高市首相が物価高対策を進めようとしています。高市首相は会見で「コストプッシュ」について言及しており、原材料の輸入物価が高騰している状況を把握していると考えられます。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 高市総理は「真の物価高対策」に着手できるか? 」
高市首相「コストプッシュ」に言及
10月21日、高市早苗首相は記者会見で、足元の物価について次のように述べました。
「経済・物価・金融情勢を踏まえながら2パーセントの物価安定目標を、コストプッシュだけではなくて、賃金の上昇を伴って緩やかに持続的・安定的な実現に向けて適切な金融政策運営を行うということを期待している」(一部要約)
筆者が最も注目したキーワードは「コストプッシュだけではなく」です。厳密には「コストプッシュ」と「だけではなく」の二つです。
図:現在の物価高(インフレ)の内訳(イメージ)
                    現在でも、物価高(インフレ)は多くの場合、「製品の需要増加に伴う事象」として語られるケースが多いです。これは、「需要が多い時は物価が上昇し、物価が上昇している時は需要が多い時である」というように、「需要動向が物価動向の原因であり根拠である」という考え方です。経済や金融の教科書では必ずと言って良いほど、このような説明が書かれています。
こうした需要中心の説明が今なお根強く残っているのは、1980年代などに好景気に物価上昇が目立った経験則の影響が大きいと考えられます。ですが、特に2010年ごろ以降は、世界中でさまざまな原材料の価格が上昇したり、円安が進行したりしたため、需要面だけで物価高を説明することが難しくなっています。
上の図のとおり、製品需要の増加がきっかけで進行する物価高は「ディマンドプル・インフレ」、そして原材料価格が上昇することがきっかけで進行する物価高は「コストプッシュ・インフレ」と呼ばれます。
以下の図のとおり、2010年ごろ以降、日本の輸入物価指数(円ベース、契約通貨ベースともに)において1980年代や1990年代、2000年代前半の低い水準に戻らない「底上げ」状態が続いています。
図:日本の輸入物価指数および国内の消費者物価指数・企業物価指数(2020年=100)
                    これらの指数は、2022年ごろ以降、目立った上昇を演じました。円ベースの輸入物価指数については、今もなお「高止まり」しています。こうした高止まりの影響もあり、近年、企業物価指数、消費者物価指数は上昇傾向を維持しています。
先述のとおり、高市首相は、物価動向についての認識を述べる際、「コストプッシュ」および「だけではなく」というキーワードを用いました。このことは、高市首相が、原材料の輸入物価やそれに関わる為替の動向についての認識を持っていることを示しています。
筆者は、原材料の輸入物価を下げることなくして、真の物価高対策はないと考えています。高市首相は、この領域にどれだけ踏み込み、どの程度、具体的な策を講じることができるのでしょうか。
行き過ぎた円安と輸入物価の「底上げ」
以下は、原材料の輸入物価に強く影響するドル/円相場の動向と、日本の原油輸入単価とその大元となるドバイ原油(ドル建て)価格の推移です。平時は、日本の原油輸入単価とドバイ原油(ドル建て)価格の推移は似通っています。
ですが、ドル/円相場が行き過ぎた値動きを演じると、乖離(かいり)が生じます。90円を超えるような円高局面では、日本の原油輸入単価はドバイ原油(ドル建て)価格に比べて安くなります。
この点より、物価高対策の一つに「行き過ぎた円安の是正」が挙げられます。高市首相は、この対策にどのように関わることができるか、日本銀行の金融政策の方向性とともに、注目していく必要があります。
図:日本の原油輸入単価・ドバイ原油(2000年を100)およびドル/円相場
                    また、以下のグラフはエネルギー(左上)、農産物(右上)、穀物(左下)、貴金属(右下)の主要銘柄の価格の推移を示しています。分野を問わず、2010年ごろ以降「底上げ」が発生していることが分かります。
日本の輸入物価指数が(円ベース、契約通貨ベースともに)、2010年ごろ以降に「底上げ」が発生していることと、合致します。まさにこの点が、日本の輸入物価指数の底上げ、ひいてはコストプッシュ・インフレ、そして日本の物価高の根源と言っても過言ではありません。
「コストプッシュ」について言及した高市首相がこの点を認識している可能性があることは、物価高に悩まされ続けている日本経済にとって、大きな救いであると言えます。
図:主要なコモディティの価格推移
                    原油は長期視点で「高止まり」している
ここからは、物価高の動向に深く関わる原油相場について、述べます。原油は「経済の血液」と呼ばれ、その価格動向は、電気・ガス代、運送・交通やさまざまな部品・梱包(こんぽう)材のコストなど、あらゆる分野のコストに大きな影響を与えます。
以下は、長期視点の原油相場の推移です。2025年の水準は1990年代の安値のおよそ5倍です。足元の水準はウクライナ戦争が勃発した2022年に比べれば安いですが、それは中期的な動きに過ぎず、先述の2010年ごろ以降の「底上げ」も相成り、近年の水準が長期的に見れば大変に高いことを認識する必要があります。
図:ドバイ原油(名目・実質)価格(年足) 単位:ドル/バレル
                    ウクライナ戦争が勃発した2022年の前年からの原油相場の動向を振り返ります。以下の通り、2022年の年末ごろ以降、80ドルを挟んだプラスマイナス15~20ドルのレンジ相場で推移しています。
2025年はトランプ関税ショックが発生したり、中東とウクライナ情勢が改善する期待が浮上したりしたことで50ドル台を付ける場面がありましたが、それでも、上記のレンジの下限をおおむね維持していると言えます。
レンジ相場は、強い下落圧力と上昇圧力に挟まれた時に発生することがあります。現在のレンジ相場も、このような経緯で発生していると考えられます。
図:NY原油先物(期近)日次平均 単位:ドル/バレル
                    日本の物価高の一因である輸入物価の上昇・高止まりに、原油相場が高い水準でレンジ相場を演じていること、が深く関わっています。この点より、物価高対策の一つに「原油相場の高止まりの是正」が挙げられます。高市首相は、この対策にどのように関わることができるか、外交政策とともに、注目していく必要があります。
OPECプラスの「協調減産」に注意
ここからは、原油相場が長期視点で高止まりしている背景を考えます。以下は、原油市場に上昇・下落の圧力をかかえる要因をまとめた資料です。
米国国内だけでなく世界に広く影響力を行使し、中東やウクライナ情勢にある程度関与できる手段を持っているトランプ米大統領は、複数の上昇圧力と複数の下落圧力を原油相場にもたらしています。
トランプ米大統領は、パリ協定からの再離脱や関税戦争を鎮静化させるそぶりを見せることで、原油の需要が増加する思惑を強めました。一方、中東情勢やウクライナ情勢に関わる要人と対話をして情勢の安定化あるいは不安定化のムードを醸成し、原油の供給の安定化・不安定化の思惑を生んだりしています。
図:原油市場に上昇・下落の圧力をかかえる要因(2025年)
                    また、トランプ米大統領と同様、原油相場に強い影響を及ぼす存在が「OPECプラス」です。OPECプラスは、石油輸出国機構(OPEC)と非加盟の一部の産油国で構成する、世界の6割程度の原油供給を担うグループです。
サウジアラビア、ロシア、イラク、クウェート、カザフスタンなど、このOPECプラスに属する国々のほとんどが、西側諸国と考え方が離れている非西側諸国です。そのOPECプラスは2017年1月から、一部の期間を除き、原油の減産(人為的な生産量削減)を実施しています。
以下のグラフは、2020年5月に再開した協調減産のイメージを示しています。協調減産の体制下では、一部の例外国を除き、それぞれの国に生産量の上限が割り当てられます。そして、上限が割り当てられた国は、その上限を上回らないようにして生産活動を行います。
現在の協調減産の体制においては、「埋め合わせ」の条項が設けられており、上限を上回って生産した場合、将来、上回った量を削減しなければなりません。埋め合わせの計画を提出する必要もあり、厳格に減産が行われていると言えます。
図:OPECプラスの原油生産量と協調減産の動向(2020年4月~) 単位:千バレル/日量
                    OPECプラスは、昨年12月の会合で、協調減産を2026年12月まで継続することを決定しました。また、同会合および今年5月の会合で、2027年の協調減産の基準量について協議を行うことが話し合われました。
短期的には、自主減産の縮小という名目の増産も行われていますが、自主減産の縮小が終了しても、協調減産は終了しません。
協調減産の体制は、OPECプラスからの過大な供給が発生することを抑制しています。その協調減産が長きにわたり継続していることは、「原油相場の高止まり」の大きな要因だと言えます。
その意味で、OPECプラスの動向は、高市首相が進める物価高対策においても、大いに考慮すべき分野であると言えます。
先述のとおり、2027年の協調減産の基準量の協議が始まっています。この流れが加速すれば、今年11月30日の会合で、協調減産が2027年の年末まで、延長することが決まる可能性もあります。
「外交」に真の物価高対策あり
先ほど述べた、エネルギー、農産物、穀物、貴金属の主要銘柄の価格推移において、2010年ごろ以降「底上げ」が発生していることについて、考察します。
図:2010年ごろ以降の世界分断と高インフレ(長期視点)の背景
                    上の図の右下に示したとおり、原油も金属も食品も「底上げ」状態にあります。その「底上げ」の要因に、世界の民主主義の後退→世界分断深化→非西側の資源国による資源の武器利用(資源の出し渋り)横行、という流れがあると、筆者は考えています。
世界の民主主義が後退した背景に、2010年ごろから目立ち始めたソーシャルネットワーキングサービス(SNS)、人工知能(AI)、多様性、公平性、包摂性(DEI)、環境、社会、企業統治(ESG)などの新しい技術・考え方の『マイナス面』が、民主主義を推進する上で逆の効果を持っていたことが挙げられます。
以前の『高市新総裁に期待される「長期視点の物価高対策」とは?』の『世界の民主主義後退も「2010年ごろ」だった』で述べたとおり、世界の民主主義の動向を示す世界の自由民主主義指数(人口加重平均)が下落し始めたタイミングがまさに、これらの新しい技術・考え方が本格的に普及し始めた2010年ごろでした。
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高市新総裁に期待される「長期視点の物価高対策」とは?
非西側の資源国が資源の武器利用を行う背景には、以下の三つあると考えられます。
(1)出し渋りをすることで需給バランスが引き締まり、相場上昇が期待できること(資源国にとって大きなメリット)。
(2)自国の資源の安全保障を保つことができること。
(3)資源を持たない西側諸国に対して影響力を大きくできること。
中国のレアアースの輸出制限や、ロシアの非西側に対するエネルギーや農産物、金属の輸出制限だけでなく、OPECプラスの原油の減産もまた、資源の武器利用という意味を含んでいると考えられます。
OPECプラスにおいては、世界全体の民主主義の後退だけでなく、ESGの流れで生じた「石油否定」もまた、資源の武器利用という名の原油の減産を行う強い動機になった可能性は否定できません。
こうした社会的変化の延長線上に、原油の減産があり、日本国内の物価高があるのだと、筆者は考えています。以下の通り、高市首相が関与できる策は、暫定税率の廃止などの減税だけではありません。
図:ガソリン小売価格を下げる方法(短期・中期・長期)
                    より長い時間軸で、より効果が大きい策を効果的に講じ、恒久的な物価高対策が望まれます。しかしそれには、産油国という一度ESGをきっかけに否定した国々との関係修復が欠かせません。関係を修復し、彼らに減産の手を緩めてもらうことこそ、真の物価高対策であると考えます。
[参考]コモディティ全般関連の投資商品例
投資信託
- SMTAMコモディティ・オープン (NISA成長投資枠活用可)
 - ダイワ/「RICI(R)」コモディティ・ファンド
 - iシェアーズ コモディティ インデックス・ファンド
 - eMAXISプラス コモディティ インデックス
 - DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Aコース(為替ヘッジあり)
 - DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Bコース(為替ヘッジなし)
 
海外ETF/ETN
- Direxion オースピス・ブロード・コモディティ戦略 ETF(COM)
 - iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)
 - ファーストトラスト グローバル タクティカル コモディティ戦略ファンド(FTGC)
 
(吉田 哲)
                            
                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                        
                                
                                
                    
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