水上艦艇が敵ミサイルの脅威に対し、これを叩き落とす手段を講じているのと同様に、戦車も対戦車砲弾を迎撃する手段が考案されていますが、世界的に見てまだあまりメジャーなものではありません。その背景と現状を解説します。
戦車の「盾」すなわち防御は基本的に、装甲を厚くし、材質を改良して耐えることです。そのためどんどん重くなり、現代の主力戦車には車両重量が70tというものもあります。動くだけでも大ごとで道路や橋のインフラのみならず、自らも壊れてしまいますので、重装甲も限界に達しているといわれます。
防衛装備庁陸上装備研究所が研究中のAPSを90式戦車に搭載したイメージ(画像:防衛装備庁)。
一方で対戦車兵器は砲弾や対戦車ミサイル、携帯対戦車火器の新技術が登場して現状、シーソーゲームは「矛」有利に傾いているようです。特にRPGと呼ばれる携帯対戦車ロケット弾は安価で扱いやすく、それなりの威力もあるため大量に世界中に出回り、戦車部隊の頭痛の種になっています。

携帯対戦車火器のベストセラーRPG-7。9か国以上で生産され、採用国は50か国以上、正確な生産数は不明だが900万以上と言われる(画像:アメリカ空軍)。
第1次世界大戦における1916(大正5)年9月の「ソンムの戦い」で、世界最初の実用戦車であるイギリスのマークI戦車が実戦に投入され、そしてドイツ軍がすぐに対抗策を講じてから、「盾と矛」すなわち戦車装甲と対戦車兵器の、100年以上にもおよぶシーソーゲームは始まりました。そして現状では上述のように、「矛」が有利に傾いています。
2003(平成15)年に始まったイラク戦争において、現地へ派遣されたアメリカ軍は、世界最強とされるM1「エイブラムス」戦車やM2「ブラッドレー」歩兵戦闘車などの重戦闘車を持ち込みました。しかし戦車同士の撃ち合いなどは起こらず、仕掛け爆弾や待ち伏せなどゲリラ戦に悩まされます。
分厚い装甲をまとい重量60t以上のM1も市街戦に誘い込まれ、徒歩のゲリラが至近で撃ち込むRPGで、撃破こそされないものの、足回りに被害を受けたり、外部視察装置やセンサーが破壊されたりして行動不能になってしまう事態が発生しました。60tもの鋼鉄の塊を、いつ襲撃されるか分からない市街地で回収するのは大ごとです。
さらに最近では、ゲリラといっても国家がバックアップしているような組織もあり、そうした組織では最新の対戦車ミサイルも使われるようになっています。
対戦車弾 もう耐えられないなら撃ち落とそう!ここまで述べてきたように、「装甲を厚くして耐える」というのは受動的(パッシブ)対応といえますが、一方で飛んでくる対戦車弾に対し戦車から迎撃弾を発射して装甲に当たる前に撃ち落とそうという、「アクティブ防御システム(APS)」というアイデアがあります。歴史は意外と古く、旧ソ連が「ドロースト」というAPSを1977(昭和52)年に登場させています。
「ドロースト」は、ドップラーレーダー(反射波の波長で、対象の相対的な速度と移動の変位量を検出できるレーダーのこと)で飛んで来る対戦車弾を探知し、コンピューター制御でタイミングを測って迎撃弾を発射、飛来する弾を破壊するために重量3gの破片を散乱させます。レーダー装置、迎撃弾ランチャー、発射管制装置など大がかりなシステムが必要でした。

アフガニスタン軍によるPRG-7の実射。後方にも激しいバックブラストを発生させる(画像:アメリカ海兵隊)。
アフガニスタンの実戦では、迎撃率80%とされ効果が認められたものの、対戦車砲弾の飛来を感知すると自動で迎撃弾が発射され至近でさく裂するため、戦車自身は無事でも周囲の味方に少なくない副次被害を出してしまいました。しかも対戦車弾を警戒してレーダー波は出しっぱなしとなり、戦場ではとても目立ってしまいます。実際、APSは扱いにくく、ソ連も他国も導入に積極的ではありませんでした。
しかし、最近では戦闘の様相は大きく変化し、イラクでのアメリカ軍は行動中、仕掛け爆弾の起爆を妨害する電波を常時発し、歩兵も装甲車内に籠るようになっており、すなわちAPSの使用環境は整ってきました。そうしたことから、特に装甲を厚くできない装甲車の防御力強化策として、昨今、APSが注目されています。
APSは使いものになるのか 対抗策もすでに…?こうした状況を受けた、いわば昨今の戦場に合わせたAPSとしていち早く実用化しているのが、イスラエルの「トロフィー」、ロシアの「アフガニート」などです。イスラエル製APSはアメリカ陸軍もトライアルを実施しています。

「トロフィー」APS。(上)飛来する対戦車ミサイルをレーダーで検知(中)追尾し迎撃タイミングを算出、乗員に警告(下)迎撃弾を発射(画像:ラファエル)。
「トロフィー」の有効性は確認されましたが、レーダーや制御コンピューターを作動させるには大量の電力が必要で、システム自体が重くてかさばります。大型の戦車には装備できますが、小型の装甲車には容量が足りません。重くなりすぎた装甲から脱却しようというのに、APS自体が重くかさ張っているという矛盾です。

ロシアのT-14戦車に搭載されている「アフガニート」APS(ロシア国防省画像を月刊PANZER編集部にて加工)。
日本は、周囲への副次的被害からAPSには消極的だといわれていましたが、現在、防衛装備庁が独自システムを研究しています。迎撃弾を、破片方式ではなく大きな風船のような膨張体方式で迎撃できないか、など、独自のアイデアもあります。
一方、対戦車弾もただ撃ち落とされるわけにはいきません。ロシアはオトリのロケット弾を発射してAPSを誤作動させた直後に本物の対戦車ロケット弾を発射するという、二段構えの対戦車ロケットランチャーRPG-30を2012(平成24)年から配備しています。盾と矛のシーソーゲームは、100年どころか永遠に終わりそうにありません。