巨額のオイルマネーを背景にマンチェスター・シティが台頭
2011-12シーズン、シティがプレミア初制覇。ここからプレミアリーグの勢力図は激変の様相を見せていく photo/Getty Images
2010年からのプレミアリーグは、勢力図にこれまでになく大きな変化が起こったディケイドだった、と言えるかもしれない。新たなメガクラブの台頭、飛び交うビッグマネー、強豪を喰うほどの力を蓄えた中堅クラブ。
アラブ首長国連邦の首都アブダビに本拠を置く『アブダビ・ユナイテッド・グループ』(ADUG)が、タイ国の元首相タクシン・シナワットからマンチェスター・シティを買収したのは2008年9月1日。
後にプレミアリーグの勢力分布図を大きく塗り替える一件だが、当時の反応は芳しくなかった。
「同じマンチェスターでも、ユナイテッドとシティでは格が違いすぎる」「アラブのカネ持ちといってもフットボールの世界では無名だ。何もできやしない」
「すぐに飽きてシティを手放す。次のオーナーはだれなんだ!?」
数少ない期待は、シナワットが手放したことくらいだっただろうか。何しろこの男、大量殺人に関与した疑いが非常に濃い。プレミアリーグのクラブを所有する資格はなかったのである。
『ADUG』は知名度が低く、移籍交渉でもうまくいかなかった。新監督は成功例が少ないマーク・ヒューズ。マイナスのインパクトが強すぎた。新戦力もタル・ベン・ハイム、ジョー、わがまますぎる性格と環境適応能力の不安を各方面で指摘されたロビーニョなどハズレが多く、優勝争いには一度も絡めず10位に沈んでいる。
しかし、この2008ー09シーズンにヴァンサン・コンパニとパブロ・サバレタが加入した。さらにいよいよ2010–11シーズンにはダビド・シルバとヤヤ・トゥレを、翌シーズンにはセルヒオ・アグエロを獲得。サバレタは後にサポーターの絶大な信頼を集めるキャプテンになり、コンパニとシルバ、トゥレは’10年代におけるシティの“ 三大守護聖人” とでも呼ぶべき存在だ。『ADUG』の経済力が効果を発揮したのである。
「 市場価格を壊した」「非常識な移籍金」など、カネで相手の横っ面を引っぱたくような補強プランは多くの批判を浴びたが、豊富な資金力を利しただけの話である。アンフェアなわけではない。
「マネードーピング」
アーセナルのアーセン・ヴェンゲル監督(当時)はシティのプランを全否定した。
「 市場の常識をわきまえろ」
ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督(当時)も声高に批判した。
永きにわたってプレミアリーグの盟主の座を競っていた両巨頭は、シティの台頭をあからさまに嫌っていた。アーセナルは新スタジアムの建設で補強費を出せず、ユナイテッドはグレイザー・ファミリーがクラブを買収する際に多額の借金をしていたため、資金は制限されていた。動きを封じられた彼らにできることは、シティに対するネガティブ・キャンペーンしかない。
急速に力を失ったかつての2大巨頭
![[特集/欧州蹴球10年の軌跡 01]シティの巨大化がもたらしたプレミア勢力図の激変と新たなパラダイム](http://imgc.eximg.jp/i=https%253A%252F%252Fs.eximg.jp%252Fexnews%252Ffeed%252FTheWorld%252FTheWorld_296497_0623_2.jpg,quality=70,type=jpg)
2012-13シーズンの優勝を置き土産に、ファーガソン監督が勇退。ユナイテッドはひとつの時代が終わりを迎えた。
しかもユナイテッドは、サー・アレックスが有終の美を飾って退任した13年6月以降、補強路線を完全に見失ってしまった。マルアン・フェライニやマッテオ・ダルミアン、マルコス・ロホなど、ライバルチームが手を出しそうもない選手を獲得して世界中の失笑を買う始末だ。
また、負傷を抱えていたラダメル・ファルカオ、レアル・マドリードからの移籍を望んでいなかったアンヘル・ディ・マリア、全盛期を過ぎていたバスティアン・シュバインシュタイガーやズラタン・イブラヒモビッチと契約するなど、強化部門の責任者であるエドワード・ウッドワードの罪は非常に大きい。
アーセナルもヴェンゲルがパニック・バイを起こしたり、それでいてセンターバックの補強を怠ったり、チーム創りは支離滅裂だった。数少ない成功例はメスト・エジル、アレクシス・サンチェスだろうか。
この間、シティはケビン・デ・ブライネ、ラヒーム・スターリング、アイメリック・ラポルテ、レロイ・サネ、ベルナルド・シウバ、エデルソンなど、中堅・若手の好タレントを次々と手に入れている。二強との差は急速に縮まり、肩を並べ、あっという間に抜き去っていった。いま、シティの背後にアーセナルとユナイテッドは見る影もない。
フロントの優劣もこの10年間で明らかになった。
ユナイテッドは前述したサー・アレックスの退任と同時に、この名伯楽が築いてきたコネクションを放棄。移籍市場に詳しいディレクターを雇おうともせず、エージェントに無駄金を払うケースが頻発している。
アーセナルもヴェンゲルの勇退で、人間関係が振り出しに戻った。
重要なのはフロントとの連携 強化プランに表れた明暗
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ミラクルと呼ばれた2015-16のレスターは、ここ10年で最大のサプライズ。岡崎慎司も主力として出場を重ね、ゴールだけでなくその献身性でチームを助けた photo/Getty Images
一方、シティはフェラン・ソリアーノ副社長とチキ・ベギリスタイン強化部長がバルセロナ在籍時から築いてきた太いパイプを、有効活用している。ジョゼップ・グアルディオラを監督に招いた16年夏からは現場との意思疎通がよりスムーズになり、前述したデ・ブライネをはじめとする即戦力の獲得も、クラブの総意によるものだった。 もちろん、経済的な強みは見逃せない。だが、シティはチーム創りに関して現場がリードし、上層部ができうる限りサポートする体制だ。今シーズンのチェルシーもフランク・ランパード監督の意見が反映され、カイ・ハフェルツ、ティモ・ヴェルナーなど、大型補強に成功している。
チェルシーの補強計画といえば、大量の若手選手を抱えてはローンで武者修行に出すやり方が批判を浴びてもいたが、ここ10年で2度のプレミア優勝に貢献した当たり補強も見逃してはならない。7シーズンにわたって左サイドに君臨したエデン・アザールをはじめ、狡猾な点取り屋ジエゴ・コスタ、守備職人セサル・アスピリクエタなどの成功例は、プレミアに大きなインパクトをもたらしてきた。
そして現王者リヴァプールは、ユルゲン・クロップ監督を軸とする強化委員会が頻繁にミーティングを重ね、最も必要とする選手を移籍金も考慮しながら獲得してきた。サディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、モハメド・サラーが加入した当時はビッグネームではなく、周囲が驚くような大金も支払っていない。その後、彼らはどれほど貢献したか。
よきにつけ悪しきにつけ、アーセナルとユナイテッドは監督がすべてを取り仕切る時代が長く続いた。いや、長く続きすぎた、監督の力が強すぎたといって差し支えない。ヴェンゲルとサー・アレックスの功績は認めるものの、彼らに意見できるフロントを欠いたことも、組織、とくに強化プランにおいて大きく後れをとった要因である。
そして、2015–16シーズンには強化プランが功を奏して世界中が驚いた。レスターによる奇跡のプレミア制覇である。クラウディオ・ラニエリ監督とディレクターのスティーヴ・ウォルシュが同じ強化プランを描いていたのが勝因のひとつだ。開幕直前に就任したラニエリはシンプルなカウンター戦術をベースにチームをまとめ上げ、岡崎慎司、エンゴロ・カンテら適切に獲得された選手たちがゲームプラン通りのハードワークで勝利に貢献した。得点源は快速FWジェイミー・バーディ。プレミア連続得点記録を11試合連続と塗り替えたのも記憶に新しい。他にも5001倍の優勝オッズなど話題に事欠かなかったが、なにより献身性溢れるプレイで現地ファンを魅了した岡崎が、プレミア優勝に欠かせないピースだったことは、日本人として誇らしかった。
トッテナムが3位と躍進を果たしたのも2015-16シーズンだった。
‘10年代プレミアは戦術の坩堝 新感覚の戦術家も続々登場
![[特集/欧州蹴球10年の軌跡 01]シティの巨大化がもたらしたプレミア勢力図の激変と新たなパラダイム](http://imgc.eximg.jp/i=https%253A%252F%252Fs.eximg.jp%252Fexnews%252Ffeed%252FTheWorld%252FTheWorld_296497_d917_4.jpg,quality=70,type=jpg)
クロップ&ペップはプレミアの戦術トレンドを牽引する存在。スタイルは真逆だが、ともに大きな影響力をもつ photo/Getty Images
フロントとの連携だけではなく、クロップとグアルディオラはゲームプランでも世界の最先端を走った。前者はゲーゲンプレスの発案者、後者はポゼッション原理主義者。現代フットボールに多大な影響を与える名将だ。’10年代中期には「ビッグ6」という言葉が使われはじめ、それはユナイテッド、シティ、リヴァプール、アーセナル、チェルシー、トッテナムを指したが、結局「6」ではなくリヴァプールとシティの「2」が抜きん出てしまったのは、このふたりに依るところが大きい。
そして、チームの個性に合わせたゲームプランを構築する中堅クラブの監督も、脚光を浴びた。レスターのブレンダン・ロジャーズはカウンターとポゼッションのハイブリッドを目指し、ウォルバーハンプトンを率いるヌーノ・エスピリト・サントは柔軟性と連動性にあふれたスタイルを植えつけ、2シーズン連続で7位に導いている。ウルブズの厚くない選手層を踏まえると、快挙である。
また、ブライトンのグレアム・ポッターは4バック、3バック、3センターに2センター、あるときは1トップから2トップと、試合展開に応じた可変システムで対戦相手を驚かせた。シェフィールドのビリー・ワイルダーも3バックの左右CBが攻めあがる斬新、かつ変態的な陣形で9位に躍進している。
かのピーター・ドラッカーが「今日の非常識は明日の常識」と語ったように、ゲーゲンプレスもポゼッションも、当初は異端とされた。それでも彼らはオリジナルを追求し、いまではフットボール界の主流となりえている。ロジャーズとサント、ポッター、ワイルダーに監督としての“ カラー” が感じられるのは、おそらくクロップとグアルディオラの影響だ。
新感覚の戦術家が台頭したため、「勝因=精神力、敗因=レフェリーのミスジャッジ」とする時代後れの指揮官はプレミアリーグから消えようとしている。ノープランの彼らは、コメンテイターとしての職もめっきり減った。研究、分析を怠るタイプが幅を利かせる時代はついに幕を閉じた。
過去10年のプレミアリーグを表現すると、アーセナルとユナイテッドの衰退→シティ躍進→リヴァプール復活という流れになるだろう。この先、クロップの春はまだ続くのか。ペップはどこまで食い下がれるか。あるいは大型補強のチェルシーが’20年代の主役に躍り出るのか。興味津々の2020–21シーズンは、9月12日に開幕したばかりだ。
文/粕谷 秀樹