アントノフといえば、世界最大のモンスター大型貨物機An-225「ムリヤ」を手掛ける航空機メーカーですが、実はターボプロップ機でも世界最大級の機体「An-22」を生み出しています。どういった機体なのでしょうか。

An-225「ムリヤ」&An-124「ルスラン」の影で

 旧ソ連、現ウクライナの航空機メーカーであるアントノフ社が開発し、1965(昭和40)年2月27日、初飛行に成功した大型貨物機が、An-22「アンテイ」です。同社が手掛けたモデルといえば、世界で最も重い航空機として知られる、モンスター大型貨物機An-225「ムリヤ」がよく知られていますが、そのユニークさでは、An-22も負けてはいません。

 アントノフ社は、オレグ・アントノフ氏が1946(昭和21)年に設立した、旧ソ連時代の設計局を前進とする航空機メーカーです。アントノフ氏は、1984(昭和59)年に60才でこの世を去っているものの、ロシア初期の航空人としてその功績は国内で広く知られ、アントノフ社では今年(2021年)2月7日にも、彼の生誕115年を祝っているほどです。

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アントノフAn-22「アンテイ」(画像:Antonov Company)。

 アントノフ社というと、とくに貨物機で多くの傑作機を開発しており、ソ連崩壊後、ウクライナの企業となった現在もなお、その血を受け継ぎ、既存機の改良や新型機の開発を続けています。

 同社の製品で広く知られているのは、先述の世界最大6発ジェット(ターボファン・エンジン)貨物機An-225「ムリヤ」と、その原型となった4発ジェット機のAn-124「ルスラン」でしょう。なお、An-225は不定期ではあるものの、数年に一度のペースで日本に飛来することがあるほか、An-124は重量物の輸送などで、中部空港を始めとしてしばしば日本に飛んできています。

 しかし、同社の貨物機はこれだけではありません。アントノフでは、たとえばAn-8、An-10、An-12といったプロペラ推進のターボプロップ機も開発されています。これらの強みは、不整地でも運用できることです。

 これらのモデルの機首を見ると、下側に窓が備わっています。

これは不整地に着陸するための工夫の一環で、この窓から着陸する地面の様子を注視しているとも聞いたことがあります。

なんでジェット機にしなかったの? An-22が異形巨大機になるまで

 An-22「アンテイ」は、四発ターボプロップ機An-12の発展型として開発されました。開発当時、輸送機としては最大の胴体直径を有しており、貨物機とはいえワイドボディの先駆けとも。その大きさは全長57.84m、全幅64.40m。ボーイング787-8(全長56.7m、全幅60.12m)より少し大きいくらいでしょうか。ちなみに、ベースとなったAn-12と同様「機首部分の窓」も健在です。

 An-22「アンテイ」が開発された時代は、大きな推力を発生できるターボファン・エンジンもすでに開発されていましたが、同機では、あえて二重反転プロペラを備えたターボプロップ・エンジンを採用し、「高翼配置」と呼ばれる、主翼を高い位置に配置した構造を用いています。

世界最大巨漢機「ムリヤ」もびっくりプロペラ怪鳥 アントノフ「An-22」はなぜ誕生?

アントノフAn-225「ムリヤ」(画像:Antonov Company)。

 An-22「アンテイ」は、An-124「ルスラン」やAn-225「ムリヤ」が製造されていた際、それらの翼を、主翼組立工場から最終組立工場に空輸していたそうです。

 近年では、各国で組み立てた部品を、エアバスでは「ベルーガ」ことA300-600STが、ボーイングは747-400を改造した「ドリームリフター」が、それぞれ最終組立工場に空輸する様子が見られますが、これらは胴体内、貨物室に収容して運んでいるのに対し、An-22は背負うかのごとく、主翼パーツを胴体上部に取り付けて空輸していたといいます。

 An-22「アンテイ」は、先述の巨大機2モデルと同じく、デビューから半世紀以上たった現在も現役です。アントノフ社は、傘下に航空貨物専用航空会社を保有し、こういった異形の貨物機を運航しています。

また荷物のなかには、通常の旅客機ベースの貨物機では搭載できないようなものも含まれています。

 ちなみに、「アンテイ」「ルスラン」「ムリヤ」は、すべてギリシア神話の英雄の名前で、アントノフ製の巨人機には、こういった愛称が付与されているのも特徴でしょう。


※一部修正しました(3月9日11時41分)。

【動画】本領発揮する「モンスタープロペラ機」アントノフ「An-22」
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