※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。

以下のリンクよりご視聴ください。
「 トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!? 」


原油は上下の圧力に挟まれて「高止まり」

 足元、原油相場の国際指標の一つであるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油は、70ドル台で推移しています。この数年間続いている、80ドルを挟んだプラスマイナス15ドル程度のレンジ相場の真ん中からやや下に位置しています。長期視点では「高止まり」です。


図:米CPIのエネルギー(実数値)とNY原油先物(月足 終値)
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:米セントルイス連銀および世界銀行のデータより筆者作成

 レンジ相場とは、上昇圧力(ここでは上図の赤い上向き矢印)によって形成された下限と、下落圧力(青い下向き矢印)によって形成された上限に挟まれることで形成される相場のことです。この数年間の原油相場は、上昇圧力と下落圧力に挟まれながら、長期視点の高水準を維持しているのです。以下は、その上昇圧力と下落圧力を示した資料です。


図:足元の原油相場を取り巻く環境(2025年1~2月)
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:筆者作成

 1月20日に米大統領に就任したトランプ氏は、世界全体にさまざまな影響を及ぼしています。それに呼応するように、主要な産油国のグループであるOPECプラス※の動きも、目立ち始めています。


※OPECプラスは、OPEC(石油輸出国機構)に加盟する12カ国と、非加盟の産油国11カ国の合計23カ国で成り立つ、産油国のグループです。そのうち減産に参加する国は合計19か国で、その生産シェアはおよそ46%に上ります。(2025年2月現在)


 トランプ氏、OPECプラスそれぞれが、原油相場に多岐にわたる上下の圧力をかけていることが分かります。こうした圧力に挟まれて、レンジ相場で推移していると、考えられます。


 また、冒頭の「図:米CPIのエネルギー(実数値)とNY原油先物(月足 終値)」のとおり、原油相場が高止まりしていることを受けて、米国のCPI(消費者物価指数)のエネルギー部門の実数値も、高止まりしています。


 原油相場の動向は、米国の消費者物価指数、引いては、金融政策に大きな影響を与えます。その原油相場の動向に、トランプ氏とOPECプラスが深く関わっています。


前代未聞が続出したトランプ2.0の1カ月目

 トランプ政権二期目(トランプ2.0)がスタートし、世界情勢が急変し始めています。以下は、同政権発足からおよそ1カ月間で生じた世界情勢の変化を示しています。原油相場の動向を追うためには、世界各地で発生している変化に注目する必要があります。


 米国は、2022年2月に隣国のウクライナに侵攻したロシアと、ウクライナ戦争の停戦協議を行うことで合意しました。また、米国は武器などを提供しているイスラエルに、2023年10月に奇襲攻撃を加えたイスラム武装組織ハマスが駐留する「ガザ地区」を、米国が所有する考えを示しました。


図:トランプ政権(2.0)発足後1カ月間の世界情勢の変化(イメージ)
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:筆者作成 イラストはPIXTA

 トランプ氏が米大統領に就任してたった1カ月の間に、世界では複数の大きな変化が生じました。変化の中、中東が平和になる、ウクライナ戦争が終わる、という思惑が浮上し、原油相場が下がるのではないか、インフレが終わるのではないか、と考えた市場関係者もいたようでした。


 中東情勢が鎮静化すれば中東産原油の供給懸念が後退する、ウクライナ戦争が鎮静化すればロシア産の原油の流通量が増加する、という連想が働いたためです。


図:主要産油国・地域の石油(原油+石油製品)の輸出量 単位:千バレル/日量
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:Energy Instituteのデータをもとに筆者作成

 とはいえ、米国はロシアとの協議に、侵略を受けた当事国であるウクライナを含めない方針を明らかにしました。さらにトランプ氏は、ゼレンスキー氏の大統領の任期が満了しているため、ウクライナで大統領選挙を行うべきだ、などと述べました。

当然、ウクライナは自国を除いた協議にも、大統領選挙にも難色を示しています。


 また、米国がガザ地区を所有することの議論について、イスラエルのネタニヤフ首相は生産的な議論だと述べました。一方、アラブ諸国は独自のやり方でガザ地区の問題を解決しようと声を上げ始めました。これにより、中東情勢という難解な問題が、さらに難解になりました。各所で事態が好転する期待が高まったものの、数日で、逆戻りしてしまいました。


 加えて米国は、欧州の主要国で行われているSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)への規制を厳しく批判し、これを受けてEU(欧州連合)の主要国の要人たちが強く反発する動きも目立ち始めました。複数の前代未聞の出来事が、この1カ月間で起きたと言えます。


OPECプラスはしたたかに高値維持を画策中

 OPECプラスは現在、協調減産(ベースになる減産)と、自主減産(有志国による一時的な減産)の二階建てで、原油の減産を実施しています。


図:OPECプラスの減産(イメージ) 単位:万バレル/日量
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:ライスタッド・エナジー、JODIのデータおよびOPECの資料をもとに筆者作成

 OPECプラスは2024年12月の会合で、協調減産の実施期間を2026年12月までに延長することを決定しました。同時に、自主減産を2025年4月から縮小し始め、2026年後半に終えることを決定しました。OPECプラスの決定は、原油相場を現在の高値で維持する策(協調減産維持)と、世界の原油生産シェア維持(自主減産縮小)を、両立させるものでした。


 トランプ氏が米大統領選挙で勝利したことで、OPECプラスは、米国の原油生産量増加→同国の原油生産シェア拡大→OPECプラスのシェア低下→OPECプラスの市場への影響度低下、という連想が拡大するのを止める必要がありました。それでいて、原油相場を高値で維持するための策を講じる必要がありました。


 OPECプラスが望む原油価格の水準は、IMF(国際通貨基金)が算出している、財政収支が均衡するときの原油価格を参照することが有用です。これによればOPECプラスに属する11カ国の平均は「90.9ドル」です。90ドルを超えることで、財政収支が均衡する計算です。


 長期視点で見た高値水準を望みつつ、生産シェアを損なわないようにするために、OPECプラスは、巧妙な策を講じています。自主減産縮小だけを見れば生産量は増えそうですが、減産のベースである協調減産が同時進行していることを考えれば、原油相場を暴落させ得る過大な生産は行われないと言えます。


図:主要原油輸出国の財政収支が均衡する時の原油価格 単位:ドル/バレル
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:IMF(国際通貨基金)のデータをもとに筆者作成

OPECプラスの減産の動機に「脱炭素」あり

 2010年ごろから、世界で「脱炭素」が進行している様子を見て、OPECプラスは何を思っていたでしょうか。


 これまで長きにわたり、西側のぜいたくを実現するためにずっと協力してきたのに、西側が買わないのであれば、買ってくれる非西側に売ろう、不要と言われたのだから価格をいくら高くしても文句は言われないのではないか、同じ境遇の産油国同士で結束を強めよう、などと考えていた可能性は、否定できません。


 西側と非西側産油国の「脱炭素」に対する考え方の相違は、分断を生みました。分断が深まり始めた2010年ごろ以降、その流れに倣い、以下の通り、OPECプラスの自由民主主義指数が頭打ちになりました。自由度・民主度の低下を示す同指数が頭打ちとなったことは、OPECプラスの考え方が、西側の考え方に近づく動きが停止したことを意味します。


図:OPECプラス主要国の自由民主主義指数
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:V-Dem研究所(スウェーデン)のデータをもとに筆者作成

 OPECの資料によると、OPECプラスが協調減産を始めた2017年、OPECの要人が米国に行ってエネルギー関連の要人と面談をしたり(米エネルギー情報局や米商品先物取引員会を訪問した記録あり)、西側諸国が起源であるIEA(国際エネルギー機関)の要人と意見交換をしたりしていました。


 OPECの要人が、ハリケーンが襲来した米国南部の人々に哀悼の意を示した記録もあります。


 しかし、このように、OPECプラスの自由民主主義指数が上昇し、考え方が西側に近づく兆しが見られた期間は、ほんの一瞬でした。

残念なことに同指数は、2018年をピークに低下の一途をたどり始めました。


 以下の図は、2010年ごろ以降に目立ち始めた世界分裂の一因と影響を示しています。行き過ぎた環境配慮が、西側と非西側の産油国(≒OPECプラス)との関係に亀裂を入れ、それが世界分裂や、「資源国の出し渋り」につながったと、筆者は考えています。


 現在行われている原油の減産は、2010年ごろから目立ち始めた「行き過ぎた環境配慮」がきっかけだった可能性があります。OPECプラスが原油の減産に躍起になっているのは、ただ単に目の前の原油相場を支えるためだけではないのだと、考えられます。


 心情的なことがきっかけで起きた出来事は、解消するまでに多くの労力と時間を要します。この意味では、OPECプラスの減産が2026年までとは言わず、さらに長い期間にわたって続く可能性もあります。


図:2010年ごろ以降の世界分裂発生とコモディティ(国際商品)価格上昇の背景
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:筆者作成

トランプ2.0下で予想される日本での事象

 本レポートで述べてきたとおり、トランプ氏やOPECプラスがもたらす影響が大きい時期は、原油相場は高止まりしたり、上昇したりしやすくなると、考えられます。


 この結果、以下のように、国際的な原油価格の指標になり得るWTI原油価格と連動する傾向がある、日本の原油と天然ガスの輸入単価(輸入額の合計÷輸入量の合計)が高止まりしたり、上昇したりしやすくなると、考えられます。


 原油の輸入単価の高止まりは日本国内の輸送コストを高止まりさせ、天然ガスの輸入単価の高止まりは日本国内の電力価格を高止まりさせる要因になり得ます。


図:日本の原油および天然ガス輸入単価とWTI原油価格 1999年を100として指数化
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:財務省および世界銀行のデータをもとに筆者作成

図:日本の各種消費者物価指数 (2020年を100として指数化)
トランプ氏とOPECプラスの「二馬力インフレ」!?
出所:総務省統計局のデータをもとに筆者作成

 また、足元、上図のとおり、日本国内では生鮮食品やエネルギーの価格上昇が目立っています。この傾向が続くかどうか、そのカギを握るのが、トランプ米大統領とOPECプラスなのだと言っても、過言ではありません。


 引き続き、彼らの動向に注視が必要です。


[参考]エネルギー関連の投資商品(一例)

国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)

NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア


外国株式(NISA成長投資枠活用可)

エクソン・モービル
シェブロン
オクシデンタル・ペトロリアム


海外ETF(NISA成長投資枠活用可)

iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド


投資信託(NISA成長投資枠活用可)

シェール関連株オープン


海外先物

WTI原油(ミニあり)


CFD

WTI原油・ブレント原油・天然ガス


(吉田 哲)

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