7月の米国株市場ではS&P500は過去最高値を11回更新。生成AI関連の成長期待でエヌビディアが時価総額世界首位の地位を固めるなど、米国株が再び世界市場のリーダーとして存在感を強めています。
ナスダックをリード役に7月もS&P500は最高値を更新した
米国市場では、4月にトランプ関税ショックで急落して以降は「V字型」と呼ばれる強気相場に転じました(図表1)。
図表1:米国株式が世界株式堅調の「けん引役」を取り戻しつつある

堅調相場の過程で、7月はS&P500種指数(S&P500)が終値で11回も過去最高値を更新しました(年初来では計16回最高値を更新)。
7月4日、トランプ共和党が減税・歳出法案(OBBBA)を成立させ、相互関税の着地点を見極める動きを鮮明にしたことで先行きの景気不安が後退しました。図表1で見る通り、主力テック株を象徴するナスダック100指数をけん引役に、再び米国株の優勢が世界株の堅調を主導しました。
中でも注目は生成AIを起点としたイノベーション(技術革新)進展で、 エヌビディア(NVDA) の時価総額は4.2兆ドル(約630兆円)を突破し、世界首位の座を強固にしています。
S&P500の構成銘柄500社のうち、年初来騰落率で最高を誇っているのは、防衛、行政、法人向け画像処理AIで高い評価を得ている パランティア・テクノロジーズ(PLTR) (年初来騰落率:+108.3%/7月末時点)です。ナスダックの強気相場がリードし、米国株が世界株高の「けん引役」としての地位を取り戻してきた傾向が分かります(図表1)。
なお、図表2で示す「S&P500・11大業種株価指数の年初来騰落率(降順)」で比較すると、「資本財(Industrials)」が+14.3%でトップとなっています。
図表2:米国市場の業種物色は「AI×製造業ルネッサンス」を予兆

「公益事業(Utilities)」も+12.2%とS&P500(+7.8%)よりも優勢で、従来の「テック株一強」から物色が広がっていることが分かります。
こうした要因としては、トランプ政権の関税策と内外からの対米直接投資増勢を受けて「リショアリング(製造業の内製化・国内回帰)」が促されている流れに加え、航空宇宙・防衛関連株の業績見通し向上が挙げられます。7月4日に成立した減税・歳出法案成立もインフラ関連株への資金流入を後押ししています。
また公益株(電気、ガス、水道などの日常生活に必要なインフラを提供する銘柄)は、AIデータセンター構築ブームに伴う発電需要の高成長で、業績好調が見込まれています。
こうして、春以降の米国市場では、テック株(情報技術、通信サービス)だけでなく、機械、建設、電力など民間設備投資拡大に伴う期待が、市場の物色を広げています。これらは、米国の産業活性化という中期テーマに連動する構造的な需要の高まりを先取りした「製造業ルネッサンス(復興)」とも言えるでしょう。
トランプ大統領が発表した「AIアクションプラン」に注目
7月23日、トランプ大統領は「AI行動計画(AI Action Plan)」を発表し、米国のAI分野での主導権確保を国家戦略の柱に据える方針を打ち出しました。この計画は、
[1]最先端AIチップとクラウド基盤への政府支援
[2]AIを活用した軍事・防衛力の強化
[3]医療、教育、インフラなど公共分野でのAI導入促進
[4]AIスタートアップ支援や規制改革
といった多方面にわたる施策を包括しています。
トランプ大統領は「AI分野での中国との技術覇権争い」を意識し、「AIでリードしなければ、国家安全保障も経済も危うくなる」と警告しました。この戦略の背景には、世界のAI市場が急成長を続けている現実があります。
図表3が示す長期予想は、世界のAI市場規模(ソフト、サービス、ハード合計)は2022年実績の1,120億ドルから2033年には3兆6,360億ドルへと約32.5倍に拡大する(年率平均37%で成長)と見込んでいます。
図表3:世界のAI(人工知能)市場は高成長を続ける見込み

生成AIから汎用AI(AGI)、そして人工超知能(ASI)へとAIの能力が急速に進化するに沿い、自動運転、ヘルスケア、スマートファクトリー、防衛、ヒューマノイドなど幅広い分野でAIの社会実装が進むと予想されています。
こうした中、すでに中国は「次世代AI発展計画」の下、監視技術、軍事、医療、ロボティクスを中心にAI強国化を進め、国際標準の策定やデータ主権の分野で主導権獲得を目指しています。
トランプ政権のAI行動計画は、こうした中国の台頭に対する明確な対抗策とされ、今後のAI市場の成長は単なる技術革新にとどまらず、「米中AI冷戦」とも呼ぶべき地政学的な競争の舞台とも言えます。

夏枯れ相場はある?米国株価(S&P500)の中期的な上値余地を試算
とはいえ、米国株式について、過去30年にわたるS&P500の平均推移でアノマリー(季節性)を検証してみると、7月を高値(ピーク)に8~9月にかけては「夏枯れ相場」と呼ばれる調整局面が警戒されます(図表4)。
欧米を中心に、7月末からファンドマネジャー(機関投資家)が夏季休暇を取るため株式取引量(ボリューム)が大幅に減少。出来高の減少が市場の流動性を低下させ、悪材料を受けた売りが相場を押し下げやすくなるとの説が有力です。
今年の場合、関税引き上げが一時的にせよインフレ(物価上昇率)を再加速させることが警戒されており、米連邦準備制度理事会(FRB)が9月の利下げを見送る可能性が高まると、利益確定売りや失望売りにさらされる場面がありそうです。ただ、視野を「10~12月(秋以降~年末)」にまで広げると、S&P500が上昇トレンドを再開した「年末高傾向」も分かります(図表4)。
図表4:過去30年の市場実績に倣えば「7月高値で夏枯れ相場」の季節性

このように、夏場に調整場面があっても、秋から年末にかけて再び株高基調を歩み始める可能性が高い理由を以下に記します。
図表5で示すとおり、中期的にはS&P500の想定レンジが来年に向け着実に切り上がるメインシナリオを想定しています。
その主因として、業績見通しの最高益更新トレンドが挙げられます。実際、S&P500指数ベースの2025年予想1株当たり利益(EPS)は263.33と前年比+8.5%の増益が見込まれ、2026年には同+14.0%増益の300.25、2027年には同+12.9%増益の339.04と最高益を更新し続ける予想をベースにしています(ボトムアップ予想平均)。
図表5:S&P500の中期的な想定レンジは切り上がっていく見通し

予想株価収益率(PER)を22倍と想定した場合、S&P500の上値余地(目標値)は、2025年末に2026年の業績を視野に入れた6,600程度、2026年末には2027年の業績を視野に入れた7,400程度に切り上がると計算できます。
とはいえ、一本調子の株価上昇を見込むことは困難です。
関税の影響を受けた目先の一時的物価上昇(インフレ)、長期債金利上昇、地政学的リスク、あるいは最近米国で報道をにぎわせている「*エプスタイン事件疑惑」(「エプスタイン・ファイル」の開示を巡る疑念)を巡る政治的不安などが、一時的にせよ、市場参加者のリスク許容度やPERの低下を介して株式需給を悪化させる可能性は否定できません。
エプスタイン事件への関与は、トランプ大統領が「フェイクニュース」「陰謀論」と退けており、大統領に対する批判の裏付けも現時点では乏しく、リベラル(民主党)系メディアの共和党政権に対する攻撃や政治的ゴシップにとどまる可能性もあります。
こうした株価調整を経ても、秋から年末に向けては「業績拡大」「金融緩和(利下げ再開)」「規制緩和」の三つのエンジン(期待)による株式相場の上昇軌道再開を見込んでいます。
夏から秋にかけての株価下落はチャンスと捉え、「Buy the dips」(押し目を買う)や、「Just keep buying」(積立投資を続ける)の基本姿勢を維持することが、中長期の資産形成に寄与すると考えています。
*エプスタイン事件疑惑とは…実業家として成功した富裕層のジェフリー・エプスタイン氏が児童への性的暴行などの容疑で逮捕された事件(2019年、拘留されていた強制施設内で死亡)。欧米の政財界に莫大(ばくだい)な寄付をして、有力者・王族らに広い人脈を持っており、彼らへの売春あっせん疑惑が取り沙汰された。エプスタイン氏と交流があったとみられる要職者が辞任するケースも相次いだ。
(香川 睦)