12月の日銀短観が景況感の改善を示したことや、来年度の賃上げが強かった今年度並みになりそうだとの日銀の調査結果が公表されたことで、12月利上げに向けた準備が整ったといえそうです。注目は中立金利を巡る植田総裁の発言ですが、FRBでは12月FOMCでパウエル議長が中立金利を使った説明を行っています。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日銀は12月利上げへ最後の準備、パウエル議長は中立金利で方針語る 」
日銀、12月利上げに向けた最後の準備~12月短観と賃金ペーパー~
12月15日、日本銀行から12月の全国企業短期経済観測調査(短観)と、「2026年度賃上げスタンスの動向(12月初時点)」というペーパーが発表されました。前者は企業の景況感が改善していることを、後者は来年度の賃上げが前年度並みになりそうだという調査結果を示しています。12月利上げに向けた準備が整ったといえそうです。
(1)12月短観:大企業より中堅・中小企業の改善目立つ
まず、12月短観の結果から見ていきましょう。図表1が「全規模」ベースの業況判断DIです。市場では大企業の業況判断DIに注目しがちですが、ここでは中堅・中小企業を含めた全規模で見ることにします。
<図表1 12月の全国企業短期経済観測調査(短観)の業況判断DI>
全規模・全産業の業況判断DIは12月短観でプラス17となり、前回9月調査から2ポイント改善しました。非製造業はプラス21で前回と変わらずでしたが、製造業が前回のプラス7からプラス11へ、4ポイント改善したことが全体を押し上げました。
その製造業の中身を見ると、ウエートの大きい「自動車」が前回から6ポイント改善したこと(前回プラス8→今回プラス14)が効いています(図表2)。
<図表2 12月の全国企業短期経済観測調査(短観)の業況判断DI(業種別)>
ちなみに、自動車の業況判断DIを押し上げたのは中堅企業と中小企業で、中堅企業は前回プラス16から今回プラス21へ5ポイント改善、中小企業は前回マイナス5から今回プラス12へ17ポイント改善しました。
実は、中堅・中小企業が大企業より業況判断DIを改善させたのは自動車だけではありません。図表2に示した「鉄鋼」や「宿泊・飲食サービス」なども同様です。この結果、大企業・全産業の業況判断がプラス24で前回と同じだったのに対し、中堅企業がプラス19からプラス22へ3ポイント改善、中小企業もプラス9からプラス12へ3ポイント改善となりました。
このように、今回の短観では、大企業よりも中堅企業や中小企業が業況判断DIを改善させたというのが大きな特徴です。設備投資や雇用環境の良好な結果とあわせ、全体として、12月利上げに向けて弾みをつける内容だったと評価することができます。
(2)賃金ペーパー:前年並みの賃上げスタンス確認
一方、同日に日本銀行調査統計局が公表した「2026年度賃上げスタンスの動向(12月初時点)」というペーパーについても簡単に見ておきましょう。
これは、12月1日に名古屋で行われた植田和男総裁の講演で、「現在、日本銀行では、12月18日、19日に予定されております次回の決定会合に向けて、本支店を通じ、企業の賃上げスタンスに関して精力的に情報収集しているところです」と述べていた調査の結果とみられます。
ポイントは大ざっぱに二つ。一つは、2026年度の賃上げスタンスの動向を、本店および32ある支店で情報収集したところ、前年度を上回るとの結果が得られた支店が2、下回るとの結果が得られた支店が2、その他は「前年度並み」という結果であった点。
もう一つは、企業ヒアリングの結果、人手不足感が強いもとで、「2026年度についても、2025年度と同程度ないし世間相場並みの賃上げを行う必要がある」と考える企業が大半を占めた点です。
タイトルに「12月初時点」とありますので、12月18~19日に開催される金融政策決定会合(MPM)か、1月支店長会議の際に改めて詳しい調査結果が出るとは思いますが、12月MPMを前に来年春闘に向けた企業のスタンスが前年並みに強いとの情報発信を行ったことで、12月利上げに向けた準備が整ったとみることが可能です。
パウエル議長が12月FOMCで中立金利を使って政策スタンスを説明
以上から12月利上げはほぼ確実として、市場の注目がすでに植田総裁の中立金利に関する発言に移っていることは、前回のレポートで指摘したとおりです。
2025年12月10日: 植田総裁は中立金利について何を語るのか~12月MPMの注目点~(愛宕伸康)
レポートでは、「そもそも中立金利を特定できるような情報発信を行うのは、金融政策運営の実務上、非常に難しい」と説明した上で、参考として、これまで幾度となく記者会見の応答で苦労してきた米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長の説明ぶりを紹介しました。
実は、12月9~10日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)でも、その後の記者会見で中立金利を巡るやり取りが盛んに行われました。植田総裁の発言を予想する上でも参考になりますので、以下で簡単に振り返っておきたいと思います。
FRBでは、雇用情勢に悪化の兆しが見られることから2025年9月から3回続けて利下げを実施したわけですが、その結果、現在の政策金利(FF金利の誘導目標)は3.5~3.75%となっています。
それを受けて12月FOMCの声明文では、「今後、誘導目標レンジを追加調整する幅やタイミングを検討するに当たっては、新たに入手されるデータ、変化する経済見通し、リスクバランスを慎重に評価する」との文言が追加されました。
この追加文言に関してパウエル議長は、「新しく入ってくるデータを注意深く評価するという意味に加え、9月から政策金利を0.75%引き下げたことによって、現在、中立金利の推定値の幅広い範囲内に入っており、経済がどのように進展するか立ち止まって見定める良い位置にいることも示している」と記者会見で述べています。
これが何を意味するのか、少し考えてみましょう。
FRBの中立金利見通しも幅が広い~2.6%から3.9%まで1.3%の幅~
FRBでは、年に8回開催するFOMCのうち4回(3月、6月、9月、12月)、経済見通し(Summary of Economic Projections)を公表しています。その中でFOMCメンバーによる今後数年の政策金利見通しだけでなく、中立金利についても長期(Longer-run)の政策金利見通しとして公開しています。
改めて中立金利とは、経済に対して引き締め的でも緩和的でもない政策金利の均衡値のことで、直接観察することのできない理論値です。推計方法や論者によってばらつきが大きく、金融政策の実務上は、政策金利が中立金利に近づいたと思われる段階になって、経済・物価の実際の反応を丁寧に確認しながら見極めるしかない、というのが現実です。
2025年12月FOMCで公表された中立金利の見通しを見ると(図表3)、範囲(Range)が2.6%から3.9%とかなり広く(幅1.3%)、中央値は3.0%ですが、実際に3.0%とみているFOMCメンバーは19人中5人しかいません。
<図表3 FOMC参加者の長期の政策金利(中立金利)見通し>
パウエル議長が記者会見で「中立金利の推定値の幅広い範囲内に入っている」と述べたのは、図表3に赤点線で示した誘導目標3.5%から3.75%の現在の政策金利が、中立金利見通しの分布の上部に重なってきたということを指しています。
つまり、中立金利の見通しが上から三つのFOMCメンバーにとってみれば、政策金利はすでに中立金利に到達しており、これ以上政策金利を引き下げると緩和度合いが強まって、インフレリスクが高まるということになります。
パウエル議長の発言は追加利下げの判断を慎重に行うというメッセージ
重要な点は、そろそろ経済・物価のデータを注意深く評価しながら、政策金利が中立金利に近いかどうかを慎重に見極めなければならないフェーズに入ってきたということであり、パウエル議長の発言は、それを示唆したと解釈することができます。
以上から、追加利下げの判断はこれまで以上に慎重に行われる可能性が高く、12月FOMCで公表された政策金利見通しのドットチャートでは(図表4)、2026年中1回の利下げが想定されていますが、そのタイミングについてはかなり先のことになる可能性が高いとみています。
中立金利に対する見方にばらつきがあることから当然といえば当然ですが、ドットチャートの分布も上下に幅広く、加えて利下げが不要と考えるメンバーと、2回以上利下げが必要と考えるメンバーの数が拮抗(きっこう)していることから、市場でも次回利下げを織り込めていないのが実情です。
<図表4 2025年12月FOMCにおける政策金利のドットチャート>
筆者はFRBの次回利下げについて、今のところパウエル議長が退任した後の来年6月を念頭に置いていますが、今後の経済・物価情勢を丁寧にチェックしながら、必要に応じて適宜修正していきたいと考えています。
(愛宕 伸康)

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