航空機大国アメリカでは、未完成の飛行機が売っています。自分で組み立て、自ら整備し、自身で飛ばす……そうした「ホームビルト機」が航空産業を支えるほど普及したのには、ワケがありました。
アメリカでは、航空黎明期といえる1920年代より自作飛行機を製作して飛ばすことが広く行われてきました。
ホームビルト機の最大手、オレゴン州にあるヴァンズ・エアクラフト社の「RV6」(細谷泰正撮影)。
1930年代には、すでに自作機の安全基準が制定され、それを満たす機体は実用機としての飛行が認められていたのです。それは自宅で組み立てられることから「ホームビルト機」と呼ばれ、設計を含めて一から自力で行う場合もあれば、設計段階の検査をすでに受けている組み立てキットを購入して、それを組み立てる方法などがあります。
しかもアメリカには、キットを組み立てたホームビルト機を自家用機として使用することを後押しする制度があります。これは通称「51%ルール」と呼ばれる制度で、組み立て作業の51%以上をユーザー自身が行うのであれば、完成した機体の整備士資格も限定的ながら自動的に付与されるというものです。
この制度により、自分が組み立てた機体を、自分で整備して、自家用機として使用することができるのです。こうすることで、購入費用と維持費の両方を安く抑えられるという大きなメリットがあるのです。
1980年代になると、それまで一部の愛好家による趣味の領域であったホームビルト機が一躍脚光を浴びるようになりました。要因はメーカーに対するPL(製造物責任)が大きくなったことです。同時期、PLを問う判例が相次ぎ、航空機メーカー各社には高額な賠償負担とともに急騰した保険料がのしかかったのです。
ホームビルト機に新技術が次々投入されたワケ結果、航空機メーカーの多くは小型機の生産を縮小し、生産が維持された航空機も価格が跳ね上がってしまいました。
1980年代はコンピューターによる空力設計や、機体構造への複合材料の導入が大きく進みましたが、PL関連コストが重荷となり、航空機メーカーは新型機の開発に消極的になっていきます。ところが、PLの問題をユーザーの“自己責任”で回避できるホームビルト機は、新技術を積極的に取り入れることができ、次々に高性能機が登場しました。結果、性能面でもホームビルト機はメーカー製完成機に比肩するようになったのです。
そのようなホームビルト機のキットメーカーをいくつかご紹介します。

ランスエア社製のホームビルト機のキット。複合材料製のため、一見すると模型飛行機のよう(細谷泰正撮影)。
西海岸北部にあるオレゴン州のヴァンズ・エアクラフト社は金属製のキットを販売するホームビルト機の最大手です。有名な同社の製品である「RVシリーズ」は単座から四座まで数種あり、生産数は各型合計で、すでに1万機を突破しています。たとえば、2人乗りの「RV6」は2600機以上が出荷されており、ナイジェリア空軍では練習機として「RV6A」を採用しているほどです。
同じくオレゴン州のランスエア社は複合材料製の高性能機をキットで販売しています。現在は2人乗りと4人乗りの2種類のキットを生産していますが、以前生産していた最高級機種である「ランスエアIV」は、同社初の4人乗りキット機でありながら巡航速度500km/hを誇りました。
この高性能に着目したNASA(アメリカ航空宇宙局)は、「ランスエアIV」を完成機として型式認証を取得して生産することを推奨したのです。その結果、生まれたのが小型機メーカーとして有名なセスナ社において、最高級単発機として登場した「セスナTTX(旧コロンビア300/400型)」です。
キットメーカーから完成機メーカーにステップアップした例も内陸部北部にあるミネソタ州のシーラス社は、ホームビルト機のキットメーカーとして1980年代にウィスコンシン州で創業しました。同社の飛行機は複合材料を主翼と胴体の両方に採用し、洗練されたデザインが特徴ですが、キット機メーカーの技術を活かして完成機メーカーへと脱皮を図っています。
この転身により、シーラス社は現在、単発プロペラ機と単発ジェット機を生産しています。プロペラ機の「SR20」シリーズは、先進的な空力デザインにより、固定脚でありながら引き込み脚に匹敵するほどの速度性能を誇るのが特徴です。また墜落時の死亡事故を抑制するため、機体背部にパラシュートを装備するのが特徴で、単発機としては王者セスナ社を抜いてベストセラーの地位を確立しています。

ランスエア社のホームビルト機「ランスエアIV」。大人4人が乗ることが可能(細谷泰正撮影)。
なお、高性能と高い安全性からアメリカ空軍士官学校では「SR20」を練習機として採用。日本の航空大学校もシリーズのひとつ「SR22」を練習機として用いています。
このように、いまやホームビルト機は航空機大国アメリカには不可欠の存在にまでなっています。
なお、アメリカでここまでホームビルト機が発展した要因のひとつには、新しい技術を果敢に取り入れる文化があり、それを支え発展させる制度が充実している点が挙げられます。このことが、航空機大国アメリカを支える大黒柱であるといえるのではないでしょうか。