トランプ氏がけしかけた関税戦争により、各国の主要株価指数が軒並み急落し、不安が拡大しています。こうした中、原油相場が急落すれば不安は解消される、というシナリオが各所で浮上しています。

果たして、原油相場急落という救世主は現れるのでしょうか。どうぞ最後まで、お読みください。


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著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る? 」


総悲観でも下落が軽微な銘柄が複数あり

 以下は、最近の主要銘柄の騰落率です。トランプ氏が相互関税について言及し、世界的な株価急落が始まった4月2日の前日(1日)と7日午前の騰落率です。(日本時間)


図:主要銘柄の騰落率(2025年4月1日と7日午前を比較)
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:Investing.comのデータより筆者作成

 図に記した20銘柄のうち、カカオは上昇しています。世界が総悲観に陥る中、比較的取引高が少ない同市場を、投機筋が逆張りの発想で物色している可能性があります。


 下落が比較的軽微なトウモロコシ、小麦、大豆といった穀物は、中国が米国からの輸入品に対して関税を上乗せした「報復関税」の対象品目で、中国が米国から輸入する量が減少することが想定されています。


 想定どおりとなると、米国ではモノ余り、ブラジルなど中国に穀物を供給している国ではモノ不足が起きる可能性があります。ブラジルなど、米国以外の穀物供給国におけるモノ不足への懸念が、足元の穀物相場の下落を軽微にしていると、考えられます。


 中でも特に下落が軽微だったトウモロコシについては、トランプ政権がバイオエタノールを15%混ぜたガソリン(E15)の年間販売実施を掲げており、今後、エタノール向けのトウモロコシ需要が増加する思惑が浮上している、という背景もあります。


 コーヒーのほかオレンジジュースの下落率が比較的高くなっています。このことは、数年間続いている食品小売価格の高騰劇を終わらせる可能性を高めています。また、銅、原油などの産業用に多用される資源の下落率が高くなっていることは、足元の世界的な景気悪化を回復させる起爆剤になると、指摘されています。


 貴金属については、金(ゴールド)の下落率は比較的軽微ですが、「変動率が高い金(ゴールド)」とも言える銀の下落率は、暴落が報じられている原油を上回っています。2020年春に勃発したコロナショックの際、金(ゴールド)も下落しました。金(ゴールド)が下落してしまうほど、関税戦争が勃発した今の世界情勢は悪い(ひどい)と言えます。


 原油について、欧州で取引されているブレント原油と米国で取引されているWTI原油※の下落率を比べると、WTI原油の方がおよそ1%、大きくなっています。このことは、欧州よりも米国に、悲観的な要素が多いことを示唆していると言えます。


※WTI原油:米国の西テキサス地域で産出されるガソリンなどを比較的多く抽出できる原油。West Texas Intermediate。


関税の税率引き上げメリット・デメリット

 そもそも関税とは、他国から物品を輸入する者が支払う税金のことです。米国が関税の税率を引き上げると、米国内にいる輸入する者が米国に払う税金が多くなります。このため米国では税収増加というメリットが生じます。


 また、関税の考え方の原点とも言える自国産業の保護・成長というメリットも生じます。関税の税率が引き上がると、輸入する者は税金というコストを多く払って物品を輸入することになります。


 コスト増加を回避する動きが目立ち、安価な物品の輸入が減れば、国内では自国産業が成長しやすくなります。さらには貿易赤字縮小というメリットもあります。その他、国家を危機にさらす違法な物品の流入防止にも、役立ちます。


 税収増加、自国産業の保護・成長、貿易赤字減少、違法な物品の流入防止は、トランプ氏が繰り返し述べている「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国をもう一度偉大に)」を、実現に近づける大きな原動力になり得ます。


 その意味で、トランプ氏が繰り出す関税の税率引き上げ方針は、同氏が掲げる「米国第一主義」の一丁目一番地とも言え、米国が鎖国をも辞さない(むしろ目指す?)ことを示唆していると筆者はみています。


図:関税とは?メリットとデメリット
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:筆者作成

 しかし、関税の税率引き上げには、デメリットもあります。関税の税率が引き上がると、輸入する者は税金というコストを多く払って輸入するようになります。そのコスト分が、国内の小売価格に反映され、物価高(インフレ)がこれまで以上に目立ってしまう可能性があります。この点は大きなデメリットです。


 物価高が目立てば、物価の安定を目指す中央銀行の金融政策の方針に影響が及びます。

米国の中央銀行にあたるFRB(米連邦準備制度理事会)が昨年半ばから実施してきた利下げ(金利引き下げ)が、頓挫しつつあります。


 利下げは、かつて日本がそうであったように、個人や企業の資金調達を円滑にし、景気回復要因になり得ます。しかし、物価高が目立てば、それを鎮静化させるために利上げ(金利引き上げ)を検討しなくてはならなくなります。この数カ月間、米国で利下げが進まない主因はここにあります。


 また、関税の税率引き上げと報復が世界で横行して「関税戦争」がさらに深刻化した場合、世界の貿易は大きく停滞してしまいます。このことにより、世界全体で「どの国も豊かになろう」「誰一人、取り残さず豊かになろう」という考え方の下で進めてきたグローバル化の潮流が止まる可能性があります。


 グローバル化の潮流が止まることで、「鎖国」状態に陥る国が現れたり、輸出で生計を立てていた国で財政悪化やモノ余りが発生したり、輸入に依存していた国で情勢悪化やモノ不足発生が発生したりする懸念があります。


 今後、どれくらい世界の貿易額が減るのか(≒グローバル化が損なわれるのか)、どれくらい国家間の関係が悪化するのか(≒世界分裂が深刻化するのか)、また、この関税戦争を逆手にとって影響力を大きくしようとする国や企業が出てくるのではないか…など、不安は尽きません。


 今まさに直面している、主要株価指数や原油などのコモディティ(商品)価格の急落は、こうした関税の税率引き上げによるデメリットがもたらす不安が強くなっていることで起きていると言えます。


原油相場は長期レンジ下限の60ドル割れ

 足元、WTI原油相場は、50ドル台後半で推移しています(レポート執筆時点)。2022年12月以降続いた80ドルを挟んだプラスマイナス15ドル程度のレンジのみならず、それを拡大したプラスマイナス20ドルのレンジも下抜けています。


 レンジ相場とは、上昇圧力(ここでは下図の赤い上向き矢印)によって形成された下限と、下落圧力(青い下向き矢印)によって形成された上限に挟まれることで形成される相場のことです。


図:NY原油先物(期近)日足終値 単位:ドル/バレル
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:Investing.comのデータより筆者作成

 下限を下抜けたり上限を上抜けたりする大きな値動きが見られた場合、それまでの上下の圧力の均衡が崩れたことを想定する必要があります。


 以下は、足元の原油相場を取り巻く環境を示した図です。2022年12月から2025年3月までは、上昇と下落、両方の圧力が長期視点でバランスが取れていたため、原油相場はそれらに挟まれ、レンジ相場を演じてきました。しかし、60ドルを割り込んだことが示しているように、足元は下落圧力が優勢です。


図:足元の原油相場を取り巻く環境(2025年4月上旬)
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:筆者作成

 関税戦争が勃発したことで、近い将来、グローバル化が弱体化し、世界で需要が減退する懸念が生じています。また、OPECプラス※の自主減産の方針も、相場下落に拍車をかけていると、考えられます。


※OPECプラスは、OPEC(石油輸出国機構)に加盟する12カ国と、非加盟の産油国11カ国の合計23カ国で成り立つ、産油国のグループです。そのうち減産に参加する国は合計19カ国で、その生産シェアはおよそ46%に上ります。(2025年2月現在)


OPECプラスが自主減産縮小を前倒しした背景

 OPECプラスは現在、協調減産(ベースになる減産)と、自主減産(有志国による一時的な減産)の二階建てで、原油の減産を実施しています。


 OPECプラスは2024年12月の会合で、協調減産の実施期間を2026年12月までに延長することを決定しました。同時に、自主減産を2025年4月から縮小し始め、2026年後半に終えることを決定しました。そして4月、予定通り自主減産の縮小が始まりました。


 ただ、トランプ氏の「相互関税」の発言があった日の翌日(4月3日)、原油相場の急落が始まったタイミングに、OPECプラスは5月の生産増加分を、予定していた3カ月分に相当する量(日量およそ41万バレル)に増やす(2カ月分を前倒しする)と発表しました。


図:OPECプラスの減産(イメージ) 単位:万バレル/日量
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:ライスタッド・エナジー、JODIのデータおよびOPECの資料を基に筆者作成

 このことは、2014年末から2015年にかけて発生した原油相場および主要株価指数の急落、「逆オイルショック」と同様、OPECプラスが原油相場を下支えすることを放棄したという印象を強め、直近の原油相場の下落に拍車をかけた可能性があります。


 とはいえ、OPECは同組織のウェブサイトで、この一時的な生産増加分の引き上げは、市場の状況の変化に応じて一時停止または撤回される可能性がある、としています。また、2カ月分を前倒しで生産増加分に含めることは、自主減産の縮小が2カ月前倒しになることを意味します。


 つまり、相場動向によっては、前倒しが撤回される可能性があるだけでなく、いたずらにOPECプラスの生産量が増加し続けるわけでは、ないのです。


 今回の前倒しについては、あくまでも、関税の税率引き上げ→カナダやメキシコからの原油輸入量減少→米国の原油生産量増加→米国の原油生産シェア拡大→OPECプラスのシェア低下→OPECプラスの市場への影響度低下、という連想が拡大するのを止めるための措置であり、原油相場の下落に拍車をかける意図はさほどなかったと、筆者はみています。


 OPECプラスが望む原油価格の水準は、IMF(国際通貨基金)が算出している、財政収支が均衡するときの原油価格を参照することが有用です。これによればOPECプラスに属する11カ国の平均は「90.87ドル」です。90ドルを超えることで、財政収支が均衡する計算です。


 長期視点で見た高値水準を望みつつ、生産シェアを損なわないようにするために、OPECプラスは、巧妙な策を講じています。自主減産縮小だけを見れば生産量は増えそうですが、減産のベースである協調減産が同時進行していることを考えれば、原油相場を暴落させ得る過大な生産は行われないと言えます。


図:主要原油輸出国の財政収支が均衡する時の原油価格 単位:ドル/バレル
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:IMF(国際通貨基金)のデータを基に筆者作成

原油相場急落で遠のく「掘りまくれ!」

 米国の事情を確認します。米国にある五つのシェール主要地区のうち、最も原油生産量が多いパーミアン地区(テキサス州とニューメキシコ州にまたがる地区)に注目します。


 同地区の原油生産量は米国全体のおよそ48%です。足元の生産量である640万バレル/日量は、イランやイラク、UAE(アラブ首長国連邦)などの名だたるOPECの産油国を上回る規模です。


 以前の「 『掘りまくれ!』で原油価格は下がらない? 」でも述べたとおり、トランプ氏の「掘って、掘って、掘りまくれ!」の号令の下、リグ(井戸を掘る掘削機のこと。原油生産を行うポンプではない)をフル回転させて掘削済井戸数を増やそうとしたとしても、以下のグラフのとおり、原油相場が急落している状況では、実現が難しい可能性があります。


図:米シェール最主要地区「パーミアン地区」の掘削済井戸数と原油相場
関税戦争で世界混迷、「原油急落」の助けは来る?
出所:EIA(米エネルギー省)のデータを基に筆者作成

 原油相場が2013年から2014年前半の水準である120ドル近辺に達すれば、パーミアン地区の掘削済井戸数は、毎月600基程度に達する可能性はあるかもしれません(足元450基程度)。


「掘りまくれ」は、原油価格が高い水準であることが前提になっている可能性があります。現在のように、原油相場が急落している状況では「掘りまくれ!」を実現し、米国の原油生産量を飛躍的に増やすことは難しいでしょう。


 トランプ氏がけしかけた関税戦争により、各国の主要株価指数が軒並み急落し、不安が拡大する中、原油相場が急落すれば不安は解消される、というシナリオが各所で浮上しています。


 今後、株とともに急落する可能性が大いにあります。ですが、本レポートで述べたとおり、原油は原油で、OPECプラスの巧妙な生産調整と米国の生産現場の状況により、それほど下がらない可能性もあります。今後株価が急反発した場合、原油も急反発する可能性もあります。


 原油相場は世界の景気動向だけでなく、米国やOPECプラスなどでの産油状況に強く影響を受けています。幅広い視野で原油相場を見守る姿勢が重要です。


[参考]エネルギー関連の投資商品(一例)

国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)

NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア


外国株式(NISA成長投資枠活用可)

エクソン・モービル
シェブロン
オクシデンタル・ペトロリアム


海外ETF(NISA成長投資枠活用可)

iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド


投資信託(NISA成長投資枠活用可)

シェール関連株オープン


海外先物

WTI原油(ミニあり)


CFD

WTI原油・ブレント原油・天然ガス


(吉田 哲)

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