ホビーセンターカトーの京急デハ268号車は、いつ、なぜここにやって来たのか

東京都新宿区西落合に存在するNゲージ鉄道模型メーカー・KATO(株式会社関水金属・株式会社カトー)の本社敷地内には、かつて京急電鉄で活躍した230形・デハ268号車が静態保存されています。本社ビルの1・2階にホビーセンターカトー東京店が併設されているので、一般利用者も店舗を訪れることができ、デハ268号車の実物も見ることができます。

しかし、京急線が通っているのは、品川駅から羽田空港や横須賀市・三浦市方面。都営浅草線・京成線・北総線との相互乗り入れをふまえても、新宿区内には乗り入れていません。すっかりKATOのシンボルとして定着しているデハ268号車ですが、思えば、KATO本社にはいつやって来たのでしょうか。

1. 湘南電気鉄道出身の草分け的名車

京急電鉄230形は、1930(昭和5)年、京急の前身の一つである湘南電気鉄道の開業に合わせて登場しました。セミクロスシートを有した2ドアの16m級車両で、天井付近まで伸ばした大型窓や、カーブの浅い屋根からなる軽快な外観が特徴です。現代基準で見れば短い車体ですが、当時の最高技術が取り入れられた名車としても知られています。

Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
旧・京急電鉄230形。現在はホビーセンターカトーや京急ミュージアムで見ることができる

なお、湘南電鉄とともに京急の前身だった京浜電気鉄道でも同型車両が製造され、製造年によって、座席や機器の配置、外観やドア数などに差異がありました。それらは戦後の京急電鉄発足(1948年)後に「230形」とまとめられています。1963~64年頃に行われた更新工事を経て活躍を続け、末期は大師線や空港線に集結。1978(昭和53)年3月、大師線での運行を最後に全車引退しました。

Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
デハ268号車の側面

現在は、今回取り上げるデハ268号車の他に、デハ236号車が京急ミュージアムで保存されています。京急に里帰りする前のデハ236号車は埼玉県川口市内にいました。

また、京急ファインテック久里浜工場内には、京浜電鉄デ51形・湘南電鉄デ1形に復元された個体が保存されています。

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ホビーセンターカトー東京店及びKATO本社ビル

ちなみに、京急油壷マリンパークでは、1978年4月よりデハ249・デハ250号車が展示されていましたが、破損・劣化により1988(昭和63)年に解体。香川県の高松琴平電気鉄道に一部編成が譲渡され、おもに長尾線・志度線で活躍していましたが、2007(平成19)年に引退しました。

2. Nゲージ鉄道模型としての230形は

Nゲージ鉄道模型での京急230形は、KATOから、「アッセンブリーキット」としてデハ268号車が2015年に初登場。塗装済みの部品をパチパチ組み合わせていく方法で、手軽に組み立てできるキットとして発売されました。別売の動力ユニットに組み替えると線路を自走できるようになります。現在は「STEAMで深まる Nゲージ赤い電車キット」にリニューアルされました。

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デハ268号をモデルにした、簡単組立のキットが発売されている

最近は、ホビーセンターカトー東京店・京都店などの直営店限定で、「旅するNゲージ」としてもデハ268号車が販売されています。同シリーズは、ディスプレイ向けに先頭車両のみをパッケージングしたシリーズ。こちらは完成品となっており、購入時の状態で飾って楽しめます。なお、こちらも動力ユニットに組み替えれば走行化は可能です。

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直営店限定で「旅するNゲージ」シリーズとしても販売

純粋なNゲージとしては、2021年に発売された「京急電鉄230形 大師線 4両セット」があります。品名の通り、大師線で運行していた晩年の仕様が再現されています。

さらに、1両減らせば空港線、ヘッドマークの掲出で「海水浴特急」に見立てられるなど、小型車両ながら楽しみ方はいろいろ。ホビーセンターカトーからは、ことでん譲渡後の30形タイプも販売されています。

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大師線仕様の京急230形(4両編成)がKATOから発売されている
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この小ささで前面ライトが点灯し、ユーザー取り付けで室内灯も搭載可能

ちなみに他社からは、トミーテック「鉄道コレクション」の事業者限定品や、リトルジャパンモデルスの未塗装キットで京急230形が模型化されたこともあります。前者は中古品で見かけることがありますが、後者はおそらく入手困難なため、特にこだわらなければKATO製品で探すのをおすすめします。

3. なぜ新宿区の鉄道模型メーカー本社に元京急車両が?

今に続く自社のシンボルで、鉄道模型もハイクオリティな京急230形ですが、そもそも実車がKATOにやって来たのはいつ、そしてなぜでしょうか。KATO広報部および、ホビーセンターカトー東京店スタッフの阪井俊輝(さかい としき)さんに取材しました。

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今回の取材にご協力いただいた、ホビーセンターカトー東京店の阪井さん

1977年に本社・工場が文京区から現住所に移転する際、創業者である故・加藤祐治(かとう ゆうじ)会長が、駐車スペースの広さを活かして「何か鉄道にちなんだものを置けないか」と考えたことに由来するそう。当時、偶然にも京急230形の廃車体が販売されている話を聞き付け、デハ268号車の購入に至ったとのことです。搬入時には雑誌に取り上げられ、話題にもなったといいます。2004年11月に発行された「カトーニュース94号」でも詳しく取り上げられました。

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過去の保存時の様子(パネル写真:株式会社関水金属)

工場から電気を引っ張れば、保存車両がそのまま会議室兼休憩室に。蛍光灯、扇風機、ドアエンジンはそのまま使い、さらに事務所から長机を持ち込み、月2回、車内で会議を開いていたこともあったそう。その後、工場は埼玉県に移転し、高田馬場にあったホビーセンターカトーがかわりに西落合に移転(1986年)したため、一般利用者の目に触れやすくなりました。

デハ268号車は、現在も定期的な修繕が行われ、大切に保存されています。KATO広報部によれば、車両の修繕は約10年に一度、専門業者に依頼しているとのこと。前回は2022年に修繕されました。この時、「せっかくなら実車を修理している業者に」と京急電鉄に相談の上、同社グループの京急ファインテックにより修繕が行われました。現在も引き続き、前面のライトが点灯し、車内設備も稼働します。

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静態保存ではあるものの、ライトや電気部品が今も稼働する
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ライトグレーで塗られた床下機器。この密度の高さはNゲージにも再現されている
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貫通路は元々開いていたが、保存個体では封鎖された

ちなみに、デハ268号車は、大師線で事故廃車となったデハ269号車の相方だった個体。その巻き添えで廃車になってしまいましたが、自身はノーダメージだったため、廃車当時の状態で車内も保全されています。なお、中吊り広告はKATO独自のものに変更されており、妻面の貫通路は封鎖されています。

4. 京急ミュージアムと並ぶもう一つの保存車、一般公開はある?

そんなデハ268号、見学できるのは基本的に外観のみですが一般公開イベントでは車内も公開されています。230形は車内に冷房がないため、公開日は毎年固定ではなく、涼しい時期を見て行っているとのこと。

例年の一般公開での反応については「イベントで公開すると、たくさんの方にご来場いただけますので、お客様はもとより、地域住民の皆様からも愛されていると存じます」(KATO広報担当)と、地元民・鉄道模型ファン両方から好評のようです。

Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
デハ268号車の車内
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一般公開時は階段を降ろしてドアから入れるようにする

前出の通り、車内はほぼ引退当時のまま保存されており、こちらは京急ミュージアム保存個体よりも当時の使用感が色濃く残っているようにも思えます。今後、一般公開で車内を見学できる時は、現代の電車との違いをぜひ体感してください。

Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
ドア間のロングシートは非常に長い
Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
天井には扇風機があり、「KHK」の文字も残る
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運転台
Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
登場時は乗務員室ではなく、片隅式の運転台だった。当初の仕切りが一部残っている。

新宿区西落合のホビーセンターカトー東京店(KATO本社ビル)屋外にたたずむ京急230形の保存車両、デハ268号車。京急線とは直接の接点がない新宿区に同車がやって来たのは、1978年、当時の加藤祐治会長のアイディアで京急から購入したのがきっかけでした。保存が続けられているだけでなく、今では同車のNゲージも発売されており、実車・模型ともにKATOになくてはならない存在となっています。

Nゲージ・KATO本社のシンボル「京急230形デハ268号車」いつからここに?なぜ京急車両?
加藤会長の発案から西落合にやってきたデハ268号。実車も模型も大切な存在になっている(手前のNゲージは筆者持参)

会社としても、「今後も、ホビーセンターカトー東京店のシンボルとして保存を続けていき、イベント等で皆様に公開できればと思います」(広報担当)と大切にしていくことがうかがえました。京急ミュージアムのデハ236号車と並ぶ230形の貴重な保存車両として、お店と一緒にデハ268号車を訪ねてみてはいかがでしょうか。

一方で、例えば車両の装備品を盗む、車体に傷をつけるなど、保存車両に誰かが悪戯をしたという話も、残念ながら稀に聴きます。所有者、鉄道ファン、地元住民のさまざまな人に保存車両は愛されていますので、訪れた際は大切に接してくださいね。

―おわり―

記事:若林健矢(写真は全て筆者撮影)
取材協力:株式会社関水金属、ホビーセンターカトー東京店

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