運用開始から1年が経過した「羽田新ルート」。米国の旅客機が初めて時間外運用を実施し、一部で再び議論の的になりました。
2021年5月21日(金)、アメリカのユナイテッド航空881便が、シカゴ空港から羽田空港に向かう途中、12時45分ごろ緊急状態を宣言。この機は無事に羽田空港へ着陸したものの、この時用いられた着陸ルートが、東京都心を通るいわゆる「羽田新ルート」、しかも規定の時間外だったことから、メディアで取り上げられることとなりました。
今回の事象は、離着陸など低速飛行時に十分な揚力を得るために使う主翼前側の高揚力装置「スラット」のトラブルによるものです。しかしながら、騒音や振動の問題から、その是非が問われる羽田新ルートの「ルール違反」と映ったためか、一部で議論にもなっています。
ユナイテッド航空のボーイング787-9。トラブルを起こした機とは別のもの(乗りものニュース編集部撮影)。
羽田新ルートは、旺盛な航空需要に対応する羽田空港の処理容量拡大を目的に、2020年3月29日から運用が開始されたもの。通常は南風が吹く日の15時から19時のうち3時間に限定して使用するルートです。
運用から約1年が経過しましたが、今回初めて、緊急状態を宣言してから着陸時刻となる13時23分の間に、当該機が千葉銚子沖から羽田空港の北側に回り込み都心上空を通るルートを飛行しました。
今回の事象に対する議論は、パイロットの判断の是非もさることながら、空港の騒音問題が背景に横たわっています。元航空管制官の立場から今回の事象を振り返ってみます。
今回ユナイテッド航空のパイロットは緊急状態の宣言を出し、航空機運航の最高責任者として、航空管制官に対して羽田空港で最も長いC滑走路(3360m)への着陸を要求しました。
その原因は、前出の通り機体トラブルです。不具合をきたし宣言の理由となったスラットをはじめ、フラップ、エルロン、エレベーターなど、飛行機の翼面に付いていて、機体の動きを制御する部品を「フライトコントロール系」と呼びますが、これらの機能が失われると、着陸時の減速や急激な風の変化への対応が困難になり、着陸の難易度は格段に上がります。
当該機のパイロットは、やや高速気味の着陸でも滑走路をオーバーランしないよう備えるべく、着陸したい滑走路を、ある意味“問答無用に”選択できる権限を得る緊急状態の宣言を選択したものと考えられます。

「羽田新ルート」で羽田空港に着陸する旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。
このルートを時間外に取ったことがルール違反かといえば、そうでもありません。「緊急状態又は避けがたい事態にある場合」は羽田新ルートの使用規定の例外に当たるからです。
なお今回の機材は、低騒音とCO2(二酸化炭素)削減技術の結晶とも言えるボーイング787型機であり、着陸まで約5分前の3000フィート(約915m)付近までは、騒音防止法で定められた基準値以下の騒音レベルで飛行できます。
サイレンが煩いから、という理由で救急車の進路を塞ぐ人がいないように、騒音軽減を図るために運用時間を絶対に守ることと、人命を天秤にかけて良いはずがない――今回のユナイテッド航空の事象から筆者(タワーマン:元航空管制官)は思うのですが、この論争による騒ぎは静まる気配はないといえるのかもしれません。