トランプ大統領による2日の相互関税発表を受けて世界の株価が急落しました。しかし、市場はまだその影響を織り込めていません。
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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 トランプ関税の衝撃~スタグフレーションに対峙するFRB、利上げを停止する日銀~ 」
市場はまだトランプ関税の影響を織り込めていない
トランプ大統領による2日の相互関税発表を受けて市場が大荒れです。発表後の3日間(3~7日)でニューヨークダウ工業株30種平均は4,259.7ドル(10.1%)、日経平均株価は4,589円(12.8%)の急落となりました。日経平均株価は8日に反発しましたが、これで底を打ったとは思わない方が良いと筆者はみています。
というのも、今回の関税引き上げが物価・経済に及ぼす影響を、実際のデータでまだ誰も確認していません。大きく反応している市場も、物価や景気がこうなるだろうという想像の下で動いているに過ぎません。
まるで1890年のマッキンリー関税法や、1930年のスムートホーリー関税法を模倣したかのような今回の相互関税は、歴史が物語っている通り、それが本当に実行されれば、米国経済だけでなく、世界経済や国際政治情勢にとてつもないショックを及ぼす可能性があります。
ショックには「認知ラグ」がつきものです。
リーマンショックの時は、2008年9月15日にリーマンブラザーズが破綻し、日本の経済指標に激震が走ったのは、なんと2カ月後の11月になってからでした。今回も、関税引き上げの影響がデータに現れるのは、もう少し時間がたってからのことになります。
今後しばらくはトランプ関税に関するニュースで右往左往する展開が続き、その影響がデータに表れ始めてから、市場は改めてその深刻さを織り込むことになるのだろうとみています。打ち出された関税率は想像を超えており、その影響をデータで確認するまでは予断を許すべきでないと考えています。
トランプ大統領の「解放の日」~相互関税の中身と衝撃~
2日に発表された相互関税は、全ての国・地域に対し10%の「基本税率」をかけた上で、各国・地域が課している税率(「為替操作や貿易障壁も含む」)を基に、それと同水準まで関税率を引き上げるための「上乗せ税率」を設定するというものです。
トランプ大統領が「割引した相互関税」というその上乗せ税率は、日本24%、欧州連合(EU)20%、中国34%、インド26%、韓国25%、タイ36%、ベトナム46%など、想像をはるかに超える水準でした。
なぜ、トランプ大統領が「割引した」と言っているかというと、算定した相互関税の税率を半分にしているからです。しかし、この税率の算定根拠が極めて恣意(しい)的で、明らかな「ふっかけ」だから始末に負えません。
後になって、算定する際のパラメーターに入力ミスがあったなど驚くべき報道も出ていますが、そもそも交渉のためのふっかけなのだから、間違っていたから撤回しますとは決してならないでしょう。
トランプ大統領は2日の演説で、「我々の国家は何十年もあらゆる国家によって物色、略奪、陵辱(りょうじょく)されてきた。
端的に言えば、関税引き上げは自国民に対する増税と同じです。関税引き上げによって輸入物価が上昇し、それが国内価格に転嫁されれば消費者物価も上がります。消費者物価が上昇すれば消費が抑制され、景気が悪化します。
仮に、関税引き上げ分が消費者物価に転嫁されなくても、企業が増税分を負担することになるだけであり、収益が悪化し設備投資や人件費が抑制されるため、結局景気は悪化します。
米エール大学予算研究所(The Budget Lab at Yale)では、相互関税が発表された後、関税引き上げが経済・物価に与える影響を試算し公表しています。
それによると、今年に入って実施された関税引き上げにより、米国の平均実行関税率は2.42%から22.44%に上昇し(1909年以来の高さ)、物価(PCEデフレーター)を短期的に2.3%押し上げ、2025年の実質GDP(国内総生産)を0.9%押し下げるという結果になっています。こうなれば、景気停滞(Stagnation)とインフレが同時に起こるスタグフレーションです。
スタグフレーションにFRBはどう対処するのか
スタグフレーションに最も身構えているのがFRB(米連邦準備制度理事会)でしょう。FRBの使命は「物価安定」と「雇用最大化」の二つ。前者をとるなら利上げ、後者をとるなら利下げであり、どちらかをとればどちらかが悪化するというジレンマに陥ります。
4日にバージニア州で講演したパウエル議長は「失業率の上昇とインフレ率の上昇の両方のリスクが高まっており、非常に不透明になっている」「少なくとも一時的なインフレ上昇を引き起こす可能性が高いが、その影響がより長引く可能性もある」「金融政策の適切な方向性について結論を出すのは時期尚早だ」と述べています。
もっとも、データの公表を待ったところで、インフレ高進と雇用悪化が同時に起こるのであれば、困難な政策判断に直面することに変わりはありません。果たしてパウエル議長はどういう判断を下すのでしょうか。実は、4日の講演にそのヒントがあります。
パウエル議長は、「我々がやらなければならないのは、人々の長期的なインフレ予想をしっかりアンカー(固定)させ、一度限りの物価上昇が継続的なインフレ問題に発展しないようにすることだ」と述べています。
先週のレポートでも議論しましたが、発生しているインフレがコストプッシュ型かどうかにかかわらず、人々のインフレ予想に影響が出るかどうかで利上げの是非を判断するというのが、近年の中央銀行における標準的な考え方です。
インフレ予想が高まってしまうと、高インフレが長期化するからですが、言い方を換えれば、インフレ予想が安定を維持していれば、雇用維持に政策運営の重心を置くことが可能ということになります。
そこで、債券市場のインフレ予想であるブレークイーブンインフレ率を見てみると(図表1)、実は今回の相互関税発表で、上振れるどころか下振れていることが分かります。債券市場では、トランプ大統領による関税引き上げによって、インフレが起きるとしても短期で終わり、やや長い目で見ればインフレ率はむしろ低下するというのが債券市場の見方と言えます。
図表1 米国のブレークイーブンインフレ率

FRBの次の利下げタイミングを考える上では、ひとまず4月の雇用統計(5月2日)が注目されます。それが予想以上に悪化するようなことになれば、ブレークイーブンインフレ率などのインフレ予想が落ち着いている限り、5月(6~7日)の利下げもあり得るとみておくべきでしょう。
日銀は利上げをいったん停止~5月1日公表の「展望レポート」で見通し修正へ~
トランプ大統領の相互関税で判断が難しくなったのは、日本銀行も同じです。植田和男総裁は4日の衆院財務金融委員会で、今回の相互関税について、「世界経済およびわが国経済に下押しの圧力を働かせる要因になる」と述べ、「今後の動向を十分に注視する」ことを強調しました。
日銀は現在、2026年度に「物価安定の見通し」(消費者物価上昇率2%)が持続的・安定的に実現することを想定した見通しを立て、それに従って中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)に向けた利上げを進めています。その見通しに今回の相互関税が大きな影響を及ぼすことになります。
4月30日と5月1日に開催される次回の金融政策決定会合で、見通しを掲載した「経済・物価情勢の展望」(通称「展望レポート」)が公表されますが、その実質GDPと消費者物価の見通しが変わる可能性があります。見通しが変われば、当然、日銀の想定する利上げペースも変わることになります。
難しいのは物価見通しです。植田総裁は上述の衆院財務金融委員会で、「経済が下押しされれば物価を押し下げる方向に作用するが、一方で世界的なサプライチェーン(供給網)が混乱すれば上押し圧力に働く可能性もある」と述べています。
消費者物価指数は現在、「物価安定の目標」を遥かに上回る伸びを続けており(図表2)、足元ではコメや生鮮食品、エネルギーの価格高騰から上振れリスクが再び高まっています。
図表2 全国消費者物価指数

従って、植田総裁は、見通しを修正するとしても、2%が実現できなくなるような見通しにはしたくないというのが本音でしょう。5月1日は政策金利を据え置くとともに、同時に公表する「展望レポート」の見通しは、2%実現を想定したままで、不確実性の高まりや金融市場の混乱を背景にしばらく待つという姿勢を強調すると思われます。
(愛宕 伸康)