財政規律が緩みインフレ懸念が高まると、長期金利が上昇し、警鐘を鳴らす「債券自警団」。急ピッチで上昇してきた日本の長期金利が落ち着きを取り戻しているのは、この債券自警団が機能したことを表しています。

円安にも歯止めがかかっており、日銀の利上げ前倒しはなくなったと言えるのか。田村審議委員の講演から利上げロジックを考えます。


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睨(にら)みを利かせる債券自警団~小康を保つ長期金利~

 日本の債券市場で「債券自警団」が有効に機能しているようです。


 債券自警団(Bond Vigilantes)とは、政策当局の財政規律が緩んでインフレ懸念が高まったとき、国債を売って(長期金利は上昇)警告を発する債券投資家のことを指します。元々、1983年に米連邦準備制度理事会(FRB)出身のエコノミスト、エドワード・ヤルデニ氏が言い始めた比喩ですが、今では財政リスクの高まりに対する市場の警鐘を示す言葉として使われています。


 筆者も、2025年7月23日のレポート(「日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか」)以来、高インフレにもかかわらず財政拡張路線が強まりを見せる中で、幾度となく財政懸念による長期金利急騰リスクを、債券自警団という言葉を用いながら指摘してきました。


2025年7月23日: 日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか(愛宕伸康)


 実際、日本の10年金利は昨年10月4日の自民党総裁選で高市早苗氏が勝利したのを契機に上昇ペースを速め(図表1)、21.3兆円の総合経済対策決定(11月21日)、18.3兆円の2025年度補正予算成立(12月16日)、今年1月19日の衆議院解散および食品への消費税2年間ゼロ宣言を経て、1月20日に約27年ぶりの高さとなる2.359%まで上昇しました。


<図表1 日米の10年金利>
睨みを利かせる「債券自警団」、日銀4月利上げシナリオの可能性は?(愛宕伸康)
出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 日本経済新聞が報じたところによると、債券自警団の生みの親であるヤルデニ氏も「日本では明らかに債券自警団がすさまじい影響を発揮している」と米経済テレビでコメントしていたようですが、その10年金利がここにきて落ち着きを取り戻しています。なぜでしょうか。一役買ったのはベッセント米財務長官です。


 日本の長期金利急騰が米国債に飛び火した1月20日、ベッセント氏は世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で日本の長期金利の変動を「6σ(シグマ)(標準偏差)」と誇張して表現し、「(米長期金利の上昇を)日本で起きている動きと切り離して考えるのは極めて難しい」と、日本の長期金利上昇に対する強い不満を口にしました。


 ベッセント氏はまたFOXニュースのインタビューに答え、「日本の経済担当カウンターパートと連絡を取っている。日本側から市場を落ち着かせる発言が出てくることを確信している」とも述べています。

一方の片山さつき財務相も、「市場を安定させるためのことはやってきているし、これからもやることは必ず約束できる」と、市場に冷静な対応を呼び掛けました。


 その後、高市首相が消費税減税の財源について「特例公債(赤字国債)に頼らない」と強調したり、衆院選の選挙期間中に消費税減税に触れなかったことなどを踏まえると、片山財務相がベッセント氏からきつくくぎを刺されたことは想像に難くなく、1月23日に米国が為替介入の準備段階であるレートチェックに協力したのも、円安と連鎖的に上昇する長期金利を抑えるためと、市場は受け止めています。


 このように、長期金利の急ピッチの上昇が高市政権の財政規律に対する意識の高まりや言動につながり、結果として長期金利上昇に一定の歯止めがかかったという意味で、債券自警団が有効に機能したとみることが可能です。さしずめ債券自警団の団長はベッセント財務長官ということになるのでしょうけれども、ともかく長期金利は小康を取り戻しています。


長期金利急騰リスクへの警戒を怠るな~運用部ショックとトラスショック~

 今後は、食料品に対する消費税ゼロや「給付付き税額控除」などを具体的に検討する「国民会議」の議論次第ということになりますが、片山財務相によるとその中間報告は6月ごろになる見通しであり、市場の注目はひとまず経済・物価や金融政策に戻る可能性が高いと思われます。


 もちろん、財政懸念を背景とする長期金利急騰リスクへの警戒を怠るべきではありません。消費減税だけでなく、防衛費増額やガソリン・軽油減税にも対応する必要があり、2026年度税制改正大綱で穴の開いた財源は賄い切れていません。2026年度予算で赤字国債が回避できるのか、債券自警団は引き続き睨みを利かせることになると予想されます。


 ここで、またかと思われるかもしれませんが、2022年9月にイギリスで起きた「トラスショック」のような金利ショックが日本でも起こり得るということを、1998年に日本で起きた「運用部ショック」を引き合いに、改めて簡単に整理しておきたいと思います。


 図表2の左図がトラスショック、右図が運用部ショックにおける、それぞれの国の10年金利の推移です。形状がよく似ています。


<図表2 イギリスの「トラスショック」と日本の「運用部ショック」>
睨みを利かせる「債券自警団」、日銀4月利上げシナリオの可能性は?(愛宕伸康)
注:シャドーは日本の景気後退期。出所:ブルームバーグ、内閣府ほか各種資料より楽天証券経済研究所作成

 2022年9月にイギリスで起きたトラスショックとは、大型減税を公約にしていたリズ・トラス首相が就任し、間を置かず財務相が財源の裏付けのないミニ予算を唐突に発表した(9月23日)ことがトリガーとなって発生した金利ショックです。イギリスの10年金利は、その発表前日の3.55%からピークを付けた10月10日の4.54%まで、わずか2週間あまりで0.99%上昇しました。


 一方の運用部ショックとは、日本が金融危機に見舞われた1998年、当時の小渕恵三内閣が総事業規模24兆円の緊急経済政策を発表し、その資金繰りもあって、大蔵省資金運用部(当時)が国債運用を中止するのではとの臆測が広がり、発生した金利ショックです。


 きっかけとなった大蔵省のアナリスト懇談会が12月21日、10年金利はその前日の1.48%から、ピークを付けた2月5日の2.47%まで0.99%上昇しました。トラスショックと同じ幅です。


 このように、トラスショック並みの金利ショックは日本でも起きています。無理をした財政拡大が国債市場の需給バランスを一時的に崩すようなことになれば、経常収支が黒字とか、誰が国債を持っているとかとは関係なく、長期金利は跳ね上がります。


 そうした長期金利の無秩序な上昇を引き起こさないためにも、財政の持続性に対する政府のコミットメントがいかに重要か、改めて強調しておきたいと思います。


日銀の次回利上げ、3月は無理でも4月はあり得る?

 さて、前述したとおり、長期金利が小康を取り戻し、ドル円相場もひところの1ドル=160円に迫る円安水準から1ドル=152~153円台に落ち着いたことを受けて、日本銀行の次回利上げが、4月もしくは3月に前倒される可能性は消えたのでしょうか。


 変動金利と固定金利を交換するスワップ市場(OIS∶オーバーナイト・インデックス・スワップ)は、4月金融政策決定会合(MPM)までに利上げする確率を69%(2月16日午後)とみており、80%程度だった2月上旬からは低下したとはいえ、相変わらず高い確率で4月利上げを見込んでいます。


 市場の一部には、日米首脳会談が3月19日(日本時間20日)に予定されていることから、手土産として3月のMPM(18~19日)で利上げするのではとの観測もありますが、金融政策は東京ばな奈ではありません。国会の2026年度予算審議と重なることや、物価など新たに入手できるデータが乏しいことから、その可能性は極めて低いとみています。


 しかし、4月MPM(27~28日)に関しては、


1. 2026年春闘の第1回回答集計結果が確認できること(3月23日)。
2. 3月短観(4月1日発表)、4月支店長会議の情報が入手できること。
3. おそらく、4月中旬ごろには2026年度当初予算が成立していること。


4. 1月の「展望レポート」で、円安が基調的な物価上昇率に影響を及ぼすリスクが初めて指摘されたこと。
5. 1月MPMの「主な意見」で円安に触れた意見が多く掲載されていたこと。


などから、利上げに踏み切る可能性はゼロではないとみています。ただ、その場合、上の4、5からも分かるとおり、円安が基調的な物価上昇率を押し上げるリスクを強調するか、もしくは4月の「展望レポート」(「経済・物価情勢の展望」)で「物価安定の目標」実現のタイミングを前倒しすることになるのではないでしょうか。


 現在の日銀シナリオは、「物価安定の目標」が実現するタイミングを「見通し期間後半」としています(図表3)。見通し期間というのは「展望レポート」に掲載している経済・物価見通しの期間のことで、今は2025年度から2027年度。


 その後半というと2026年7-9月期以降になりますので、それを少し前に倒せば4月利上げは可能です。まさに、田村直樹審議委員が主張するシナリオです。


<図表3 日本銀行の物価の先行きシナリオ>
睨みを利かせる「債券自警団」、日銀4月利上げシナリオの可能性は?(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

田村審議委員の4月利上げシナリオに乗るという選択肢

 田村審議委員が2月13日に神奈川経済同友会で行った講演の資料には、経済・物価データの現状評価、先行きの見方、中立金利の自身の見方とそれと整合的な金融政策運営の考え方などが非常に丁寧かつ分かりやすく説明され(注)、「この春」の利上げが適切であることが示唆されています。


(注) 田村委員が過去に実施した7回の「金融経済懇談会」(副総裁・審議委員が年2回行う講演会)では資料が平均19ページであるのに対し、今回の神奈川経済同友会の資料は30ページに及ぶ力の入ったものとなっています。


 まず、田村審議委員は、物価に関して、すでにわが国のインフレが「粘着的(sticky)」なホームメード・インフレになっており、「この春」にも「物価安定の目標」が実現したと判断できる可能性が高いと述べています(図表4)。


<図表4 田村委員の物価に関する発言(2月13日、神奈川経済同友会)>
睨みを利かせる「債券自警団」、日銀4月利上げシナリオの可能性は?(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 仮に、この春に「物価安定の目標」が実現したと判断するのであれば、その時点で政策金利が中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない政策金利)になっていることが望ましいわけですが、田村審議委員はその中立金利を「最低でも1%程度」と従来から主張しており(図表5)、あと1回利上げすればそのゾーンに入ってくることになります。


<図表5 田村委員の中立金利に関する発言(2月13日、神奈川経済同友会)>
睨みを利かせる「債券自警団」、日銀4月利上げシナリオの可能性は?(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 つまり、春の段階で(すなわち4月に)「物価安定の目標」が実現したと判断し、それとともに利上げを行って政策金利を中立金利と見なす範囲内に持っていく。ただ、本当に中立金利が1%か定かではないので、経済・物価の反応を引き続き慎重に点検しながら中立金利の見極めを続ける、というのが田村審議委員の利上げシナリオです。


 こうした田村審議委員のロジックは、インフレの現状や物価安定の概念的な考え方、中立金利の理論や実態などに照らして理にかなったものであり、日銀執行部としても4月に利上げするなら、この田村審議委員のシナリオに乗るという手は十分あるとみています。ただ、それには二つの高いハードルがあります。


 一つ目は、「最低でも1%程度」という中立金利の評価です。これを政策委員会として合意できるのか、もっと上を見ている政策委員が多い可能性があります。


 二つ目は、「物価安定の目標」が実現したという判断と、2013年1月に政府と交わした共同声明との整合性です。「物価安定の目標」が実現したという日銀の判断は、デフレからの完全脱却という政府の判断と整合的でなければならないとすれば、高市政権との対話が必要ということになります。


(愛宕 伸康)

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