6月中旬、上海出張に向かった著者の最新レポート続報。著者が目で見て肌で体感した中国経済を覆う「内巻式競争」、別称「中国式デフレ」のまん延。

日本企業を含めた海外勢にとって真の脅威とは?著者ならではのリアルレポートの続報をお送りする。


続報!上海出張レポート:得体のしれない畏怖感…「中国式デフレ...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 続報!上海出張レポート:得体のしれない畏怖感…「中国式デフレ」に備えて今するべきことは? 」


予想以上だった中国が陥る「内巻式競争」への「共感」

 先週6月26日、上海へ出張したレポート「コーヒー半額、電気自動車が3割値下げ、デフレで疲弊する中国経済」を配信しました。個人消費を除いて、生産、投資、貿易が軒並み低迷している様子をレポート。中国経済を巡る主要経済統計を引用&分析し、私の観察も加えて、デフレや不動産不況も悪化の一途をたどり、なかなか景気回復への兆しが見いだせないという状況をお伝えしました。


▼前回レポートはこちら


「 上海最新レポート:コーヒー半額、電気自動車が3割値下げ、デフレで疲弊する中国経済 」


 そして、上海の現場で取材を続ける中で、「内巻」という、価格の無秩序で際限のない切り下げを中心とした過当競争が展開され、「巻」(≒疲弊)という用語が形容詞として広範に、市民の日常会話の中で使用されている現状を目の当たりにし、「これは単なるデフレではなく、より深刻な社会問題になるのかもしれないな」という感覚を現地で抱きました。


 レポート配信後、読者の皆さまから多くのコメントをいただきました。私自身、現在中国経済を覆っている「内巻式競争」という現象は、長年デフレ経済に苦しみ、国民生活の間でもデフレマインドがまん延してきた日本にとって、「おそらくひとごととは思えない」という感覚を持たれたのだと思います。そしてそんな日本人だからこそ、「内巻式競争」という産物には独自の分析が可能であり、日本経済にも多角的に影響する中国経済の実態を正しく理解する上での突破口になるかもしれない、と思いました。


 実際、読者の皆さまから寄せていただいた反応には、以下のようなものがありました(一部加藤編集)。


「日本のバブル崩壊時には、東京都心の不動産価格は85%くらい値下がりした。

上海における1平米240万元→160万元は大した値下がりではないのではないか」


「コーヒー半額? 下がるときはもっと下がるはずだ」


「日本でも20年前、マクドナルドやロッテリアで100円バーガーとかあった」


「日本では品質は下げずに値段を下げるが、中国では値段を下げると品質も下がるからより深刻だ」


「内巻というのは、日本でいうデフレスパイラルや、長い物には巻かれろという具合に理解できそうだ」


中国経済が「内巻」で疲弊した結果、何が起こるのか?

 中国経済を覆っている「内巻式競争」に関して、私もその後、中国で長年ビジネスをしてきた方などと議論しましたが、上記で引用させていただいたコメントを裏付ける見方も多くいただきました。それらを参照しつつ、今後に向けた論点として、二つ挙げられると思います。


1:内巻はまだ序の口


 日本のバブル崩壊やデフレと比較したり参照したりしても、中国の「内巻」はまだまだ大したことない、価格は下がるときはもっと下がる。より深刻な事態になり得る、という論点。


2:中国式デフレは日本以上に深刻


 日本の状況と比べても、内巻に象徴される「中国式デフレ」はより深刻だという論点。


 私から見て、どちらも正しいと思います。


 習近平国家主席も警戒し、対応を指示するほどに深刻化する「内巻式競争」は、短期間では解消されず、今後しばらく続くとみるべきでしょう。私が上海で意見交換をした政策関係者・市場関係者たちの見方としても、「最低1年」「2~3年はかかる」「5年以上はみるべきだ」など、見方はまちまちでした。


 現在は、不動産業界への過度な依存からの脱却や、グリーン&デジタル経済など、経済構造が調整期、転換期、過渡期に直面する、すなわち「改革には痛みが伴う」過程にあります。そんな中国市場における各プレイヤーの間で、現在よりも激しい、厳しい過当競争が繰り広げられ、その過程で、価格だけではなく、サービスや品質もともに低下し、中国経済を巡る構造的問題と化していくシナリオは、容易に想定できます。


 また、中国は約14億人の民を抱え、経済や国民生活の水準を巡っても地域差が激しい国家です。「未富先老(みんなが豊かになる前に、国が先に老いてしまう)」という言葉に象徴されるように(日本は「先富後老(経済成長がピークを迎える前に、高齢化によって衰退が始まる)」と比較的に称される)、中国は一人当たりの国内総生産(GDP)が1万ドルを超えた段階で、すでに少子高齢化が進行しています。


 人工知能(AI)やロボットといった先端技術を駆使したとしても、人口構造が悪化する中でいかに生産性を保持し、経済の持続的成長を追求していくかは至難の業といえるでしょう。


日本は中国からの「内巻」の波にどう対応するべきか?三つのシナリオ

 この「内巻式競争」、やや強引に換言すれば、「中国式デフレ」がまん延する中、日本はそれにどう向き合い、状況に応じて対応していくべきなのでしょうか。ここでは、今回の上海出張、およびそれを通じた中国経済、社会への考察を通じて、三つの点を取り上げ、議論を促すための問題提起としたいと思います。


 一つ目が、中国経済を巡る構造的問題、景気回復の遅れが日本経済、企業に与える影響についてです。言うまでもなく、中国でモノを生産し、販売している日本企業は、「内巻式競争」の影響を直接的に受け、状況次第では、自社製品の価格切り下げといった行為に踏み切らなければなりません。


 しかも、日本企業は総じて「真面目」ですから、サービスや品質を下げないまま、価格だけを下げようとすれば、収益への影響は一層広がるでしょう。もちろん、家賃を含めた生活コストが下がることによるメリットもあるのでしょうが、全体的に見れば、リスクや不確定要素の方が大きいといえます。


 二つ目が、「内巻」の輸出です。


「内巻式競争」がまん延する中、過当競争に耐えきれず、市場や機会を海外に見いだそうとする中国企業が日本を含めた海外に出てきて、「内巻式感覚」を海外市場に持ち込み、モノの販売、技術の開発、ヒトの雇用などに踏み切ろうとすれば、当然、現地の経済も影響を受けるでしょう。過剰生産やデフレの輸出も、中国の「内巻式競争」がもたらす負の側面であると私は考えています。


 要するに、中国で事業を行い、中国と貿易をしている日本企業だけでなく、私たちが普段生活する日本においても、中国発の内巻の影響が及ぶということです。


 三つ目が、「内巻式競争」の結果、中国の一部国産ブランドが想像を絶する成長を遂げ、日本企業を含めた海外勢にとっての脅威となるシナリオです。


 内巻とは閉鎖的、疲弊的な過当競争であり、その過程で、あるいはその結果として、多数の企業、商品、ブランド、サービスは淘汰(とうた)されるでしょう。

そんな熾烈(しれつ)な競争を通じて生き残った中国企業は、われわれの想像を絶する競争力を身に付けている可能性は大いにあります。


 それが電気自動車(EV)大手で日本への進出を加速させようとしているBYD(比亜迪)かもしれないし、6月26日、新型電動SUV「YU7」を販売開始から1時間で30万台売り、株価が最高値を更新したスマホ大手のシャオミ(小米集団)かもしれません。あるいは、AIで世界を震撼(しんかん)させ、中国共産党指導部も「お墨付き」を与えているDeepSeekかもしれないし、今はまだ存在すらしていない、未来企業なのかもしれません。


 いずれにしても、中国版デフレの行きつく先には、予想外な未来が待っていると覚悟しておくべきだと思います。われわれにできるのは、中国という「えたいの知れない巨人」を前にして、可能な限り情報戦で主導権を握ること、そして、動向を注視しつつも、日本企業の底力を不断に強化していくことにあるのではないでしょうか。


(加藤 嘉一)

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