開発が進む「空飛ぶクルマ」は、「他機と衝突せず、安全に目的地までたどり着けるか」が課題のひとつです。これに関わるのが、航空分野の「自動操縦」と「衝突回避システム」の歴史。
近年「空飛ぶクルマ」といった次世代航空モビリティが実現するかもしれない、といった機運が高まりつつあります。これには「他機と衝突せず、安全に目的地までたどり着ける」ことも当然重要です。これを踏まえて、実現の可能性はあるのでしょうか。
「空飛ぶクルマ」のアピールポイントのひとつに、高度な自動運転技術が採用されていることが挙げられます。この技術は、自動車分野で、近年急速な広がりを見せています。国内大手自動車メーカーでも自動運転車の開発にずいぶん前から取り組んでおり、その技術を実用化させた市販車も販売されるようになってきたほか、このほど開催された東京五輪大会の選手村でも無人運転のバスが運航されていました。
一方、航空分野の自動運転つまり「自動操縦」は、これに先んじて進んでいるといえるでしょう。旅客機における自動操縦の歴史は成熟しており、現在、気象条件などの制限なく、ルート上に他機がいない場合、ひとたび空にあがってしまえば着陸直前まで、ほぼコンピューターへの入力だけで運航できるようになっているほどです。
羽田空港の旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。
では、「空飛ぶクルマ」は飛行機のような自動操縦を実現できるでしょうか。まずは飛行機に自動操縦技術が構築されていった歴史的背景から見てみます。
飛行機は当初、自機の状態を把握するのはそれこそ人肌しかありませんでしたが、飛行性能の向上にともなって、次々に計器が取り付けられていきます。
そして、ジェット旅客機が主流となる時代に入ると、それらの計器はただ単に値を示すものではなくなってきます。計算機の発達にともない、表示に計算機を仲介することから始まり、現代では計器の状態を計算機が把握、判断して最適な情報をモニターに表示する、いわゆる「グラス・コクピット」が発展しました。コンピューターのプログラムに、実際の運航の経験値などを盛り込めるようになったことで、現代の旅客機では標準装備ともいえる、高いレベルの自動操縦が可能となったのです。
ただ、実際に旅客機の運航ということを考えた場合、いつもフル・オートというわけにはいきません。その理由のひとつが、他機の存在です。
「衝突回避」航空管制にも工夫たとえば国内でもっとも発着便数の多い羽田空港では、1日1000回以上の離着陸が実施されています。そのような頻繁なペースで多数の旅客機が発着している場所もあるにも関わらず、空中で旅客機同士がぶつかってしまったというアクシデントは、世界でも数えられるほどです。
もちろんこれは、航空業界の長年の経験に裏打ちされた各所の取り組みの賜物です。
空港周辺では、滑走路へ向かう際の着陸ルート、離陸ルートを設定して、管制機関の承認を得ながら飛行します。また離着陸にも一定の間隔を設けることで衝突を避けています。これは、空港間を飛行する経路でも同様で、飛行ルートを設定し、その飛行ルート上で高度差を設けて飛ぶことで、衝突を回避しています。
日本国内やヨーロッパ、アメリカ上空では、より細かいポイントが設定され飛行ルートが細分化しているほか、太平洋や大西洋といった洋上にもルートが張り巡らされています。こういったルート上を飛ぶ場合でも、原則として管制機関の承認が必要となります。また、各機から提出された飛行プランの情報は、国内だけでなく外国とも共有されています。なお、これはあくまでもエアラインが運航するジェット旅客機の場合で、小型機や軍用機はこの方式に従わずに飛行する機体もあります。
飛行中の飛行機が、他機と衝突しないためには、周囲を飛行する他機の位置を把握することも必須です。ただ、ジェット旅客機からの視界は極めて限られた範囲であり、周囲の飛行機を目視で発見するのは極めて困難です。
コクピットにも存在「衝突回避システム」そのため、旅客機にはTCAS(空中衝突警報システム)という衝突防止装置の設置が義務付けられています。
実はこの装置、当初から取り入れていたわけではなく、必要性が認められたのは、実際に旅客機の空中衝突事故が起こってしまったことにあります。1980年代後半にこの装置の実装が義務付けられたのですが、実は実装までには、数十年かかりました。
TCASの基本的なシステムは、自機からの情報を電波で出し、その周囲にいる他機が、それに呼応して情報を交換するものです。また、前方だけでなく機体全周に情報交換が可能ですが、それに応える他機がTCASを装備していない場合、この機能をフルに活用できません。

エアバスの最新鋭機のひとつ、A350のコクピット(乗りものニュース編集部撮影)。
こういった旅客機のノウハウを「空飛ぶクルマ」では応用し、安全性の高い運航を実現すると見られます。また旅客機とくらべ、移動速度、移動距離、高度ともに低く、視界も運動性もよさそうです。
一方で、長年かけて築き上げられてきたジェット旅客機の運航システムを、そっくりそのまま「空飛ぶクルマ」に活用できるとは、まず考えられません。また「空飛ぶクルマ」は飛ぶ動力をはじめ、まだまだ課題が多いのも事実といえるでしょう。
しかし人間は、時間をかけて、様々な技術を現実化してきていました。SF映画の1シーンでは大都市の空中を数多くのクルマが行き交う情景が見られますが、いつか実現する日が来るのかもしれません。
【なるほど】「TCAS」って何?2分動画で見て納得!