JR西日本グループは2022年10月6日、「鉄道NFT」の販売を開始するといった趣旨のリリースを発信しました。その内容は次のようなものでした。
「鉄道開業150年を記念し、『鉄道の日』にあたる10月14日から32日間続けて日替わりで『鉄道NFT』を販売。各商品100個限定」
「寝台特急『トワイライトエクスプレス』を皮切りに、3DフィギュアNFTやトレーディングカードNFT、トレインマークNFTを販売」
「LINEのNFT総合マーケット『LINE NFT』で販売」
どうも最近流行りの「NFT」を販売するということのようですが、そもそも「NFT」が何なのかいまいち分かっておらず「鉄道NFT」の具体的なイメージも湧きませんでした。
そんな状況で記事を書いても仕方がない、ということで自分なりに調べたりJR西日本グループの担当者に「鉄道NFTを買ったら何ができるんですか?」と直球でお尋ねしてみました。本稿では「鉄道NFTってなに?」「購入するメリットは?」といった素朴な疑問に一つ一つ丁寧に答えていきます。
そもそも「NFT」ってなに
「NFT」は「Non-Fungible Token」の略で、一般的には「非代替性トークン」「代替不可能なトークン」と訳されます。
筆者はまず「非代替性」で躓きそうになったので、ここを最初に説明します。
大雑把なたとえで恐縮ですが、次のような場面を想像してみてください。Aさんの財布の中にある500円とBさんの財布の中にある500円は同じ「500円」の価値を持っています。どちらの500円でも500円のものを購入できることに変わりはありません。
では「指定席特急券」ではどうでしょう? AさんとBさんが同じ新幹線に乗車し、二人とも指定席を予約したとします。この場合、BさんのきっぷでAさんの席に座ることはできません。これがNon-Fungible=非代替性です。
非代替性の説明を終えたところで、次はデジタルデータについて考えてみます。
インターネット上で見かけるような「写真」「イラスト」「動画」などのデジタルデータを想像してみてください。これらは(基本的には)全てコピーすることができます。
「Aさんがホームページ上にアップロードした写真」をCさんに送るとします。この場合、Aさんから直接Cさんにデータを送っても、BさんがAさんのホームページから取得したデータをCさんに送っても、Cさんの手元には全く同じものが渡ることになります。
現実の美術品で想像してみましょう。たとえば額縁に飾られた絵画。複製するのは簡単なことではありません。Aさんの家にある絵画をBさんの家で飾ろうと思ったら、まずはAさんから絵画を購入する必要があります。現物の絵画ではなく「デジタルデータ」であればどうか。BさんはAさんに断りなく、コピーしたデータを自分のPCやスマートフォンに保存できます。
したがって、誰でも同じものを保有できるデジタルデータには、資産価値がない(資産価値を正しく評価できない)と見なされる……そんな状況が続いていました。
ここで注目を集めたのがNFTです。
性質としては美術品の鑑定書に近いものと言えるでしょう。また、NFTは購入者が他者へ転売することもできるため、投機商品とも見なされています。
ワクワクするような「可能性」を秘める一方で、全肯定はできない
2020年代に入り、高額での取引事例が相次いだことで、NFTは注目を集めるようになりました。
たとえばTwitter創業者ジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)による初ツイートは約3億円で落札され、テスラのイーロン・マスク氏が出した音楽作品には1億円の値が付きました。デジタルアート作品が6,940万ドル(約75億円)で落札されたこともあります。すでに社会的に地位を確立している方に限らず、「日本の小学3年生がつくった夏休みに自由研究に380万円の価値が付いた」といった夢のある事例もニュースになりました。
2021年のNFT年間取引額は176億ドル(約2兆円)に達すると報告されています。NFTを活用したゲームなども続々世に出てきており、大企業やトップアーティストも続々参入しています。
注目すべき分野であることは間違いない――一方で、NFTは「NFT自体の所有権」はともかくとして、「NFTに紐づいたデジタルデータ」の所有権や著作権を証明できるものではありませんし、そういったややこしい部分まで含めて世間の理解が追い付いているとは言い難い状況です。
またNFTまわりは法整備も追いついていません。デジタルアートのNFTに高い値が付いたといっても、それは本当に価値が認められたからなのか、それとも投機筋が価格を吊り上げているのか、判断が難しいケースもあります。
熱のある分野ゆえ山師や怪しい企業も流入しており、消費者保護の観点からはNFTを巡る状況を全肯定することはできません。
では、JR西日本グループの「鉄道NFT」の場合はどうか――ざっと見る限りでは3Dフィギュアやトレーディングカード、トレインマークといったものは「記念きっぷ」のようなコレクションアイテムに近く、価格も手ごろで、購入者が不利益を被るようなことはなさそうに見えます。
いったいどのような目的で「鉄道NFT」を販売するに至ったのか、そもそも購入者は「鉄道NFT」で何ができるのか……次章から、そのあたりを深堀りしていきます。
「鉄道NFT」を購入するメリットはあるのか――ただのデジタルコレクションにとどまらない可能性
JR西日本グループのリリースを読んだ際に抱いたのは、「鉄道NFT」を購入するメリットがどこにあるのか、という疑問でした。企画・販売元のJR西日本コミュニケーションズおよびJR西日本イノベーションズに問い合わせたところ、次のような回答をいただきました。
「弊社側としては、鉄道ファンの皆様に『JR西日本グループが“公式”で発行する唯一無二のデジタルアート』を収集していただくことができるようになった点が第一のメリットであると考えております」
前章までで説明した通り、鑑定証が付いた希少なアート作品のようにデジタルデータの価値が保証されているというのがNFTの特徴ですから、趣味としてコレクションするだけでなく(LINE NFTの)マーケットで個人間で売買することもできます。他にも細かい点ですが、「今回販売される商品を購入したユーザーはLINEのプロフィールにNFTを設定することができる」というメリットもあります。
また「LINE NFT」では、APIによりNFTを販売する事業者が独自開発したWEBサイトやゲームと連携している事例も存在します。現時点ではまだ世に出ると決まったものではありませんが、たとえば鉄道系のゲームをリリースしてNFTと連動させるような構想もあるそう。
筆者の想像もある程度加味しますが、たとえば「トワイライトエクスプレス」のNFTを購入し、ゲーム内の仮想空間で走らせるといったこともできそうです。「バーチャル大阪駅」のようなメタバースとの連携もできるでしょう。ゲーム「どうぶつの森」のように、仮想空間上に自分の駅を作ってそこに鉄道NFTを走らせるという「デジタル鉄道ジオラマ」的な楽しみ方も考えられます。
とはいえそうしたアイデアはまだ具体化しておらず、現状としては「まずコレクションアイテムとして触れてもらって、JR西日本グループの車両に興味を持っていただく」「鉄道ファンの方々に新しい体験としてNFTに触れてもらう」段階です。
「LINE NFT」を選んだ理由はそれだけじゃなかった
一般にはNFTを購入する際にはまず暗号資産を買ったり独自のウォレット(財布)を作ったりと、様々な手続きを行う必要があります。市場の多くは海外向けですので、説明も英語だったりと、ハードルの高さは否めません。
「LINE NFT」の場合はLINE Payによる支払いにも対応しており、わざわざ暗号資産を用意する必要がありません。LINEなら普段から慣れ親しんでいるユーザーも多く、心理的な敷居も低い。
今回「LINE NFT」が選ばれた理由はそれだけではありません。実はブロックチェーンにもパブリックチェーン型、プライベート型があり、「LINE NFT」は特定の企業などが管理するプライベート型に相当します。
パブリックチェーン型のように世界に開かれているわけではないのでNFTの持ち味が活かされているとは言えないのですが、大手企業が管理することで一定のリスクヘッジにはなりそうです。
違法コピーなど著作権上の問題になるものについては「しかるべき対応を検討したい(同社担当)」ということで、NFTの販売元の固さにも一定の信頼はおけると見て良いでしょう。NFTは「NFTに記録されたデジタルデータの場所(URL)からデータそのものが削除されると閲覧などができなくなる」という問題点も抱えていますが、JR西日本グループならその点も大丈夫そうです。
将来的には世界に開かれたパブリックチェーン型でNFTを展開することにもなるかもしれませんが、現時点ではまだNFTやブロックチェーンの概念が浸透しているわけでもありません。自動車教習所だっていきなり高速道路に放り込んだりはしないわけで、まずは「身近な場所でNFTにチャレンジできる環境を整えた」という風に理解すると良いかもしれませんね。
市場の反応は上々?500系新幹線は5日間で完売、トワイライトエクスプレスは10分で……
最後に最近の鉄道とNFTを巡る状況を簡単にご紹介します。10月8・9日に日比谷公園で開かれた「鉄道フェスティバル」にはJR西日本グループも出展し、鉄道NFTをアピールしました。
結果、500個限定で先行販売した「500系新幹線」は発売開始から5日間で完売となりました。また14日に販売を開始した「トワイライトエクスプレス」は10分以内に完売したそうで、NFTのとっつきにくさを考慮すると、想像以上に注目が集まっていると見て差し支えないでしょう。
鉄道ファンだけでなく「暗号資産やNFTが好き・興味がある」といった方が「面白そうだから買ってみた」という例もあるようで、NFTが今まで鉄道に興味のなかった層にも間口を広げる役割を果たしているとも言えそうです。
NFT事業への参入は非常にチャレンジングな試みですが、JR西日本グループには鉄道という非常に強力な知的財産があり、価値のあるコンテンツとして販売できれば大きな収益源となり得ます。他の事業者に目を向けると、10月10日に東海バス(小田急グループ)がNFT第一弾を販売、10月14日にJR東日本も「鉄道開業150年記念駅名標」をモチーフとしたNFTを販売しており(いずれも即日完売)、今後も各事業者の動きに注目が集まります。
記事:一橋正浩