毎年12月になると南太平洋の島々に対して援助物資の空中投下、いわゆる「クリスマス・ドロップ」が行われています。同じようなことを60年以上前、発足当初の海上自衛隊も日本国内で実施していました。
2020年現在、12月のクリスマスの時期になると「クリスマス・ドロップ」作戦と呼ばれる物料投下訓練(正式名称:ミクロネシア連邦等における日米豪人道支援・災害救援共同訓練)が行われています。アメリカ空軍、オーストラリア空軍、そして航空自衛隊などの輸送機が人道支援を目的にミクロネシア諸島の住民に生活用品などを空中投下するもので、2020年も12月5日から11日に実施されました。
実は日本国内でも、いまから60年以上前の1950年代後半、海上自衛隊のヘリコプターが同じような「物料投下」を行っています。
青森県立三沢航空科学館に保管展示される東北電力のWS-51ヘリコプター。海上自衛隊が使用したS-51ヘリコプターと同型(2017年9月、リタイ屋の梅撮影)。
海上自衛隊版「クリスマス・ドロップ」といえるようなプレゼント投下が行われたのは、本州最北端の下北半島、青森県佐井村と川内町(現・むつ市)の境にあった「野平(のだいら)開拓地」です。実施した部隊は青森県大湊基地の大湊航空隊(現・第25航空隊)。ヘリコプターはウエストランド・シコルスキー社製のS-51型3機でした。
S-51は1946(昭和21)年にアメリカのシコルスキー社が開発した、ごく初期のヘリコプターです。1950年から1953年にかけて起きた朝鮮戦争では、負傷兵の救助搬送に用いられ「コンバットレスキュー」の先駆けとなった機体です。
初期のヘリコプターとしては成功作で、軍民合わせて220機ほど生産され、イギリスのウエストランド社でもライセンス生産されています。
当初は千葉県の館山基地で運用されていましたが、日本海を経て津軽海峡に流れ込んでくる朝鮮戦争当時の機雷から青函連絡船(1988年廃止)を守るため、青森県の大湊基地に移転。S-51は新生大湊航空隊の所属機として津軽海峡の定期哨戒飛行に従事するようになったのです。
始まりは「クリスマス・ドロップ」ならぬ「ニューイヤー・ドロップ」海上自衛隊大湊基地は陸奥湾に面した南側にあり、S-51ヘリコプターが津軽海峡の哨戒にあたるためには下北半島の内陸部上空を飛ぶ必要がありました。飛行を繰り返すなかで、しばらくすると大湊基地に何通もの手紙が届くようになります。差出人は飛行コースの真下にある野平の小中学生たちでした。
野平は第2次世界大戦後に満洲やシベリアからの引揚者により開かれた集落でした。当時は自動車道も電気も電話もない、農作物の収穫も乏しい荒れた土地で、冬に唯一の交通機関である森林鉄道が止まると完全に閉ざされる、非常に厳しい環境の地でした。
そのような過酷な暮らしのなか、毎日空を行くS-51ヘリコプターはすぐ子どもたちの人気者になります。授業中でもヘリコプターの音を聞くと、校庭に飛び出して手を振る子どもたちの姿に、隊員たちもなにか手を差し伸べたいと思いますが、航空法などの規則もあり実行できずにいました。

青森県立三沢航空科学館に保管展示される東北電力のWS-51ヘリコプター。同社は1953年に送電線のパトロール用として導入した(2017年9月、リタイ屋の梅撮影)。
しかし1957(昭和32)年の正月、定期飛行帰りのS-51から隊員が自費で買った絵本を投下します。これを皮切りに他の隊員も学用品や書籍、菓子などの「物料投下」を開始。雪解けとともに届いた数多くの手紙に、大湊航空隊の司令が「ある決断」をします。
5月のある晴れた日、司令自ら操縦桿をにぎる定期飛行帰りのS-51が野平小中学校の校庭に着陸。どよめく子どもたちに慰問品を手渡ししたのです。この出来事は「ヘリコプターのおじさんありがとう」という見出しで全国紙の記事にもなりました。
このあとも運動会でにぎわう校庭上空で“祝賀飛行”をしたり、クリスマスにはたくさんの羊羹をプレゼントしたりと、大湊航空隊と野平の人々の心温まる交流は続きます。
10年以上続いたヘリパイと住民との現地交流このように野平の人々に愛されたS-51ヘリコプターでしたが、設計が古いだけに性能は高くなく整備性もあまりよくなかったようです。1960(昭和35)年ころからは老朽化も進み、山越えができなくなったため飛行コースから野平がはずれますが、慰問飛行は続けられました。
しかし1961(昭和36)年3月、救難出動中に3名が殉職する事故で1機喪失。残る2機も同年中に引退しますが、慰問飛行は最新鋭のシコルスキーHSS-1対潜ヘリコプターに引き継がれ、交流は昭和40年代まで続いたそうです。

野平小中学校に飛来したS-51のイメージ。
実働わずか7年、たった3機しかなかった海上自衛隊のS-51は、残念ながら2020年現在、1機も残っていませんが、東北電力が運用した同型機のWS-51「きたかみ号」が、青森県立三沢航空博物館(※2020年12月現在、リニューアルのため休館中)に保管されています。同じ青森の地に残されたS-51ヘリコプターに逢えたら、往時をしのぶことができるかもしれません。