従来、装甲車はその足まわりがタイヤか履帯(いわゆるキャタピラ)かでまったく別物として扱われ、別々に運用するのが一般的でしたが、イギリスではこれらの混成編制が企図されています。それを可能とする背景を解説します。
子どもが戦車の絵を描くと必ず履帯(いわゆるキャタピラ)を描くように、履帯は広く一般的にも、戦車の必須条件のように見なされています。一方、タイヤを装備する陸上自衛隊の16式機動戦闘車は、戦車とは呼ばれません。
このように、履帯で走る車両は「装軌車」、タイヤで走る車両は「装輪車」と呼ばれ、従来、両者はまったく別物として扱われてきました。単純に優劣比較もできるものではなく、装軌か履帯かというテーマは議論が尽きないネタだったのですが、最近では「まったく別物」と断言できないような傾向が見られます。
戦車を掩護する歩兵戦闘車は、戦車に随伴できる機動力が必要とされてきた。陸上自衛隊の90式戦車に続行する89式装甲戦闘車(2019年1月16日、月刊PANZER編集部撮影)。
1992(平成4)年7月に発効した「CFE」こと「欧州通常戦力条約」では、「戦車は、空車重量が16.5t以上で、口径75mm以上の360度旋回砲を装備する装軌式装甲戦闘車両。今後就役する装輪式装甲戦闘車両で、右の他の全ての基準を満たすものも戦車と見なされる」と定義されています。つまりCFEでは1992年7月以降、戦車の要件に装軌、装輪の違いは関係ないことになっています。

装輪と装軌の装甲戦闘車、16式機動戦闘車(写真左)と10式戦車。装軌車の方が外見の印象がソフトだ(2018年8月26日、月刊PANZER編集部撮影)。
装軌車と装輪車の違いははっきりしていますので、両者を同じ編制にすることは使い勝手が悪く避けられてきました。
また、主力戦車を援護する歩兵戦闘車という装甲車があります。歩兵を載せて戦車と協同行動し、敵の携帯対戦車火器などを排除して戦車を援護するのが役割で、戦車に随伴するため足回りは装軌式が普通でした。
しかし最近は傾向が変わってきて、装軌車と装輪車を同じ編制に組み込む動きがみられるようになりました。装軌車と装輪車の走破性能の差が少なくなってきたという技術進歩もひとつですが、それ以外にも理由があります。
装輪車と装軌車の混成 イギリス陸軍の場合イギリスは2021年現在、陸軍の機構改革を進めており、そのなかで主力戦車を主軸として高い打撃力を持つ機甲歩兵旅団と、装甲車を主軸として機動性を重視したストライク旅団を編成しようとしています。アメリカ陸軍も主力戦車と歩兵戦闘車を中心とする機甲旅団戦闘団と、前述した、機動性重視のストライカー装甲車を中心とするストライカー旅団戦闘団を編成していますが、イギリスの取り組みがアメリカの編成と見比べて特徴的なのは、装軌車も装輪車も同じ編制に組み込んでいることです。

イギリス陸軍のストライク旅団で長距離偵察任務を担う予定の「エイジャックス」。部隊でトライアル中だが、開発状況は芳しくない模様(画像:イギリス国防省)。
イギリスの機甲歩兵旅団は、主力戦車「チャレンジャー2」の近代化改修型と装輪式の「ボクサー」装甲車で編成されます。またストライク旅団は装軌式の「エイジャックス」装甲車と装輪式「ボクサー」装甲車で編成されます。一見、装軌車と装輪車の混成でアンバランスのようですが、軍内では装軌か装輪かという違いはあまり議論されなかったといいます。
これは、戦い方が変わってきたことが理由です。同じ車両で固めて集団的に行動することから、少数が広く別々に行動しつつもネットワークで連携してサポートは緊密に行うというスタイルに変化しているのです。

装輪装甲車ながら74式戦車とほぼ同じ重量の「ボクサー」。実戦経験もあり市場から一定の評価を得ている(画像:ARTEC GmbH)。
ストライク旅団は、長距離を迅速に移動する緊急展開がおもな任務です。そのなかで、装軌車の「エイジャックス」はおもに偵察用として、路外や荒地でも浸透していく走破性が期待され、一方の装輪車である「ボクサー」はおもに機械化歩兵の移動用として、迅速な移動性能が期待されている、ということです。「エイジャックス」が浸透偵察して進路を見つけ、「ボクサー」が歩兵を載せて前進するイメージで、機動力のレベルを合わせる必要はない、という考えなのです。

「ボクサー」から下車した機械化歩兵部隊、戦闘力は装甲車ではなく歩兵が発揮する(画像:KMW)。
また機甲歩兵旅団の場合、主力戦車はどこでも走れるわけではありません。大きく重くなり過ぎた主力戦車は、荒地よりは路上や平地移動を好みます。通れない橋梁や道路もありますし市街地や森林地帯は苦手です。むしろ走れる場所を慎重に選択しています。
「装輪車」の性能向上について、ひと昔前の第二世代主力戦車である陸上自衛隊の74式戦車と同じ口径の105mm砲を、装輪式の同16式機動戦闘車が走行しながら精度の高い射撃をするのは象徴的です。空気の入った柔らかいタイヤで車体を支える装輪車は従来、反動の大きな大口径主砲は装備できないとされてきましたが、サスペンション、砲安定装置、射撃統制システム、砲架、車体などの優れた設計とそのトータルバランスで実用の域に達しています。

後方へ走行間射撃する16式機動戦闘車。装輪車が反動の大きな105mm砲を走行しながら射撃するには様々な技術革新が必要だった(2021年5月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
単純な重量比較ですが、装軌車の「エイジャックス」は全備重量42t、装輪車の「ボクサー」は全備重量38tとほとんど差はなくなっており、防御力も充実していると想像されます。ちなみに74式戦車も38tです。

105mm砲を装備する74式戦車。停止しなければ正確な射撃は難しかった。16式と74式では半世紀の技術差がある(2017年8月24日、月刊PANZER編集部撮影)。
先に紹介した1992年のCFEで、戦車の定義に装輪と装軌を区別しなくなったのは、そのころから装輪式装甲車の進歩は目覚ましく、装軌車のテリトリーを侵しつつあったからです。現代の使い勝手では、タイヤがどうやら優位性を示しているようです。