「三菱スペースジェット」の開発は厳しい情勢が続いているのに対し、好調な売れ行きで推移しているのが「ホンダジェット」です。同機の特徴はユニークなエンジン配置ですが、これにはどういうメリットや課題があるのでしょうか。

3年連続でデリバリー数No.1を記録

 三菱重工グループが手掛ける「MSJ(三菱スペースジェット)」が幾度の実用化延期の末、2020年11月、開発を「一旦立ち止まる」と発表。大きな壁にぶつかっている状況が見られます。

 ただ一方で、国内メーカーが開発のメインを担った飛行機にもかかわらず、「ホンダジェット」は好調です。同機は、自動車で有名なホンダ(本田技研工業)の航空機事業子会社であるホンダ エアクラフト カンパニー(アメリカに本社がある航空機メーカー)が手掛けるプライベートジェットで、2017年から3年連続で小型ジェット機のカテゴリーにおいて、世界1位のデリバリー(顧客への納入)数を記録するほど人気を博しており、まさに大躍進といった状況です。

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報道陣に公開された「ホンダジェット エリート」(2018年、伊藤真悟撮影)。

 このホンダジェット、見た目にもひとめでわかるような大きな特徴があります。それはエンジン配置で、多くのジェット機では主翼下に吊り下げる、もしくは胴体の尾部に備えるのが一般的なのに対し、ホンダジェットでは、主翼の上にエンジンを取り付けているのです。

 このユニークな配置にはどのようなメリットがあるのでしょうか。まずエンジンを上につけてしまえば、主翼を低い位置に配置できます。主翼の上に胴体が乗っかる形になるので、構造的に丈夫でありながら軽くできます。また、この構造を採用したことで、客室スペースも広くなったというのもポイントといえるでしょう。

まだまだある! 快適性に大きくプラスの翼上エンジンのメリット

 ホンダジェットで採用されている主翼上面にエンジンを取り付けるメリットは、まだあります。

 プライベートジェットでは、「リアエンジン配置」といって、胴体後部に直接エンジンが付いている構造が多く見られます。この配置だと、飛行中はもちろんのこと、着陸時にも「逆噴射(エンジン噴射の方向を推進力を得る後方ではないところに噴射し、減速を図る)」によって機内、特に後部座席では振動と音が響きやすいというデメリットがあります。それに対して、ホンダジェットはエンジンが翼付けのため、客室内に響く騒音を抑えることができるのです。

 また、主翼が最も低い位置にあるため、脚を短くすることができます。この場合、長いタラップが不要になり乗り降りがしやすくなります。ホンダの創始者である故・本田宗一郎さんは、自社での航空機開発を目標にするとともに、その理想は「自動車感覚で搭乗できる」というものだったとのことで、乗降のしやすさはそれに通じるものがあります。また、脚が短いことで、滑走路を走るときの安定性が増すというのも特徴です。

 ここまで挙げると、ホンダジェットのエンジンの配置はいいことづくしのように思えますが、他の航空機メーカーで一般的になっていないのはなぜでしょう。それはメリットだけではなく、当然いくつかのデメリットもあり、これらの課題をクリアする必要があったからです。

メリット多数!? の翼上エンジン どんなハードルが?

 まず、ホンダジェットのエンジン配置で難しい点は、主翼上面の気流が乱されることでしょう。飛行機が飛ぶために必要な「空気合力」を増やすためには、主翼上面の空気の流れに乱れがないことがとても重要です。ただ、ホンダジェットのようにエンジンが上にあると、エンジンと翼を接続している「パイロン」が、きれいな空気の流れを妨げてしまう可能性があるのです。

 ホンダジェットでは、胴体とエンジンの配置について何度も検証を重ねたうえで、最適な位置を模索しています。そのため、正面から見ると、エンジンパイロンが中央ではなく、外側でエンジンを支えているのがわかります。

日の丸民間機唯一の勝ち組? 「ホンダジェット」 なぜ主翼の上にエンジンが? 利点は

報道陣に公開された「ホンダジェット エリート」のエンジン部分のアップ(2018年、伊藤真悟撮影)。

 また、エンジンが主翼上面にあると空気抵抗で飛行中の機首上げの元凶になり、エンジン推力はその逆で機首下げモーメント(力の大きさや向き)を発生させます。また、機体後部の水平尾翼を、エンジン推力と干渉しないように配置する必要があります。ちなみに、先述のプライベートジェットで見られるリアエンジン配置機が、機体尾部の水平尾翼と垂直尾翼がまとまって備わる「T字配置」や「十字配置」なのはこのためです。つまり、ホンダジェットは、一般的なプライベートジェットとはさまざまなバランスが根本的に異なるもので、これを調整してあげる必要があったのです。なお、整備の面から見ても、エンジンが主翼の上にあると、下から点検、整備をする際に脚立などを使用しなければならないため、メンテナンス性で劣るという懸念もあります。

 とはいえ、ボーイング737型機やエアバスA320型機など、よく見る一般的な旅客機のエンジン配置、すなわち主翼下面へのエンジン取り付けの場合は、整備性は良いものの、FOD (foreign object debris)といって、地面のゴミをジェットエンジンが吸い込んでしまうことがあるので、特に未舗装の飛行場で運用する場合は、吸い込みが懸念されます。

 このように、エンジン配置ひとつとっても一長一短あり、航空機開発の難しさを物語るエピソードといえるでしょう。ホンダジェット、乗る方法はないものでしょうか……。

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