首都圏に大量出店される未来型コンビニの「トライアルGO」が注目されています。トライアルGOが首都圏のコンビニ勢力図を塗り替えるとの見方もありますが、私はセブン-イレブンの牙城は崩れないと思います。
カナダのコンビニ大手ACT社はセブン&アイHD買収を撤回
7月16日カナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタール社(以下「ACT社」と表記)は セブン&アイ・ホールディングス(3382) への買収提案を撤回すると発表しました。ACT社が7兆円でセブン&アイを買収すると発表してからすでに1年以上経過した後の発表です。買収撤回の理由は、「その間、建設的な買収協議が進まなかったから」です
ACT社がやろうとしていたのは、人手を極限まで削減した都市型自動コンビニです。そこにセブン-イレブンが開発、提供する魅力的な食品を導入することで、都市型の未来コンビニで勝者になれると読んでいたようです。
両社の協議がどのような経緯で破談になったか知りませんが、私は少しほっとしました。ACT社の主要店舗は郊外型のガソリンスタンド併設店で、今のままではコンビニ業界で勝ち残るのは難しいと考えられます。
一方、セブン-イレブンは日本でも世界でも最強の「日本型コンビニ」ビジネスモデルを創り、進化させてきた実績があります。ACT社がセブン-イレブンを買収したいと願うのは当然ですが、セブン-イレブンにとってはACT社の子会社になるメリットは少ないと思います。
トライアルGO、首都圏に大量出店へ
7月2日に面白いニュースが飛び込んできました。九州を地盤として成長してきたディスカウントストア「トライアルホールディングス」(141A)が首都圏に出店するというニュースです。無人に近い運営で安さを追求した小型スーパー「トライアルGO」を大量出店するという計画のようです。
トライアルHDは、7月1日に買収を完了した西友の物流網、製造拠点を活用して一気に首都圏を攻略する方針です。
西友の魅力的な食材と、トライアルが持つ未来型店舗を組み合わせて生みだす「トライアルGO」は、首都圏のコンビニにとって重大な脅威になると考えられます。
あらゆる挑戦を退けてきたセブン-イレブンの歴史
近年、セブン-イレブンにかつての活力がなく少し心配しています。それでも私は同社に息づくDNAを高く評価しています。セブン-イレブンを脅かす存在は過去にたくさんありました。セブン-イレブンはビジネスモデルを進化させ続けることで、あらゆる挑戦をはねのけてきました。トライアルGOの挑戦もさらなる進化によって乗り越えると思います。
そう考える理由を詳しく話す前に、まず私が見てきたセブン-イレブンの歴史、コンビニ最強のビジネスモデルを創りあらゆる挑戦をはねのけてきた歴史を振り返ります。
【1】簡単に真似できない地域独占型ビジネスモデル
セブン-イレブンの創業は1973年、イトーヨーカ堂の子会社として「コンビニの父」鈴木敏文氏(現セブン&アイHD名誉顧問)によってスタートしました。1970年代に「あらゆる便利を生みだす」というコンセプトで急成長しましたが、1980年代になると他業態からコンビニへの参入が増えてコンビニ乱戦の時代となりました。
そうした中、セブン-イレブンは業界トップの商品開発力と効率経営を続けることで、常にコンビニ最強の地位を維持してきました。形だけマネしたコンビニが全国で大量出店されても、提供される商品とサービスの質の違いから、セブン-イレブンの地位が揺らぐことはありませんでした。
セブン-イレブンというビジネスモデルは、店舗だけで成り立っているわけではありません。真夜中でも製造を続ける専用の供給工場や、日に4回の配送をこなす物流網をつくり、特定地域を囲い込んで集中出店することで成り立っています。
例えば、おにぎり一つとっても当時は品質と鮮度の違いがはっきり出て、消費者は無意識のうちにセブン-イレブンに向かうようになっていました。
1990年代以降、大量出店されたコンビニが整理淘汰(とうた)されるようになっても、セブン-イレブンの成長は続きました。そうした中、強力なライバルとしてローソンとファミリーマートが育ってきました。この2社は、セブン-イレブンに近い強力なビジネスモデルを創り上げましたが、それでも現在もセブン-イレブンにはかないません。
2025年2月期の全国平均日販で見ると、セブン-イレブンは69万2,000円で、ローソン(57万4,000円)、ファミリーマート(57万3,000円)に10万円以上の差をつけています。
【2】ジャンクフードからセブンプレミアムへ、若者から高齢者層へ
セブン-イレブンのビジネスモデルのすごさは、時代の流れに合わせて変わっていく力です。毎日、毎年少しずつ商品を入れ替えていって10年後にはまったく違う店舗になっています。
いまから30年以上前、団塊ジュニア世代が20代だった頃、セブン-イレブンは20代若者向け「ファストフード」中心に展開していました。ところが、団塊ジュニア世代が30代、40代と年齢が上がるに従ってビジネスの中心を家庭食や日用雑貨にシフトし「セブンプレミアム」という強力ブランドをつくり出しました。
かつて「ジャンクフード」のイメージで見られていたコンビニが、プレミアム・ブランドの供給基地として見られるまで変わりました。
セブン-イレブンの強さは、現場の声、販売データを重視し、需要密着の商品開発を続けていることにあります。売れない商品は徐々に販売スペースが縮小し、最後には撤去されます。代わりに新しい商品が常に入ってきて、売れればスペースが拡大します。
毎日見ていると何も変わっていないように見えるセブン-イレブンの商品が、1年たつと大きく変わっていることに気付きます。
そうした現場主導の強さが、AT社設置、エアーカーテン導入、入れたてコーヒー、店内揚げたてカレーパンなどの成功につながっています。廃棄ロス削減のために、ポテトサラダからきゅうりを除く、パウチパックを導入するなどの機動力が優れていました。一方、失敗したサービスや商品の撤去は早く、店舗魅力を最大限に維持しています。
小売業において、5年、10年の長期に起こる需要構造の変化を、前もって正確に予測することは困難です。セブン-イレブンは毎日の販売データを見ながら、商品戦略を毎日少しずつ見直していくことで、結果的に5年、10年の大きな構造変化に的確に対応しています。
【3】セブン-イレブン一本で勝負を続けた強み
ローソンやファミリーマートがセブン-イレブンに近いビジネスモデルをつくって追随していますが、平均日販で大きく離されている状況は変わりません。
ローソンは強力なライバルですが、セブン-イレブンに追いつけていない理由の一つに、次々と新業態をつくったことがあると考えています。コンビニにプレミアム商品が求められる時代になり、ローソンはプレミアム・ブランドを提供する「ナチュラル・ローソン」を立ち上げました。
ところが、それが従来のローソンと競合するため、大量出店するのが難しくなりました。一方、ナチュラル・ローソンがあるために、従来のローソンのプレミアム・ブランド化が難しくなりました。
小売業で、既存店舗の競争力が落ちてくると、安易に新業態を立ち上げて対応する魅力にかられることがあります。それが、往々にして多角化の失敗につながっています。
セブン-イレブンは、新業態を一切つくることなくセブン-イレブン一本に絞って、取扱商品のプレミアム化を進めました。その成果で全国の全店舗で「セブンプレミアム」を育てて販売することに成功しました。
ファミリーマートも健闘していますが、次々と競合コンビニを買収、経営統合して成長してきたため、ブランド統合にしばらく手間取りました。
【4】海外でも通用した日本型コンビニ
セブン-イレブンは、海外でも日本と同じ「装置」をつくり上げてエリア集中出店する戦略をとりました。それが、海外でも高収益をあげる秘訣(ひけつ)となってきました。
ファミリーマートは、台湾や韓国、タイなどに積極的に出店してきましたが、ファミリーマート単独での進出とはしませんでした。
韓国では、合弁相手との経営方針をめぐる対立から、撤退の憂き目にあっています。ローソンもまだ海外ではセブン-イレブンのような成功が得られていません。
トライアルGOとの戦いどうなる?
トライアルは低価格と魅力的な品ぞろえで九州では高い競争力を持ちます。関東圏ではまだ店舗数が少なく十分な知名度がありませんが、西友を買収したことで今後、急速に関東でも勢力を広げる可能性があります。
特に注目されているのが、トライアルGOによる首都圏攻略作戦です。トライアルや西友が持つ魅力的な食材を、人手を省いて徹底的にコストを抑えた未来型店舗で提供するその戦略は、首都圏のコンビニにとって重大な脅威とみられています。
ただし私は、首都圏でセブン-イレブンの牙城を崩すことはできないと考えています。それには三つの理由があります。
【1】陣取り合戦、後発は不利
コンビニの競争力にとって重要なのは、商品開発力と低コスト経営力だけではありません。立地が極めて重要です。セブン-イレブンはローソンやファミマと比べると全国でやや有利な立地を取れています。
【2】直営店は高コストになりがち
トライアルGOは、直営店で一気に大量出店する方針です。知名度の低い首都圏でフランチャイズ店を増やすのには相当な年月がかかります。一気に大量出店するならば直営店とせざるを得ません。
ただし、賃貸料の高い首都圏の好立地で直営店を出すと、かなりコストがかさみます。未来型店舗で人件費を削減しても、賃貸料など経費がかさむと、九州と同じような低コスト経営ができない可能性もあります。
セブン-イレブンは都心で好立地のフランチャイズ店をたくさん持つので、簡単にはその牙城を崩されないと思います。
首都圏では、かつて共同石油(現在はENEOS)が後発で1990年代に直営店中心で「am/ pm(エーエム・ピーエム)」というコンビニを大量出店したことがあります。後発で大成功したように見えました。
ところが都心直営店のコストに見合う売上を稼げずに低採算が続き、2010年以降ファミリーマートに買収されました。好立地を確保していたため、ファミリーマートに転換してから一店舗当たりの売上が大きく伸びて好採算店に変わりました。
【3】画一的な店舗ではきめ細かな品ぞろえやサービスができない
低コストを武器にするには、店舗ごとに異なる品ぞろえとすることは難しくなります。また多様なサービスを拡充するのも難しくなります。
セブン-イレブンは店舗ごとに品ぞろえやサービスが異なります。同じ首都圏でも通勤客ばかりのターミナル店と住宅街の店では品ぞろえが異なります。来店客に高齢者が多いか若者が多いかによっても品ぞろえを変えます。地域ごとのイベントに合わせて仕入れを調整することもあります。一見、同じ店に見えながら、地域や季節に合わせたきめ細かな差別化戦略をとっています。
後発でそのノウハウを獲得するには時間がかかると思います。どんなに高度な人工知能(AI)を使って情報収集しても地域ごとのきめ細かな品ぞろえやサービスができるようになるまでに、時間がかかる可能性があります。
セブン-イレブンは未来型店舗の勝者となれるか
セブン-イレブンがトライアルGOに首都圏の牙城をいきなり崩されることはないと思います。だからといってセブン-イレブンがいつまでも安泰かどうかは分かりません。
コンビニ創業の父、鈴木敏文氏が経営の一線を去ってからこれまでのセブン-イレブンになかったような失態が続いていることが心配です。コンビニ24時間経営の見直しに当たっても現場の声が届いているのか疑問に感じる事例がありました。
セブン-イレブンの未来は、今の地位に安住することなく、これからも環境変化に対応して変わる力を持ち続けられるかにかかっています。
無人レジは今のままではなく、さらに進化させることが求められます。来店客を待つばかりでなく高齢者を訪問して魅力的な食材を届けるサービスも重要でしょう。さすがセブン-イレブンという驚きを提供し続けられるか、創業のDNAを維持できるか、今は正念場だと思います。
私は、ACT社の買収を拒否して良かったといえる成長戦略をこれからもセブン-イレブンが続けていくと予想しています。セブン-イレブンが創っていく未来型店舗を見る日を楽しみにしています。
(窪田 真之)