新年と共に「ベネズエラ事変」が世界を揺るがしましたが、投資家の関心は依然として「AI・半導体」に向いています。地政学的リスクの警戒感よりも防衛・エネルギー関連株を買うきっかけとなった格好です。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の土信田 雅之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 「ベネズエラ事変」が暗示する、2026年の投資機会とリスク 」
「ベネズエラ事変」よりも「AI・半導体相場」優勢の反応を見せた株式市場
2026年を迎えて間もない1月3日(土)未明、驚愕(きょうがく)のニュースが世界を駆け巡りました。米軍によるベネズエラへの電撃的な軍事作戦と、現職だったマドゥロ大統領の拘束です。
一国の元首が他国の軍事力によって強制的に排除されるという、1989年のパナマ侵攻以来の事態に対し、当初は「世界の株式市場は激しい動揺を見せるのではないか?」と危惧されたものの、週明け5日(月)の市場初期反応は予想を裏切るものとなりました。
<図1>米主要株価指数のパフォーマンス比較(2024年末を100)(2026年1月7日時点)
上の図1は米主要株価指数のパフォーマンス比較を示していますが、ベネズエラ事変後の5日(月)と6日(火)にそろって上昇し、ダウ工業株30種平均やS&P500種指数、半導体関連銘柄で構成されるSOX指数などが最高値を更新する動きを見せていたことが分かります。
地政学的リスクの高まりを警戒してリスクオフに走る動きよりも、防衛関連株や原油供給の管理強化を好感したエネルギー関連株への買いのきっかけとなったほか、SOX指数の動きを見ても、市場の関心は依然としてAIおよび半導体セクターに向かっていた様子がうかがえます。
また、日本株市場でも、日経平均株価が5日(月)と6日(火)の2日間で2,000円以上も上昇する動きを見せています(その後下落に転じていますが)。
<図2>日経平均(日足)の動き(2026年1月8日時点)
「遠くの戦争」よりも「近くの決算」―。株式市場の初期反応を見る限り、ベネズエラの政変を、あくまでも地域的な出来事として受け止め、成長ストーリーが続くテック株への選好を維持しているようにみえますが、市場が今のところ材料視していないこの「ベネズエラ事変」の裏側には、2026年以降の国際秩序、ひいてはグローバル投資の前提を見直す契機になる重大なシグナルが隠されているかもしれません。
米国の軍事行動:その「表」と「裏」の論理
今回の米軍による作戦(作戦名:「アブソリュート・リゾルブ」と呼称される一連の行動)は、圧倒的な技術、戦術、情報格差を見せつける形で短時間で完遂されましたが、米国が行動を起こした背景を簡単にまとめると、以下のように整理できるかと思います。
【表向きの理由:正義の執行】
今回の作戦において、米ホワイトハウスが強調したのは「麻薬テロとの戦い」と「人道危機の解決」です。
これにより、米国は「主権侵害」という国際法上の批判を、「国際犯罪の取り締まり(法執行)」という国内向けの正義にすり替えました。
【裏の理由:国益とレッドライン】
表向きの理由とは別に、専門家の分析や現地の情勢を総合すると、真の動機は以下の三点に集約されそうです。これらはマドゥロ氏が越えてはならない「一線(レッドライン)」を踏み越えたことへの報復でもあります。
(1)エネルギー安全保障と米企業の権益保護
マドゥロ政権は近年、隣国ガイアナのエセキボ地域(巨大油田が存在)への領有権主張を強め、 エクソンモービル(XOM) など米石油メジャーの権益を直接的に脅かしていました。米国にとって、裏庭でのエネルギー資源が脅かされることは安全保障上の重要問題です。
(2)中国、ロシア、イランの影響力排除
ベネズエラが中国の「一帯一路」への関与を深め、石油取引の人民元決済を画策していたこと、さらに決定打としてイラン製の攻撃用ドローンなどの兵器供与を受けていたことが挙げられます。かつてのキューバ危機同様、米国の喉元に敵対勢力の軍事資産が配備されることを、米国は脅威と認識した可能性があります。
(3)「強い米国」の誇示
対話ではなく、「力による現状変更」も辞さない米トランプ政権の姿勢を内外に示すデモンストレーションとしての意味合いも有している可能性があります。
ユーラシアグループ「10大リスク」との整合性検証
ここで少し話がそれますが、地政学的リスクを専門に扱うコンサルティング企業のユーラシアグループが、毎年の年初に「10大リスク」レポートを公表し、注目されています。
内容の詳細は こちら に譲りますが、2026年版の10大リスクのヘッドラインは以下の通りです。
ユーラシアグループの「10大リスク」のヘッドライン(2026年版)
リスク テーマ 内容 No.1 米国の政治革命 トランプ大統領が既存の制度や規範を解体し、米国の政治システムを不可逆的に変質させる No.2 「電気国家」中国 中国がEVや再生可能エネルギーなどの「電気分野」で世界を支配する一方、化石燃料に固執する米国は競争力を失いつつある No.3 ドンロー主義 モンロー主義のトランプ版。再び西半球への支配権を確立するため、ベネズエラへの軍事行動や経済的圧力を通じ、強硬な介入を展開 No.4 包囲される欧州 英・仏・独の政治的中道が弱体化し、ポピュリズムの台頭やトランプ政権からの敵対的な圧力によって、欧州の結束と指導力が危機に陥る No.5 ロシアの第二の戦線 ロシアがウクライナ支援を切り崩すため、NATO諸国に対してドローン侵入やサイバー攻撃などのハイブリッド戦争を激化させ、直接衝突のリスクが高まっている No.6 米国式国家資本主義 米政府が「国家安全保障」を名目に企業への介入を強め、政治的忠誠が経済活動を左右する新たな資本主義体制が拡大 No.7 中国のデフレ 不動産不況と過剰生産によりデフレが深刻化する中、習近平政権は消費刺激策を拒み続け、その経済的苦境と安価製品を世界中に輸出している No.8 ユーザーを食い尽くすAI AI収益化の圧力に晒されたAI企業が、依存性や操作性の高いビジネスモデルを採用し、規制がないままユーザーの自律性や社会の健全性を損なう No.9 USMCAのゾンビ化 北米貿易協定(USMCA)が見直し時期を迎える中、トランプ政権の個別交渉や関税の脅しにより協定が形骸化し、北米貿易が予測不能な状態に陥っている No.10 水の武器化 気候変動や人口増加による水不足に加え、国際的な管理枠組みが欠如しているため、水資源が国家間紛争の「武器」として利用され始めている 出所: ユーラシアグループ 公表データを基に作成
今回のベネズエラ事変は上記のリスクのヘッドラインのうち、リスクNo.3の「ドンロー主義(トランプ版モンロー主義)」とリスクNo.6の「米国式国家資本主義」の二つが該当すると思われます。
前者の「ドンロー主義」とは、19世紀のモンロー主義(西半球への不干渉)を拡大解釈し、西半球における米国の優位性を主張することがリスクになるというものです。
今後も米国が中国、ロシア、イランの影響力を自国の裏庭から排除するために、軍事力や制裁、そして個人的な報復を組み合わせて強硬手段に出る展開、今回の軍事行動を機に反米姿勢を強めた中南米諸国がさらにロシアや中国に歩み寄る動きが出る展開には注意する必要があります。
また、今回の軍事行動の背景には、リスクNo.6で指摘されている「米国式国家資本主義」の論理も働いています。レポートは、マドゥロ政権退陣後のベネズエラが石油産業の再建のために、「制裁緩和や米国の政治的支持と引き換えに、米国の石油会社に対する優遇取引を提供する」よう迫られると予測しています。
これは、国家安全保障や外交的な恩恵を、米国企業(特に石油メジャー)の商業的利益のために取引材料とするトランプ政権の「取引的(トランザクショナル)」なアプローチを象徴するものです。
何が言いたいのかというと、今回のベネズエラ事変は、偶発的なブラック・スワンではなく、すでにある程度予測されていた「国際秩序の溶解」が、かなり過激な形で表面化した「グレー・ライノ(灰色のサイ:確率は高いが軽視されているリスク)」であったという点です。
市場が見落としているかもしれない「真のインパクト」
マドゥロ拘束という作戦自体が短時間で終了したこともあって、株式市場の反応は先ほども見てきたように今のところ限定的となっていますが、今後の市場環境を中長期的に見ていく上で、以下の四つの視点が考えられそうです。
【視点1:「解放」か「新たな混乱」か、ベネズエラ国民が納得する統治の成否】
マドゥロ大統領が排除されたことによって、親米政権が樹立され、石油生産・供給の回復というのがベストシナリオですが、その一方で「ガバナンス(統治)が失敗してしまう」リスクも抱えています。
元々、マドゥロ政権下では失策が続き、ハイパーインフレや治安悪化により、国民の約4分の1にあたる800万人以上が国外へ脱出するという異常事態にありました。
また、2024年の大統領選挙における不正疑惑や、野党指導者がノーベル平和賞を受賞するなど、国際的にも国内的にも、マドゥロ政権の正当性は失われていました。しかし、今後のベネズエラを担う新リーダーを国民がもろ手を挙げて歓迎し、国が即座に安定するとは限りません。
もし、新政権が「米国のかいらい」と見なされ、国民生活の改善に失敗すれば、国内の対立は激化し、マドゥロ派の残党によるゲリラ化やテロ活動を招く「第二のイラク」となる恐れがあります。国民が納得する統治が行われなければ、期待されるエネルギー供給も困難になる可能性があります。
【視点2:技術的優位の残酷な証明(中露製兵器の無効化)】
今回の作戦において、ベネズエラ軍が配備していたロシア製の防空システムや中国製のレーダー網は、米軍の電子戦、サイバー攻撃、ステルス技術の前に沈黙しました。これは軍事的な勝利以上に、「中露の軍事技術に対する信頼低下」を意味し、これを目撃した中東やアジア諸国は、自国の安全保障のための装備を再考せざるを得なくなる可能性があります。
「西側(米国製)の装備でなければ国を守れない」という現実は、米国の防衛産業にとって長期的な追い風となる一方、中露の武器輸出ビジネスには大打撃となります。
【視点3:中国のメンツと実利のてんびん】
中国にとって、友好国であるベネズエラの政権転覆は「メンツ」がつぶされる事態といえます。しかし、中国が軍事的な報復には出るのは難しいと思われます。
その理由として、中国が抱える数兆円規模の対ベネズエラ債権(石油で返済される契約)が焦げ付くリスクがあるからです。2026年はトランプ米大統領と中国の習近平主席が会談する機会が4回あるとされているため、中国は今後、米国およびベネズエラ新政権との間で、「政権承認」をカードに「債権保全」を求める水面下の取引(ディール)を行うことも予想されます。
とはいえ、ベネズエラでメンツをつぶされた中国が、メンツを保つために他の地域(台湾や日本など)や、分野で圧力をかける展開には要警戒かもしれません。
【視点4:「法の支配」から「力の支配」への不可逆的シフト】
そして、最も深刻なのは、ロシアのウクライナ侵攻、中東情勢、そして今回の米国の行動を通じて、「国際法を破っても、力があれば現状を変更できる」という事実が着実に積み重なっていることです。
これは、台湾海峡や南シナ海において、当事国が「国際法などの法的な正当性」よりも「軍事的な既成事実化」を優先するインセンティブを高めます。これまでの安全保障やサプライチェーンの在り方が変わってしまう可能性があります。
2026年 投資戦略と注目セクター
これまで見てきたことを踏まえると、2026年の投資戦略は「国際社会をはじめとする構造変化へのヘッジ」を組み込み、安全保障やサプライチェーンの前提が変化する世界で、ポートフォリオを守り、かつリターンを狙うための戦略を考える必要がありそうです。
基本的な投資スタンスとしては、「強靭(きょうじん)性(レジリエンス)を確保」することです。
国際社会の枠組みが変化する中、「フレンド・ショアリング(同盟国・友好国でのサプライチェーン構築)」が加速します。その場合の投資対象として、米国の安全保障圏内にあり、かつ戦略的に不可欠な企業が候補に挙げられます。
注目されそうなセクターとして以下が考えられます。
【防衛、宇宙、サイバーセキュリティ】
今回の作戦の成功により、米国の軍事技術の優位性が再確認されました。また、世界的な「自衛意識」の高まりにより、各国の防衛予算の増額が予想されます。
【エネルギー安全保障】
米国がベネズエラの石油利権に関与を深めることは、原油価格の安定化に寄与すると同時に、「エネルギーは戦略物資」という認識を強めます。脱炭素の理想とは別に、現実的なエネルギー確保が優先されます。
ベネズエラ再開発の主役となる可能性が高い米石油メジャー(エクソンモービルや シェブロン(CVX) )をはじめ、エネルギー開発や輸送にも関わる日本の商社株も注目されそうです。
【AI・半導体の選別】
AI・半導体については、国家の競争力を左右する「安全保障技術」という性格も色濃く帯びることになります。今回の軍事作戦でも高度な情報処理能力が勝敗を分けました。そのため、従来のAI・半導体関連銘柄の選定に、国策やサプライチェーンの視点が加わることになりそうです。
【コモディティ(金や銅など)】
「力による支配」の世界では、法定通貨への信認が揺らぐ局面があり得るため、地政学的リスクの究極のヘッジとなる金や、AIデータセンターやEV、そして兵器生産に不可欠な戦略物資となる銅の需要が維持される可能性は高いでしょう。
基本的には、2026年相場もAI・半導体を中心に動いていくことになりそうですが、今回のベネズエラ事変をきっかけに、国際法という「ガードレール」が外れ、力による大国のエゴや利権が衝突する場面が増えてしまうことも想定しておく必要が出てきました。そのため、情勢を冷静に見極めるしたたかさが求められることになりそうです。
(土信田 雅之)

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