太古の昔より海の上には国際的なルールが作られて来ましたが、例えば公海における他国の船や国籍不明船による不法行為は、誰が、どのような根拠で取り締まるのでしょうか。最新の事例からそうした海の上のルールを解説します。
2021年5月6日(木)、アメリカ海軍の巡洋艦「モンテレー」がアラビア海で国籍不明の小型船を停船させ調べたところ、船内から数千丁の小銃やロケットランチャーなどを含む大量の武器を発見しました。これらの武器は2日間をかけて「モンテレー」に運び込まれ、その量はなんと同艦の後部甲板を埋め尽くすほどでした。
アメリカ海軍のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「モンテレー」。同名のアメリカ海軍艦艇としては4代目(画像:アメリカ海軍)。
軍艦の乗員は自国籍船以外に乗り込めるの?
このニュースでは押収された武器の量や種類が注目されがちですが、そもそも、これを積んでいたのはアメリカ船籍の船ではありません。そうなると、気になるのは果たしてこうした自国籍ではない船舶に対し、停船させたり乗船したりすることが法的に問題ないのかという点です。
国際法上、沿岸から12海里(約22km)までの範囲で設定できる領海より外側の海域では、国家が管理や権限を及ぼすことができる事項は大きく制約されています。
たとえば、沿岸から24海里(約44km)まで設定できる接続水域であれば「(1)通関(2)財政(3)出入国管理(4)衛生」に関して、また沿岸から200海里(約370km)まで設定できる排他的経済水域であれば海洋資源管理や海洋科学調査などの一定の事項に関してのみ管理や権限を及ぼすことができます。
さらに、これらの海域の外側に広がるどの国の独占的な権利や権限も及ばない自由な海域である公海上では、それぞれの船が掲げている旗の国のみがその船に対して権限を及ぼすことができます。これを「旗国主義」と言います。
「旗国主義」に基づく海の上のルールとは?この旗国主義に基づけば、たとえば公海上で自国の旗を掲げている船に対しては、その国の法執行機関や軍隊が自国の法律に基づいて権限を行使することができます。しかし、他国の旗を掲げている船に対しては、当該船舶に接近して国籍を確認したりすることは認められます(これを「近接権」といいます)が、たとえば停船を命じて乗船するといったような強制的な権限を行使することはできないのです。
では、今回の「モンテレー」の行為は国際法に違反しているのでしょうか。もちろん、そうではありません。
旗国主義の例外とは?じつはこの旗国主義には例外があります。それが、一定の場合に認められる「臨検」の権利です。
「臨検」とは、軍艦や海上法執行機関の艦船において、公海上で遭遇した船舶が「(1)海賊行為 (2)奴隷取引 (3)無許可放送 (4)無国籍船舶 (5)実際には臨検を行おうとしている艦船と同じ国籍を有しているのに、違う国の旗を掲げるなどしている(国連海洋法条約第110条)」といった行為を行っていると疑うに足りる十分な根拠がある場合に、当該船舶に乗船して書類の確認や船内の検査などを行うことです。
今回の「モンテレー」の取り締まりは「合法」今回の「モンテレー」の事例では、対象が無国籍船舶だったということが明らかにされています。

アメリカ海軍の駆逐艦「ラッセル」に乗艦しているアメリカ沿岸警備隊による臨検の訓練の様子(画像:アメリカ海軍)。
アメリカ海軍省が作成し、その国際法に関する考え方などが示されている「指揮官のための海軍作戦法規便覧」によれば、無国籍船舶とは「一国による正当な登録を受けていない」船舶を指すとされていますが、さらに、「対象船舶が船名や旗などを掲げていない場合」「呼びかけに対して船長が国籍や登録に関する主張を行わない場合」「主張されている国籍が当該国によって否定されている、あるいは確認が取れない場合」「複数の国籍を主張している場合」などでも無国籍船舶とみなされます。
こうした無国籍船であれば、そもそもその船をどの国も管理していないことになるため、すべての国が権限を行使することができると整理されます。そのため、今回のケースのように対象船舶へ乗り込んで武器を押収することができる、というわけです。
世界最強といわれるアメリカ海軍も、その行動は国際法に合致するような形で行われています。それこそが、世界一流の海軍の証といえるわけです。