日本銀行は10月の金融政策決定会合で政策金利の据え置きを決定しました。植田総裁は「企業の積極的な賃金設定行動が続くかもう少しデータを確認したい」と理由を述べましたが、高市新政権の誕生が影響したということはないでしょうか。

日銀は高市政権とどう付き合うべきか、首相所信表明演説や日銀法から整理します。


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方~ 」


日銀は10月金融政策決定会合で利上げ見送り~日銀法第4条が影響?~

 日本銀行は29日から30日にかけて開催した10月金融政策決定会合(MPM)で、予想通り、政策金利の現状維持を決定しました。前回の9月MPMに続き、高田創審議委員と田村直樹審議委員が利上げを提案しましたが、今回も否決されました。


 植田和男総裁は記者会見で、「経済物価見通しの確度は少し高まったというのが我々の中心的な認識だ」としながらも、「関税政策による収益下押し圧力が作用するもとで、企業の積極的な賃金設定行動が途切れることがないか、もう少しデータを確認したい」と述べ、来年の春闘に注目していることを強調しました。


 会見では、一部の記者から、今回の利上げ見送りに関して「高市政権発足直後で遠慮したのではないか」との質問が出ましたが、植田総裁は改めて上の理由を述べたうえで、「そうした点に納得がいけば、政治状況にかかわらず政策金利を調整する」と言明しました。


 言うまでもないことですが、政府からの圧力や忖度(そんたく)によって、明らかに適切とは言えない政策判断を行うのは問題です。しかし、そうしたことは別次元の話として、もともと日本銀行法には政府との意思疎通を十分図るべきであることが定められています(注)。


注:日銀法第4条には、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」と規定されています。


 高市新政権が発足してから間がなく、外交日程も極めてタイトな中で、まだ日銀と新政権との意思の疎通が十分図られていないのが実態だとすれば、一刻を争うような事情でもない限り、利上げを見送った今回の日銀の判断は理解できます。


 ただ、そもそも利上げを行って金融緩和度合いを調整していくという今の日銀の基本姿勢は、高市新政権の経済政策の基本方針と整合的なのでしょうか。

以下では、10月24日に行われた高市首相の所信表明演説からひもといてみましょう。


「経済あっての財政」と「責任ある積極財政」の考え方~高い名目成長率がカギ~

 高市首相は、所信表明演説の「2 経済財政政策の基本方針」で、以下のように述べています。


  • 何を実行するにしても、「強い経済」をつくることが必要です。そのための経済財政政策の基本方針を申し述べます。
  • この内閣では、「経済あっての財政」の考え方を基本とします。「強い経済」を構築するため、「責任ある積極財政」の考え方の下、戦略的に財政出動を行います。これにより、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税率を上げずとも税収を増加させることを目指します。この好循環を実現することによって、国民の皆様に景気回復の果実を実感していただき、不安を希望に変えていきます。
  • こうした道筋を通じ、成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高 の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現し、マーケットからの信認を確保していきます。

出所:自由民主党


 これから分かるとおり、高市政権が最優先として考えていることは日本経済の強化、具体的には名目国内総生産(GDP)の拡大です。財政政策に関して「責任ある積極財政」と銘打ったのも、名目GDPが財政支出以上に拡大すれば、政府債務残高の対GDP比は低下し、市場からの信認が確保されるという意味が込められています。


 日本の政府債務残高は、2025年8月時点で1,340兆円、名目GDP(2025年4-6月期635兆円)の2倍を超える水準となっています(図表1)。ただし、それらの2023年以降の伸び(前年比の平均値)を見ると(図表2)、政府債務残高の2.2%を、名目GDPの4.3%が大きく上回り、その結果、政府債務残高の対GDP比は緩やかに低下しているのが実情です。


<図表1 政府債務残高と名目GDP>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
注:名目GDPは季節調整済み年率。出所:日本銀行、内閣府、楽天証券経済研究所作成

<図表2 政府債務残高と名目GDPの伸び率>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
注:名目GDPは原系列前年比。政府債務の25/8月は24/3Q対比。出所:日本銀行、内閣府、楽天証券経済研究所作成

 このように、近年のような名目GDP成長率が今後も維持できるなら、政府債務残高の伸びが多少高まっても、政府債務残高の対GDP比が低下していく構図は維持できるというわけです。問題は、近年のような名目GDP成長率が今後も維持できるか、という点です。


高市政権が志向するインフレ経済

 改めて図表2の右図を見ると、2023年以降の名目GDP成長率4.3%は、0.9%の実質GDPの伸びと、3.4%のGDPデフレーターの伸びに分解できます。


 実質GDPはやや長い目で見れば潜在成長率(内閣府の推計値0.6%、日銀推計値0.66%)に規定されますので、それが大きく伸びない限り、今のような高い名目GDP成長率を維持させるには、GDPデフレーターが高い伸びを続ける必要があります。


 高市首相は所信表明演説で、「危機管理投資」を軸とする成長戦略の実施も述べており、そうした取り組みが実質GDPを押し上げる可能性はありますが、差し当たってGDPデフレーター、つまりインフレ率の高止まりが名目GDP成長率を支える構図が続くとみています。


 背景は高市首相が表明した物価高対策です。物価高対策なのにインフレ率が高止まるのかとけげんに思われるかもしれませんが、所信表明演説「3 物価高対策」を見ると(図表3)、直接物価に効くガソリン暫定税率の廃止を含め、ほぼ需要喚起策であることが分かります。


<図表3 高市政権の物価高対策>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
出所:自由民主党、楽天証券経済研究所作成

 これにより短期的には実質GDPが拡大する可能性はもちろんありますが、例えば今年度に入って前年比3%台が続く消費者物価指数(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)は、プラス幅が拡大するリスクが高まるとみています。市場のインフレ期待を示すブレークイーブン・インフレ率(BEI)も(図表4)、5年物は今年7月の参院選直後に跳ね上がり、いまも2%を超える水準で推移しています。


<図表4 日本のブレークイーブン・インフレ率(BEI)>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

高市政権の課題は長期金利の上昇と円安進行にどう対処するか

 インフレ率の高まりは、財政リスクと同様、タームプレミアムを通じて長期金利に反映されます。しかし、積極財政をもくろむ高市首相にとって、財政の持続可能性を維持し、市場からの信認を確保するためには、長期金利が上がらないに越したことはありません。理由は「ドーマー条件」で説明できます。


 ドーマー条件とは、「経済成長率が金利よりも高ければ財政は発散しない」という、財政の安定性を評価する際の基準のことで、日本の名目GDP成長率と長期金利(10年物)を見ると(図表5)、近年では名目GDP成長率が長期金利を大きく上回って推移しており、ドーマー条件を満たしていることが分かります。


<図表5 日本の10年金利と名目GDP成長率>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
注:シャドーは日本の景気後退期。出所:内閣府、ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

 今後もドーマー条件を満たすためには、もちろん名目GDPが高い伸びを維持することも重要ですが、同時に長期金利をできるだけ抑制することが望ましいわけですから、長期金利の押し上げ要因となる日銀の利上げを、高市首相が良く思わないのも自然なことといえます。


 しかし、だからといって、日銀がインフレを放置するようなことがあっては、日銀法第2条に定められた「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」という理念に反することになります。そうならないために定められているのが日銀法第3条の独立性であり(注)、利上げが必要だと判断される場合には、果断にそれを行う必要があります。


注:日銀法第3条には、「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」「日本銀行は、通貨及び金融の調節に関する意思決定の内容及び過程を国民に明らかにするよう努めなければならない」と規定されています。


 また、為替の動きも意識する必要があります。今回の日銀の決定および植田総裁の記者会見を受けて、ドル/円相場は1ドル=154円台まで円安が進んでいます(図表6)。円安が過度に進めば、輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力が強まるだけでなく、長期金利に対しても上昇圧力を及ぼすことになります。


<図表6 ドル/円相場>


日銀、10月は利上げ見送り~高市新政権との付き合い方を考える~(愛宕伸康)
出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

 結局のところ、過度な円安を招かぬよう、「経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」というこれまでの金融政策運営方針を維持し、引き続きゆっくりとした利上げを行っていくことになるのではないでしょうか。


 次回利上げは、展望レポートのある来年1月とみるのが自然ですが、総裁記者会見での「来年春闘の初動のモメンタムを確認したい」「支店長会議などを通じて情報収集に努めていきたい」との発言を踏まえれば、12月の可能性も低くないとみています。


 カギを握るのはやはり為替です。1ドル=160円に向けて円安が進めば進むほど、12月利上げの可能性は高まるとみておいた方が良いでしょう。


(愛宕 伸康)

編集部おすすめ