日銀は3月会合で予想通り政策金利の据え置きを決めました。植田総裁は記者会見で中東情勢悪化による不確実性の高まりを強調しました。
原油相場高騰の影響を植田総裁はどう見ているか~3月MPM後の記者会見~
日本銀行は3月18-19日に開催した金融政策決定会合(MPM)で、予想通り政策金利(0.75%)の据え置きを決定しました。なお、高田創審議委員が1月に続いて利上げ提案を行いましたが、反対多数で否決されています。
植田総裁は記者会見で、今回の中東情勢の悪化を受け、「(日銀の想定する)見通しが実現する確度が少し低下し、その分リスクシナリオの可能性が高まった」と指摘。利上げを巡る不確実性が高いことを強調しました。(図表1)。
<図表1 植田総裁の記者会見での発言>
記者会見では、記者から原油相場高騰が金融政策運営に与える影響について多く質問が出ましたが、植田総裁は自身の発言によって為替が円安に振れないよう、どちらかといえばタカ派的なニュアンスを醸(かも)し出しながら、慎重に言葉を選んで答えていた印象です。
その典型が、政策委員会のメンバーでは物価の上振れリスクを重視したい人の方が微妙に多かったとの発言ですが、他にも、図表1では紹介していませんが、「成長率が下がったとしてもそれが一時的なもので、基調的な物価上昇率にそこまで影響しないのであれば(利上げが)可能」と答えるなど、今回の記者会見では珍しく為替が円安に振れることはありませんでした。
ただ、植田総裁の本音は、「(見通しの)確度が低下した」、「不確実性が高いということが、現時点で言えること」に如実に表れているように思います。植田総裁は、インフレリスクより景気下振れリスクの方をより意識している、あるいはこれから意識するようになるのではないでしょうか。
報道では、インフレリスクと景気悪化リスクとの板挟みで動き難くなったことを、米連邦準備理事会(FRB)と一括りにして論じる記事を多く見かけますが、そもそも日銀とFRBを同列に評価することはできません。
FRBがインフレをより意識しなければならない一方で、日銀は景気悪化をより意識しなければならない。これが、原油相場上昇に対する交易条件の反応の違いから出てくる、ごく当たり前の帰結だからです。改めて詳しく見ていきましょう。
日本では、原油相場高騰で交易条件が悪化し、景気が下振れる
3月11日のレポート「原油急騰リスクで経済に暗雲?日銀は利上げを待つべきか」でも述べましたが、原油輸入国である日本では、原油相場が高騰すると交易条件が悪化し(実質購買力の低下)、景気に下押し圧力がかかります。
▼あわせて見たい
2026年3月11日: 原油急騰リスクで経済に暗雲?日銀は利上げを待つべきか(愛宕伸康)
図表2は、日本の交易条件と原油相場(サウジアラビア産の代表油種「アラビアン・ライト」)との関係をみたものです。
<図表2 原油相場と日本の交易条件>
これを見ると、明らかに原油相場の高騰により交易条件が悪化している(下落の場合は交易条件が改善している)ことが分かります。ちなみに、図に示した2000年以降で、交易条件が悪化して景気後退になったのは2008年だけですが、このときはリーマンショックが発生した9月より半年ほど前、同年2月から日本は景気後退に陥りました。
もちろん、今回の原油相場急騰で日本が必ず景気後退になるとは限りません。しかし、植田総裁が言う通り、「当面は中東情勢が日本経済にどのような影響を及ぼすかが重要なポイント」であり、「原油価格の上昇に伴う交易条件の悪化が、景気をどの程度下押しする可能性があるかを今後点検していく」というのが、現在の日銀の姿勢です。
米国は原油・石油製品の純輸出国、原油相場が上がれば交易条件が改善する
一方の米国ですが、2000年代後半以降のシェール革命(「シェール層」と呼ばれる地層から石油や天然ガス(シェールガス)が低コストで採掘可能に)によっていまや原油・石油製品の純輸出国であり、原油相場が上昇すると交易条件が改善する国に変貌を遂げています(図表3)。
<図表3 原油相場と米国の交易条件>
図表3を見ると、2020年頃までは、原油相場が上昇すると、日本と同じように交易条件が悪化する傾向があったことが分かります。しかし、例えばロシアのウクライナ侵攻によって原油相場が急騰した2022年から23年を見ると、原油相場の上昇とともに交易条件が大幅に改善しています。
米国の「原油及び粗油」の輸出入額を確認すると(図表4)、2020年中から輸出が輸入を上回るようになり、22年後半以降は純輸出がはっきりとプラスで推移するようになっています。こうした構造変化が、原油相場の上昇に伴って交易条件が改善する国に米国が変貌を遂げた背景にあります。
<図表4 米国の「原油及び粗油」の輸出入金額>
したがって、原油相場が高騰すると交易条件が悪化し、景気を下押しするという構図は現在の米国にはありません。むしろ産油国と同様、それが景気を押し上げることによってインフレを高めてしまうリスクの方を、意識すべきということになります。
もっとも、純輸出のプラス幅がそれほど大きくないことや、ガソリン価格が上昇したときの消費への悪影響なども踏まえれば、交易条件が改善したときの景気への影響が明確にプラスかどうかは、もっと詳細に分析する必要があります。とはいえ、少なくとも原油相場の上昇で交易条件が悪化するという、日本と同じ構図で考えることが適切でないことは間違いありません。
したがって、FRBは原油相場高騰に対してインフレ(もしくはインフレ予想)への直接的な押し上げリスクの方を意識すべきですし、おそらくそうなるだろうと予想しています。
ちなみに、ドイツは日本と同じ構図です。原油相場が高騰すれば交易条件が悪化して、景気に下押し圧力がかかることが、図表5より確認できます。
<図表5 原油相場とドイツの交易条件>
植田総裁のリスクマネジメントアプローチ~4月利上げはあるか~
このように、原油相場の高騰に対してFRBがインフレリスク、日銀が景気下振れリスクをより重視することになると考える背景には、原油相場の上昇に対する交易条件の反応の違いがあります。
植田総裁は記者会見で物価上昇率に上振れリスクが高まれば利上げするのかと繰り返し聞かれ、リスクマネジメントアプローチの観点から、4月のMPMに向けて以下のように述べています。
4月の展望レポートで見通しを再点検しますが、・・・中略・・・中心的な見通しが維持されるのか、変わるのか、維持されるとしても確度が上がるのか下がるのか、ということが最大のポイントです。当然、リスクについても、上方リスクと下方リスクを見て、それが無視し得ないと判断した場合には、リスクマネジメント的なアプローチから、リスクの方に重点を置いて政策を考えるという可能性もゼロではないと思っています。
(出所)日本銀行動画より筆者作成
この受け答えを二、三度繰り返し読み返すと、結局何も言っていないとも受け取れますし、4月利上げの可能性を仄(ほの)めかしたとも受け取れます。
翌日物金利スワップ(OIS)市場が織り込む4月利上げの確率は6割程度と、記者会見前から殆ど変わっていません。ドル円相場も、前述した通り、記者会見に反応しませんでした。その意味では、今回の記者会見における植田総裁自身のリスクマネジメントは成功したと言えるでしょう。
筆者が映像を確認したところ、上の発言は、想定問答に目を落として読まれたものではなく、質問した記者を見据えながらアドリブで答えられたものでした。それを踏まえれば、どこまで政策委員会内、もしくは執行部内でコンセンサスの得られた見解かは不明です。
ただ、一つ言えることは、上の「リスクの方に重点を置いて政策を考えるという可能性もゼロではない」が4月利上げのことを指しているのなら、植田総裁の頭の中では、4月利上げはリスクが顕在化したときの選択肢だということです。つまり、4月利上げがあるかないかは、今後の原油相場や為替次第ということかもしれません。
(愛宕 伸康)

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