惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ってきた小惑星の砂が入っているとみられるカプセルが、3発エンジンのビジネスジェットで羽田に到着。偶然にも「はやぶさ」を意味する「ファルコン」の愛称を持つこの飛行機の来歴を見ていきます。
2020年12月8日(火)の午前7時過ぎ、1機の飛行機が羽田空港に着陸しました。この機で運ばれたのは、オーストラリアで回収された、小惑星探査機「はやぶさ2」の、小惑星の砂が入っているとみられるカプセルです。
この大役を担ったのは、羽田空港で一般的な旅客機ではなく、現代では珍しいエンジン3発のビジネスジェットでした。この機体、フランスのダッソー社が手掛ける「ファルコン 7X」というモデルです。「ファルコン(Falcon)」は和訳すると「隼(はやぶさ)」。この偶然の一致を持つ飛行機の来歴は、どのようなものなのでしょうか。
ダッソーの「ファルコン7X」(画像: Dassault)。
ダッソー社はビジネスジェットの「ファルコン」シリーズのほか、デルタ翼戦闘機「ミラージュ」や、ジェット旅客機「メルキュール」などを手掛ける航空機メーカーで、元をたどると1920年代に創設されました。何度か会社の形態が変わりながら、現在も新型機を開発製造していますが、ヨーロッパの航空市場の超大手「エアバス」には参画せず、独立した業態を維持しています。
「ファルコン」シリーズの初期モデル「ファルコン20」は、アメリカやヨーロッパにおけるビジネスジェット機市場の発展にともなって開発された機体で、試作機は「ミステール・ファルコン」という名称でした。それまでダッソー社では、亜音速(マッハ1に満たない程度の速度帯)のジェット戦闘機として「ミステール」という機体を開発。その主翼の設計を流用し、胴体後方左右にエンジンを二基配置することで、最大20名が搭乗できるビジネスジェットを誕生させたのです。
「ファルコン20」は、1963(昭和38)年の初飛行後、当時アメリカで隆盛を誇っていた「パンナム」ことパンアメリカン航空に採用されます。その際、アメリカで既存のジェット旅客機よりもエンジン音が静かなところから “ファンジェット・ファルコン” という静粛性をウリにした愛称が付けられ、合計で500機以上生産されました。
この成功を機に、ダッソー社のビジネスジェットは「ファルコン○○」と名付けられ、シリーズ化するようになりました。
ちなみに「業界あるある」ですが、アメリカ空軍のF-16の愛称を「ファルコン」にしようとしたところ、すでにダッソー社の「ファルコン」が存在しており被ってしまうため、「ファイティング・ファルコン」としたとか、しないとか。

ダッソーのファルコン50(画像:Tomas Del Coro[CC BY-SA〈https://bit.ly/3ordJzs〉])。
「ファルコン」シリーズが順調なスタートを切った、1970年代のビジネスジェット業界では、大西洋横断がひとつのベンチマークとされていました。しかし当時、これを実現するためには双発機の場合困難だったのです。
というのも、当時の双発ジェット旅客機には洋上飛行の規制があったからです。1953(昭和28)年にFAA(アメリカ連邦航空局)が当初は双発プロペラ旅客機の洋上進出距離を制限していた規則を、ジェット旅客機に転用する際、飛行できる距離を「60分で空港にいける範囲まで」と改めました。その後1964(昭和39)年に三発機以上のジェット旅客機には60分の制限を課さないこととなりましたが、双発機が洋上飛行するには、現在とは違いエンジンの信頼性があまり高くなかったことから、通常の旅客便で大西洋横断することはまだ、事実上不可能な状態だったのです。そこで「ファルコン」シリーズでは、垂直尾翼の下に第3エンジンを搭載することで解決することにしました。
こうして生まれた3発機は「ファルコン50」と呼ばれ、1976(昭和51)年に初飛行。
その後、この3発機をベースにして、ダッソーは新モデルをデビューさせます。たとえばエンジンを換装した派生型「ファルコン50EX」や、機体の大型化や主翼などの設計変更をし、500機以上の販売実績を持つ「ファルコン900」などです。とくに「ファルコン900」は海上保安庁でも採用されたので、見たことがある方もいるでしょう。

海上保安庁のダッソー「ファルコン900」(画像: 海上保安庁)。
「はやぶさ2」関連でスポットライトのあたった「ファルコン7X」は、「ファルコン900」を形状はそのままに、最新の技術を採り入れて開発されたもの。かつてのように双発機が長距離を飛べない時代でもないにも関わらず、3発エンジンのスタイルとしたのは、安全性を保ちながら航続距離を確保するためと思われます。とはいえ、初飛行は2005(平成17)年と、21世紀デビューの飛行機です。
「ファルコン7X」は、性能的には太平洋も横断できる1万km以上の航続距離を持ち、従来の「ファルコン」シリーズより機内の静粛性も増し、燃費も向上しています。ちなみに、お値段的にも、ライバル機とされるボンバルディア(カナダなど)の「グローバル・エキスプレス」やガルフストリーム(アメリカ)のG550より安いとのことです。
確かに、今回の「ファルコン7X」は、オーストラリアから羽田まで約7,500kmを7時間で飛行し、小さな物体を運ぶには最適の輸送機と言えるかもしれません。とはいえ、誰がこの機体をオファーしたのか私(種山雅夫、元航空科学博物館展示部長 学芸員)は少し気になったりします。
ちなみに、機体を保有するのは、「Brenzil Pty Ltd」というブリスベン(オーストラリア)にあるビジネス機チャーター会社のようで、何度か日本への飛来歴があるようです。