日本銀行は7月30~31日に開催した金融政策決定会合で、4会合連続となる政策金利の据え置きを決定しました。植田総裁は記者会見でトランプ関税の影響に関する不確実性について「一気に霧が晴れるということはない」と述べ、慎重な姿勢を崩していません。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日銀の次回利上げを予想する3つのポイント、年内利上げはある?ない? 」
7月金融政策決定会合で日銀は政策金利の据え置きを決定
日本銀行(日銀)は、7月30~31日にかけて行った金融政策決定会合(MPM)で、4会合連続となる政策金利の据え置きを決定しました。トランプ関税の影響に関する不確実性が引き続き高いことが、今回の決定の背景です。
同時に公表された「経済・物価情勢の展望(2025年7月)」(通称「展望レポート」)では、特に目立ったのが2025年度消費者物価見通しの0.5%の大幅上方修正です(図表1)。ただ、これは足元の食料品価格の上振れを反映したものであり、特に政策的な意味合いはないようです。
図表1 「経済・物価情勢の展望(2025年7月)」の見通し

植田和男日銀総裁は記者会見で、「(日米関税交渉の合意を受け)関税率がどうなるかという不確実性は低下したが、ある程度高い関税がかけられるのが確定的な中で、その影響がどういうものに、どういうふうに出てくるかはこれから」「一気に霧が晴れるということはなかなかない」と述べ、利上げ再開に慎重な姿勢を崩していません。
次回利上げタイミングを予想する上でのポイント
今回の植田総裁の記者会見からは、特に次回利上げに関するヒントは出ませんでしたが、改めて年内に利上げ再開があるかどうかを考える上でのポイントを、整理しておきましょう。指摘しておきたいのは、
(1)今年後半の米国景気とFRB利下げ再開の有無
(2)足元やや下振れ気味の国内景気指標の今後
(3)政治不安定化と財政拡張に伴う長期金利の不安定化リスク
の3点です。
(1)今年後半の米国景気とFRBの利下げタイミング
トランプ関税の影響が懸念される米国経済については、今年後半が正念場になるとみています。米エール大学による7月30日時点の試算では、日本、欧州連合(EU)、韓国などとの合意を織り込んだ米実効関税率は18.4%と、1933年以来の高水準であり(図表2)、2025年の米実質国内総生産(GDP)を0.5%押し下げる見通しです。
図表2 米国の平均実効関税率(the average effective US tariff rate)

7月30日に発表された2025年4-6月期の米実質GDPは前期比年率3.0%増となり、関税引き上げ前の駆け込み輸入が響いてマイナス成長となった1-3月期から回復しました(図表3)。しかし、関税引き上げで物価が上昇することを見越した駆け込み消費が幾分押し上げており、その反動が出る7-9月期は再び成長率が鈍化すると予想されます。
図表3 米国の2025年4-6月期実質GDPの需要項目別寄与度

このように、米国経済が正念場を迎えるとすれば今年の後半であり、米連邦準備制度理事会(FRB)は早ければ9月にも利下げを再開することになるとみています。FRBが心配している関税引き上げに伴うインフレについては、企業がマージンを圧縮することによってある程度吸収し、それほど高まらないと予想しています。
FRBの利下げ再開が9月になるにせよ10月になるにせよ、そのタイミングで日銀が利上げを行えば、為替が予想以上に円高に振れる可能性があります。事実、昨年FRBが利下げした9月、11月、12月は、日銀は利上げを行っていません。FRBの利下げが複数回になると予想される中、日銀が年内に利上げするのは難しくなると予想しています。
(2) 足元やや下振れが目立つ国内景気指標の今後
7月16日のレポート(『日本の景気に暗雲が垂れ込めている。が、悲観するのは早すぎる(愛宕伸康)』)で、5月景気動向指数の基調判断が、景気後退の可能性が高いことを示す「悪化」に修正されたことを紹介しました。
▼あわせて読みたい
日本の景気に暗雲が垂れ込めている。が、悲観するのは早すぎる(愛宕伸康)
日本銀行が作成、公表している実質消費活動指数(旅行収支調整済)も今年の3月から3カ月連続の減少となっており、日銀は「展望レポート」の消費に対する現状評価を、これまでの「緩やかな増加基調を維持している」から、「底堅く推移している」に下方修正しました。
7月16日のレポートでも述べた通り、雇用環境が崩れず、名目賃金が伸び続けていれば、インフレによって賃金が多少目減りしても、景気が大崩れすることはないと筆者はみています。
それらの見極めをなおざりにして利上げに踏み切れば、間違ったタイミングの利上げによって景気を腰折れさせるリスクがあるだけでなく、市場とのコミュニケーションに禍根を残すことにもなりかねません。
データディペンデントに政策判断を行うのであれば、景気指標を見極めるためにしばらく利上げを待つ必要があるでしょう。
(3)政治不安定化と財政拡張に伴う長期金利の不安定化リスク
7月20日の参院選で与党が大敗してから、政局が混沌(こんとん)としています。気になるのは、長期金利の動向です。少数与党になった自公が、減税を公約に掲げた野党との連携を模索するうちに財政拡張路線が一層強まり、それが財政リスクプレミアムとなって長期金利に反映される可能性があります。
日本では、国債の大半が国内市場かつ自国通貨建てで保有され、日銀の金融緩和で長期金利が低位に抑制されてきたこともあって、政府の債務負担能力は高いという認識が一般的です。
しかし、だからといって、2022年9月に英国で起きたトラス・ショック(英国のリズ・トラス元首相が発表した大規模減税政策が引き起こした経済的混乱)のような長期金利のスパイク(跳ね上がり)が起きないとは限りません。
トラス・ショックにより跳ね上がった英10年金利の幅は1%強。その程度のスパイクなら日本でも1998年12月の運用部ショックと2003年6月のVaRショックで起きています。「経常収支が黒字だから」「対外純資産が豊富だから」「国内投資家が保有しているから」は、長期金利がスパイクしない理由にはならないのです。
日本の財政に対する危機感が今後一層強まり、国債市場の需給バランスが一時的にでも崩れるようなことが起きれば、長期金利が無秩序に上昇する(いわゆる債券自警団を呼び覚ます)可能性は十分に考えられます。
政局の不安定化、ポピュリズムによる財政規律の緩みは、日本の財政運営に対する市場の目線を厳しくします。政局が不安定なうちは、こうしたテールリスクも念頭に置き、慎重に金融政策を進める必要があります。
(愛宕 伸康)