福岡市東区の筥崎宮の前には、路線バスのみ通行可能な専用道があり、大型の路線バスが参道を横切るように走り抜けていきます。もともと鉄道の廃線跡を活用したもので、その名残を随所に見て取ることができます。
福岡市東区にある「筥崎宮」(はこざきぐう)は、博多どんたく・博多祇園山笠と並ぶ「博多三大祭り」のひとつで毎年9月に行われる「放生会」(ほうじょうや。独自読み)で知られるほか、年間を通して絶えない参拝客のために、昔から鉄道・バスなど交通機関が整備されてきました。
そのなかで、境内の大鳥居の西隣にあり1日150本以上のバスが来る西鉄バスの「箱崎」バス停から、ひとつ隣の「馬出(まいだし)通り」までは、周辺の道路と少し雰囲気が異なります。ここは西鉄バスだけが通れる路線バス専用道になっているのです。
筥崎宮境内、二之鳥居前を通過する西鉄バス(宮武和多哉撮影)。
福岡市内を縦貫する9系統をはじめとした路線バスは、ドライバーが無線連絡を取りながら、大型車両1.5台分 ほどの道幅の専用道に進入していきます。周囲には自家用車や歩行者の進入を禁じる看板が多く立てられていますが、一般車の誤進入を知らせる警報装置などもないためか、専用道上でもバスの走行の慎重さや丁寧さは変わりありません。
両側の停留所や専用道の柵などを見ると、勘が良い方は「何だか鉄道っぽい」と気づくでしょう。実はこの専用道は、1975(昭和50)年に全線が廃止された西鉄の路面電車、福岡市内のうち貫線(かんせん)と呼ばれた路線の軌道跡を利用して作られました。
「馬出通り」バス停には路面電車のホーム(安全地帯)や古びた架線柱(鉄塔)などが残り、その雰囲気はもはやバスではなく路面電車の停留所そのものです。専用道と住宅街を仕切る柵も、よく見ると枕木を再利用したものであるなど、その見かけはつくづく「下町の路面電車の専用軌道区間」といったところ。専用道はやや狭隘な馬出の商店街と直角に交わり、踏切の警報音が響き渡るなか、大型バスが赤提灯も見える商店街の軒先に「ぬっ」と出てくるさまは、この街の風物詩でもあります。
この道の原型となった福岡市内線「貫線」は、どのような経緯をたどってバス専用道となったのでしょうか。
全長11km超え!西鉄福岡市内線の「貫線」とは?バス専用道の原型となった西鉄福岡市内線の貫線は、ほとんどの区間で「明治通り」(国道202号の旧道)の道路上(併用軌道)を走行していました。1910(明治43)年、西鉄の源流のひとつである「福博電気軌道」が路線を開業させた当時から、バス専用道の区間は路面電車のみの専用軌道として建設され、楼門・本殿まで3~4分ほどで到達できる「二之鳥居」横、現在の箱崎バス停上に当時の終点駅が設けられました。いまもバスの交換が可能な専用道の道幅や、近辺の広々とした自転車置き場、いかにも駅舎を設置できそうなスペースなどに、主要駅としての名残を感じ取ることができます。
1921(大正10)年には参道を横切るかたちで東側に延伸され、箱崎~工科大学前(のちの九大前)間の800m弱が開業し、福岡市内を11.9kmにわたって東西に貫く「貫線」の原型が誕生しました。ご利益のひとつに「勝運」がある筥崎宮は、戦時中には出征兵・家族の参拝客が絶えなかったといいますが、その多くが路面電車を利用したことでしょう。

専用道上に残る枕木を使ったと思しき柵の跡(宮武和多哉撮影)。
しかしモータリゼーションが到来し、渋滞による電車の所要時間増加などもあり貫線は廃止、西鉄市内線も4年後の1979(昭和54)年には新規に建設される地下鉄に役割を譲るかたちで福岡の街から姿を消します。道路上の併用軌道は廃止後すみやかに撤去されるなか、専用軌道上にあった箱崎~馬出間は周囲に大きな幹線道路がなかったこともあってか、貫線廃止からたった2週間ほどでバス専用道として供用を開始しました。
1986(昭和61)年には福岡市営地下鉄の箱崎宮前駅がバス停のすぐ北側に開業しましたが、渋滞に左右されないバス専用道はそのまま使用されています。一方で箱崎から西鉄バス「箱崎三丁目」までの区間は自動車・歩行者も通れる「ふれあい通り」として、箱崎地区の生活道路の役割を果たしています。
バス専用道周辺の変わりゆく学生街 でも変わらない筥崎宮バス専用道の沿線は筥崎宮の門前町としての性格だけでなく、九州大学のキャンパスが点在していたことから学生街としても知られていました。
このため、バスがもっとも頻繁に運行されている9系統の終点「九大前」の名称が2020年、「箱崎3丁目」に変わりました、その行先表示幕を見て、「そんな終点あったっけ?」と驚く人もいるのだとか。
また2020年には、新型コロナウィルスの感染拡大の影響もあって土曜・日曜を中心に大幅な減便が行われ、路面電車のホーム上にひっきりなしにバスが進入していた景色も、徐々に過去のものとなりつつあります。

専用道上の「馬出通り」バス停から一般道と交差(宮武和多哉撮影)。
感染症の影響で「放生会」などの行事も開催できない状況が続いていますが、国指定重要文化財に指定されている筥崎宮・本殿の威容は変わりありません。境内には今年の春も同じようにシャクヤクの花が咲き乱れ、参道を横切る路線バスも変わらず運行されていました。バスと鳥居を合わせた写真を撮りに来る人も多いのだとか。
筥崎宮の西側に点在する九州大学のキャンパス跡地は、現在のところ空き地も多く、今後については公園・住宅などその用途が話し合われている最中です。今後10年、20年で大きな変化が予想されるバス専用道沿線の街並みを散歩してみるのも、良いのではないでしょうか。
※一部修正しました(8月12日17時15分)。