モルソン・クアーズは世界4位のビール会社で、クアーズ、ミラー、ブルームーンなどを有します。保守的な事業戦略ゆえに業績が低迷していた同社は、2019年就任のハターズリーCEOの下で総合飲料企業へと転換し、2024年度には営業最高益を計上しました。

他方、株価は過去実績比、同業他社比で割安感があり、投資判断を買い推奨とします。


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著者の西 勇太郎が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ 」


まずはオリオンビール含め世界の主要ビール企業のROEとPBRの関係を比較

 9月25日に オリオンビール(409A:東京) (株価1,548円:10月3日終値)が上場しました。同社を含めて世界の主要ビール企業10社につき、自己資本利益率(ROE)を横軸、株価純資産倍率(PBR)を縦軸とした散布図で比較すると、おおむね比例関係にあることが分かります。


 オリオンビールの2025年3月期のROEは33%で現在のPBRは3.8倍となっており、おおむねROEに見合った水準の株価となっていると思います。


<主なビール企業のROEとPBRの関係>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成

 ただし、2025年3月期のオリオンビールの利益は経常利益34億円にJR九州ホテル「ブラッサム那覇」の売却によって得た特別利益68億円が含まれた数字であることに留意が必要です。


 2026年3月期には「オリオンホテル那覇」の売却による特別利益10億円が見込まれますが特別利益の金額は前年より小さくなるため、当期純利益も2025年3月期の73億円から2026年3月期には33億円へと減少することが見込まれています。


 今回は、ROEとPBRの関係比較において割安感が際立っている米 モルソン・クアーズ・ビバレッジ(TAP:NYSE) (株価46.18ドル:10月2日終値)を取り上げたいと思います。


SABミラーの米国事業買収を契機に米国でのビール中心事業から戦略転換

 モルソン・クアーズは、北米市場の統合とグローバル展開の加速を目的としてカナダのモルソン(1786年設立)と米国のクアーズ(1873年設立)が2005年に合併して誕生した企業です。


 2016年にベルギーの アンハイザー・ブッシュ・インベブ(BUD:NYSE) が英国のSABミラーの買収を企図した際、米司法省が独占禁止法の観点からSABミラーの米国事業を切り離すよう求めました。


 そこで、すでに米国でSABミラーとの合弁会社、ミラー・クアーズを有していたモルソン・クアーズが米国事業の買い手となり、その結果同社の売上高は2倍以上に増加しました。現在は世界のビール市場で4位(市場シェア約8%)の企業となっています。


 保有する主要ビールブランドは、クアーズ、ミラー、ブルームーンなどで、軽くてすっきりとした、苦味やコクは控えめのビールが主力です。


 余談ですが、この2016年のアンハイザー・ブッシュ・インベブによるSABミラー買収の際に、SABミラーの欧州事業の一部を買収したのが アサヒグループホールディングス(2502:東京) です。買収の結果、アサヒグループHDの売上高は10%以上増加しました。


 モルソン・クアーズはもともと、製品はビール中心、市場は北米中心を堅持する保守的な事業戦略の会社で、2010年代半ば以降顕在化した若年層のビール離れなどによる北米市場の頭打ちの状況下、企業業績も伸び悩んでいました。


 そこに上記のSABミラー米国事業の買収が生じ、一気に事業規模が拡大しました。買収に伴う財務負担に苦しむ中、SABミラー出身でミラー・クアーズのCEOを務めていたギャビン・ハターズリー氏が2019年にモルソン・クアーズのCEOに就任しました。


 彼の下でモルソン・クアーズは、「ビール企業から総合飲料企業へ」という戦略転換を掲げ、社名も「Molson Coors Brewing Company」から「Molson Coors Beverage Company」へと変更しました。


 そしてハターズリーCEOはビールについてはプレミアムブランドのマドリやペローニ、ブルームーンに注力するとともに、ビール以外の飲料としてビジー(アルコール入り炭酸水)、ゾア(エナジードリンク)、ブルームーンノンアルコールなどを拡充。これらの戦略が奏功し、2024年度には営業利益が過去最高を計上するに至りました。


当期純利益は高水準継続見通しも、業績見通し下方修正に強く反応し、株価は赤字となった2020年度レベルまで下落

 モルソン・クアーズの調整後の利払い前・税引き前・減価償却前利益(EBITDA)は、2019年末からの構造改革に伴うリストラ費用や減損損失に加え、コロナ禍による需要減の影響で2020年度以降低迷し、2022年度には20億ドル近辺まで減少。


 しかしその後、プレミアムブランドの急成長やビール以外への多角化戦略が奏功したこと、さらにアンハイザー・ブッシュ・インベブのバド・ライトが米国でトランスジェンダープロモーションキャンペーンを行ったことに対するボイコット運動が起きたことに伴う代替需要などで、調整後EBITDAは24億ドルを上回る水準まで急回復しました。


 プレミアムブランド育成戦略に伴って他社からの委託醸造契約を2024年に終了したことから、2025年度の調整後EBITDAは減少するものの、23億ドル近辺のレベルを維持するものと見込まれています。


<モルソン・クアーズの調整後EBITDA推移>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
※2025年の調整後EBITDAはFactSetの調整前EBITDA予想から試算出所:モルソン・クアーズ資料などより楽天証券経済研究所が作成

 他方、株価については2025年度の前年比減少に強く反応する形となっており、調整後EBITDAが底打ちした2022年度レベルを下回る状況です。


<モルソン・クアーズの株価推移>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
※2025年の株価は直近値出所:モルソン・クアーズ資料などより楽天証券経済研究所が作成

EV/EBITDAが過去平均水準に回復すれば株価は70ドル

 過去5年間の変化で見ると、売上高は1.1倍に増加しており、地域別では欧州・アジア地域の増加率が高くなっています。また、プレミアムビール比率は数値自体は公表されていませんが、構成比を上昇させつつある状況です。


 調整後EBITDAは前述の通り、いったん20億ドル近辺まで減少した後に2023年度に24億ドルを超える水準まで急回復するという過程を経ていますが、結果的に2019年度と2024年度の比較ではおおむね同水準となっています。


 SABミラーの米国事業買収に伴って増大していた有利子負債を着実に減少させた一方で時価総額の変化はほぼ横ばいであったため、企業価値は減少しました。企業価値(EV)/EBITDAは8.7から7.0へと低下し、割安感が出ている状況です。この割安感が解消され、EV/EBITDAが過去5年間の平均水準である8.0倍まで上昇した場合には、株価は70ドルとなります。


<モルソン・クアーズの業績推移(2019年度と2024年度)>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
出所:モルソン・クアーズの資料などより楽天証券経済研究所が作成

 2025年12月期は調整後EBITDAが減益予想となっていますが、これはプレミアムブランド育成戦略に伴って他社からの委託醸造契約を2024年に終了したことが影響したものです。この影響がありながらも、2025年度、2026年度と調整後EBITDAは22億ドル台を維持する見通しであり、株価水準がこのまま変わらなければ、低水準のEV/EBITDAも継続することとなります。


<モルソン・クアーズの業績予想>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
※2025年、2026年の調整後EBITDAはFactSetの調整前EBITDA予想から試算出所:モルソン・クアーズ、FactSetの資料などより楽天証券経済研究所が作成

ビール同業他社比でPBRに割安感があり、解消されれば株価は90~160ドル

 モルソン・クアーズの比較対象に適するビールの上場同業他社にはベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ(BUD:NYSE)、アサヒグループホールディングス(2502:東京)、ブラジルの アンベブ(ABEV:NYSE) 、 キリンホールディングス(2503:東京) 、中国の チンタオ・ビール(600600:上海) 、 サッポロホールディングス(2501:東京) 、オリオンビール(409A:東京)などがあります。


 これらの企業についてEV/EBITDAを比較すると、中央値が10.0倍である中、モルソン・クアーズの7.0倍は2番目に低い水準でした。もしモルソン・クアーズのEV/EBITDAが中央値の10倍まで高まるとすると、相当する株価は93ドルです。


<主なビール企業10社のEV/EBITDA>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成

 これらの企業について、記事冒頭にお示しした、ROEを横軸、PBRを縦軸とした散布図で比較すると、おおむね比例関係にあることが分かります。その中で、モルソン・クアーズについては大きく割安方向にずれてPBR1倍を割り込んでおり、この点から、株価に割安感があると言えます。


 この割安感が解消された場合のモルソン・クアーズのPBR(冒頭の図の青破線に乗る水準)は1.8倍であり、相当する株価は160ドルです。


<主なビール企業10社のROEとPBR>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
出所:各社資料より楽天証券経済研究所が作成

 また、これらの企業の総還元利回りを比較すると、モルソン・クアーズは10.9%と最も高い水準となっており、この点も投資家にとっては魅力の一つとなっています。


<主なビール企業10社の配当および総還元利回り>
米ビール大手モルソン・クアーズを買い推奨!直近通期に営業最高益計上もPBR1倍割れ(西勇太郎)
出所:各社資料などより楽天証券経済研究所が作成

 ここまで述べさせていただいた通り、モルソン・クアーズは事業改革を経て高水準の利益を安定的に確保しつつある中、株価は過去実績比、同業他社比で割安感があるため、投資判断を「買い推奨」とします。


(西 勇太郎)

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