくったのが、1988年に運転を始めたSL「パレオエクスプレス」です。キャッチフレーズは「東京から一番近いSL」。先頭に立つC58 363は戦時中の1944年に製造され、国鉄時代は山田線や石巻線といった東北地方を主に走りました。
1972年に引退。廃車後は埼玉県の吹上小学校に静態保存されていましたが、1988年のさいたま博覧会の目玉として復活。秩父鉄道での復活後の運転期間は、既に国鉄時代を上回っています。
パレオエクスプレスとともに、秩父鉄道の観光事業を象徴するのが〝天下の景勝地〟の異名を持つ「長瀞」。荒川の急流を下る「長瀞ラインくだり」は秩父鉄道が、梅の名所として名高い寳登山神社へのアクセス「宝登山ロープウェイ」はグループ会社が運営します。
大型ショッピングモールの最寄り駅
秩父鉄道の近未来を象徴するのが、2018年10月に開業した新駅「ふかや花園駅」です。駅直近には深谷市の地域再開発事業で、大型ショッピングモール開業が予定されます。埼玉県北・秩父エリアの観光物産施設開設の話もあります。
鉄道ファンを意識した企画も盛んで、「タブレット授受再現撮影会」「SL乗車とSL出区点検見学ツアー」「第4回秩父鉄道プロが教えるダイヤ作成教室」といったプログラムが並びます(既に締め切った企画もあります。詳細は同社ホームページで確認を)。鉄道ファンにも一般観光客にも魅力いっぱいの秩父鉄道。この春休み、PASMO片手に沿線を訪れてみてはいかがでしょうか。


記事:上里夏生