作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。8月31日(日)の放送は「村上RADIO~ローラ・ニーロ・ソングブック~」をオンエア。

今回は、天才女性シンガー・ソングライターと謳われたローラ・ニーロを特集。自身が自作曲を歌ったバージョンはなぜかあまりヒットしなかったローラ・ニーロですが、多くのアーティストが彼女の楽曲をカバーしたことで、大ヒット。ローラ・ニーロの音楽が大好きで、かねてから彼女の特集をおこないたいと思っていたという村上DJが、魅力的で印象的な名曲の数々を、心を込めて選曲しました。
この記事では後半3曲について語ったパートを紹介します。

村上春樹「ボブ・ディランも彼女の音楽に注目していた同業者の1...の画像はこちら >>

Barbra Streisand「Stoney End」
ローラ・ニーロは多くのミュージシャンに影響を与えましたが、かのボブ・ディランも彼女の音楽に注目していた同業者の1人でした。ボブ・ディランは、とあるパーティーでニーロと同席したとき、つかつかと初対面の彼女のところにやってきて、言いました。「君がやっていることが僕は好きだ。君の使う和音が好きだ。どうやったら君みたいにピアノが弾けるのか、弾き方を教えてもらえないかな」と。
それに対してローラはくすくす笑って、「あなたがギターの弾き方を私に教えてくれるのなら、ピアノの弾き方を教えて差し上げますよ」と言ったそうです。いいですねえ。ローラはもちろんボブ・ディランの大ファンでした。

ピアノを用いて弾き語りをするシンガー・ソングライターは当時、ローラの他にいなかったんです。1960年代のロック・シーンはなんといっても、ギターが中心、そして男性主導でしたからね。そういう意味では、彼女が新しいトレンドを設定したことになります。彼女のあとにビリー・ジョエルとか、エルトン・ジョンとか、そういったピアノを弾いて歌う歌手が続々と登場してきました。キャロル・キングにしても、作曲家としてはローラ・ニーロよりずっと先輩にあたりますが、ピアノを弾くシンガー・ソングライターとして活躍し始めたのは、ローラが登場したあとのことですし、明らかにローラの存在からインスピレーションを得ています。
ローラの作った「ストーニー・エンド」をバーブラ・ストライサンドが歌います。このバージョンは大ヒットして、全米チャートの6位にまで上がりました。バーブラは当時、いっときに比べて人気が低落気味だったんですが、ローラの曲のいくつかを取り上げて歌うことで、再び人気を盛り返しました。ローラの音楽との相性がよかったんでしょうね。いささかダイナミックに盛り上がり過ぎじゃないかと、僕的には思わないでもないですが。

ちゃきちゃきの都会育ちのローラがこんなローカルな労働者の歌詞を書くんですね。「Stoney End」というのは険しく厳しい道のことみたいです。


Phoebe Snow「Time and Love」
フィービ・スノウが「タイム・アンド・ラブ」を歌います。ニーロの3枚目のアルバム『ニューヨーク・テンダベリー』に収められている曲です。フィービもローラ・ニーロの熱烈なファンでした。
    


ローラ・ニーロはニューヨークのブロンクスで、イタリア系の父親とユダヤ系の母親の間に生まれました。いかにもブロンクスっぽい組み合わせですね。お父さんはジャズのトランペッターだったのですが、演奏の合間にピアノの調律師の仕事もしていました。で、そのお父さんがある日、調律に呼ばれて行ったところが、たまたまアーティー・モーグルというかなり名の知れた音楽マネジャーの事務所でして、お父さんは「実は18になるうちの娘が、作曲をして歌うのですが、それが最高に素晴らしいんです。一度聴いてもらえませんか。損はさせませんから」と熱心に売り込みました。モーグルさんは「おいおい、そんなことどうでもいいから、早く調律を済ませてくれよ。忙しいんだから」と言いますが、ローラのお父さんは簡単には引き下がりません。それでしょうがなくて渋々、「わかった、じゃあ明日、娘さんをここによこしなさい」と言ったら、娘が実際に翌日やってきて、3曲ほどそこで自作曲を歌ったのですが、それを聴いてモーグルさんはひっくり返りました。
「素晴らしい。この子は女性版ボブ・ディランになれる」。彼はそう確信して、すぐさまマネージメント契約を結びました。お父さん、偉かったですね。

Laura Nyro And Labelle「Jimmy Mack」
ローラ・ニーロは10代の頃、黒人ソウル・ミュージックを聴きまくっていまして、ブロンクスの近所の仲間たちとドゥワップ・グループを組んで、地下鉄の駅なんかで歌っていました。地下鉄の駅は声が反響するから、ドゥワップ・グループにとっては、うってつけの練習場なんです。そしてプロの歌手になってからも、機会さえあれば古いソウル・ミュージックを歌い続けていました。彼女は自作ではない曲はほとんど歌わなかったのですが、たまに歌うとその大半はモータウンかアトランティックのオールディーズ・ソングでした。そういう曲ばかり集めた『Gonna Take A Miracle』というアルバムも制作しています。ちなみに彼女が出したシングル盤で唯一ヒットチャート入りしたのは、キャロル・キングの名曲「Up On The Roof」のカバーでした。
そんなオールディーズの中から、「ジミー・マック」を聴いてください。1967年にモータウン・レコードのマーサ&ザ・ヴァンデラスがヒットさせた曲です。
ローラはこのアップテンポのソウル・ポップ・ソングを、とても愉しそうに快調に歌い上げます。これは彼女のつくった歌じゃないけど、やはり男の子の名前が絡んでいますね。
LP『Gonna Take A Miracle』に収められた1曲です。なんか彼女自身がつくった曲みたいに聴こえますね。

<番組概要>
番組名:村上RADIO~ローラ・ニーロ・ソングブック~
放送日時:8月31日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/
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