30年ぶりに新型の国産大型ロケットが誕生しようとしています。それに合わせて種子島宇宙センターのロケット運搬用車両も新型のモノに。
「3、2、1、0!」「リフトオフ!」カウントダウンの声と共に、光と轟音をまとって空に昇っていくロケットは、とても迫力があります。日本では2021年度中の打ち上げ開始を目指して、現在、30年ぶりとなる新たな大型液体ロケット「H3」の開発が進められていますが、実はこの新型ロケットに、新幹線車体でトップシェアを誇る老舗鉄道車両メーカー、日本車輌製造が大きく関係しています。
日本車輌製造製のH3ロケット用移動発射台運搬台車(金木利憲撮影)。
日本車輌製造は、一般的には鉄道車両のイメージが大きいかもしれませんが、他にもプラント用の移動機械や橋梁、鉄骨、タンクローリー、大型杭打機といった車両や装置も製作しており、大型産業用機械を幅広く手がけるメーカーでもあります。
その一環で、同社はH3ロケットを組立棟から射点まで運ぶための専用車両も担ったのです。正式名称「H3ロケット用移動発射台運搬台車」、通称「ドーリー」と呼ばれるこの車両は、ロケット打ち上げには絶対欠かせません。
筆者(金木利憲:東京とびもの学会)は以前、日本車輌製造に話を聞いたことがあるのですが、そのときの説明では、ドーリーの開発にあたってはトンネルなどの工事現場や造船所で用いる超大型・超重量品搬送キャリアの開発製造経験が元になっているということ。とはいえ、それでも約1600tの重量物を運ぶ機械は初めての経験で、苦心したともいっていました。
ドーリー=ロケット運搬の「縁の下の力持ち」2021年現在、日本の国産大型ロケットのほとんどは種子島から打ち上げられていますが、ここでは組み立てと発射を別の場所で行っています。打ち上げ日に合わせて機体組立棟(VAB)という建物内で、移動発射台(ML)の上に組み立てられたロケットは、おおむね発射13時間前に打ち上げ場所である射点(LP)に移動します。
ドーリーはこの移動時に使われる車両です。
現在使われているH2Aなどのドーリーは三菱重工製ですが、製造から20年が経ち老朽化も進んできたことなどから、H3のものは新造されることとなり、日本車輌がこの新型ドーリーを担当したのです。

種子島宇宙センター大型ロケット発射場(大崎射場吉信射点)の位置関係(金木利憲撮影)。
日本車輌製造製の新型ドーリーは、1台あたりの全長は約25m、高さと幅は双方約3m。発射台を持ち上げる必要があるため、高さ方向に60cm昇降できるようになっています。これが2台1組となって協調運転し、H3ロケットを運びます。タイヤは鉄枠にウレタンをはめ込んだ構造で、全部で56輪。2台1組で、それぞれステアリング機構をもち、旋回、斜め走行、横移動など自由自在に動くことができます。
ロケットと発射台を合わせた重量は、現行のH-IIAで約1400t、H3では約1600tにのぼります。16両編成の新幹線(N700A)が1編成約700tですから、ドーリーは2編成、実に32両分の重量を丸ごと持ち上げて運ばなければなりません。しかも全高は約60mです。
力持ちである代わりに速度は遅く、最高速度は直線で2km/h、カーブで1km/h。軽量化のために華奢な構造となっているロケットを倒したり壊したりしないよう、水平を保ち、静かに運びます。
日本車輌製造の担当者いわく、この背が高く重いものを傾けず静かに運ばなければならない、という条件をクリアするのが開発するうえで最も難しかった部分ということです。苦心の結果、水平はプラス・マイナス0.2度、加減速時の加速度は0.08G以下となりました。
運転席には運搬時に人が乗りますが、これは緊急停止したり、トラブル時に迅速に対応したりするためで、基本的には走行路や発射台に埋め込まれたガイド用の磁石をセンサーでたどり、自動で走ります。
重いものを支える基礎となる台枠の部分には、日本車輌が鉄道車両や橋の製造でつちかった重量構造物の技術が生かされています。また、4基搭載されているディーゼルエンジンは鉄道用のものを元に、大きなトルクが出るようにチューンナップしているとのことです。

車体下面に取り付けられたガイド用センサー(金木利憲撮影)。
新型ドーリーは種子島宇宙センターに運び込まれ、2019年度から翌2020年度にかけテスト走行が行われました。
2021年3月17日および18日には極低温点検(打上げ当日と同じ手順でロケットに推進薬を充填し、ロケットおよび地上設備の機能等を確認する試験)において、始めてH3ロケットを載せた姿で私たちの目の前に現れています。
30年ぶりの新たな国産大型ロケットH3の打ち上げに合わせて新造された日本車輌製造のドーリー。確実に必要な車両ながら目立たないその様子は、まさしく「縁の下の力持ち」そのものです。