横断歩道では手を上げよう――この啓発が2021年の警察における一種のトレンドになるかもしれません。なぜいま、このことが重要になっているのでしょうか。
横断歩道を渡るときは手を上げて――子どもの時にそう教わったことがある人は少なくないでしょう。自治体や警察が、大人も含めて、このことを改めて啓発する動きがあります。
たとえば愛知県が2010(平成22)年から展開する「ハンド・アップ運動」。2021年度は特別な予算を組んだうえで、全県的に推進しているといいます。隣の三重県でも2021年7月から、「横断歩道“ハンドサイン”キャンペーン」が始まりました。
横断歩道で手を上げる子どものイメージ(画像:写真AC)。
「交通事故死亡事故のうち、信号のない横断歩道での事故を含む歩行者が死傷するケースが多いのです。そこで、信号のない横断歩道で手を挙げることで、『渡る意思』があることをドライバーに気づいてもらい、停止したドライバーにアイコンタクトで感謝の気持ちを伝えます」。愛知県のハンド・アップ運動について、県の交通安全グループの担当者はこう説明します。
また、三重県の「“ハンドサイン”キャンペーン」を主導する三重県警によると、信号機のない横断歩道でクルマが一時停止する割合は、手を上げない場合37.4%だったところ、「手を少し上げる」場合、85.1%まで向上したとか(県警調査)。
背景には、クルマが信号のない横断歩道で一時停止する割合が全国的に低い、ということがあります。
近年、JAF(日本自動車連盟)がこの「一時停止率」の調査を毎年全国で行い、その都道府県ごとの結果を公表しています。一時停止は少しずつ向上してはいるものの、2020年は全国平均で21.3%、依然として8割のクルマが「止まってくれない」状況です。ちなみに三重県は2019年版にて、一時停止率3.4%で全国ワーストとされました。
JAFの調査では、横断歩道に歩行者がいても一時停止をしない理由として、約4割のドライバーが「歩行者が横断するかどうかわからない」と回答。このため、横断歩道を渡る意志を示す「歩行者の教育も必要だ」と、これまで取材した複数の警察関係者が口にしていました。「横断歩道で手を上げる」の啓発は、その方法のひとつというわけです。
43年ぶりに復活した「手を上げて」「横断歩道で手を上げよう」が2021年のいま、改めて啓発されるのには、別の理由もあります。宮城県警は県民向けのお知らせで、次のように記しています。
「以前より本県では、横断歩道は『手を上げて』合図をして渡るよう、お願いしていましたが、令和3年春に『交通の方法に関する教則』と『交通安全教育指針』が改正され、『横断するときは、手を上げるなどして運転者に対して横断する意思を明確に伝えるようにすべき』との記載が追加されましたので、子供だけでなく全ての歩行者が『横断する意思を運転者に示すこと』を改めて、お知らせいたします」
このうち「交通の方法に関する教則」は、国家公安委員会が道路交通法の解釈を一般向けにわかりやすく示す目的でつくった、全ての交通安全教育の典拠ともいえるテキストのこと。2021年春、ここに「横断歩道で手を上げる」の記載が、43年ぶりに復活したのです。

信号のない横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいても、8割のクルマが止まらない(画像:JAF)。
逆にいえば、多くの人がこれまで教わってきたであろう「横断歩道で手を上げよう」というのは、必ずしも“常識”ではなかったということです。
記載の復活は、昨今目立っている歩行中の事故を減らす目的がありますが、43年前にこれが教則から削除された経緯については、「不明」との警察庁コメントを多くのメディアが報じています。
手上げ「今の時代に合う」? 見解統一「宮城県でも、『手を上げて』を推奨していた時期と、『まず安全確認』を重視していた時期が分かれます。手を上げるだけでは安全確認がおろそかになり、むしろ危険との意見もあったからです。地域によっても、古い方針が踏襲されていることがあり、統一されていませんでした」
宮城県警の交通企画課はこう話します。そこで2019年、「やはり手を上げて安全確認し、クルマ側にも意思表示する方法が、今の時代にも合う」ということで、見解を統一したそう。
すると教則が改正され、「まさに我々と同じ考えだと思った」(宮城県警交通企画課)といいます。

三重県警が展開する「横断歩道“ハンドサイン”キャンペーン」ポスター(画像:三重県警)。
歩行者を保護する横断歩道での一時停止をめぐっては、全国的に取締りも強化されています。コロナ前には、東京2020大会に向け、歩行者優先が定着している海外からの訪日客増加に対応するためにも、警察庁や国土交通省が対策を急いでいました。
というのも、日本は歩行中および自転車乗車中の死者数が人口10万人あたり2.0人(2017年)に上り、G7各国でワーストという不名誉な状況があったからです。
一方、横断歩行者をめぐっては、「スマホに気を取られて、渡るのか渡らないのかよくわからない人も多い」といった声も聞かれます。歩行者の「意思表示」を目的として手を上げることを呼び掛ける動き、今後の成果が注目されます。