一般的に「スゴイ着陸」といえば、安定性が高く、悪天候でもブレずに降りるような場面が想起されますが、実は航空管制官から見ると少し違います。見た目ではわかりづらい「神着陸」は、どのようなものなのでしょうか。
大空港では絶え間なく航空機が離着陸するのが日常です。到着ラッシュの時間帯であれば、先に着陸した航空機が滑走路から離脱したら、すぐに次の航空機が到着します。
もちろん、着陸はほとんどすべての便で、安全に行われます。IATA(国際航空運送協会)発行のSafety Report 2020によれば、世界における100万回当りの過去5年間平均事故発生件数は1.38回であり、そのうち「ハード ランディング」(衝撃を伴う強硬な着陸のことを表し、ここでは航空機の損傷や乗客への障害を含むもの)は0.14回と示されています。つまり、滅多にない着陸失敗を除けば、ほとんどの便は同じように降りてくる――ともいえるのです。
成田空港に着陸する旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。
ただ、筆者(タワーマン:元航空管制官)が管制塔からその光景を何万回、何十万回と眺めているうちに、パイロットの高度な技術に関心してしまうほどのスゴイ着陸に気が付くことがありました。そして、管制官から見る「スゴイ着陸」と感じる場面は、一般的に想像されうる、パッと見てすぐわかるような「スゴイ着陸」とは、だいぶギャップがあるかもしれません。
航空管制官は周辺の交通状況、気象、機器に表示されるデータなどをもとに先の状況を予測し、いま航空機をどう動かすべきか判断します。あらゆる状況に備えながら、型式の違いや地表、上空の風による微妙な影響も考慮して、航空機がどう動くのか考え指示を出します。実はこの「先読み」という作業がとくに複雑になる場面が、着陸後です。
航空機が着陸し、速度を落としたのち滑走路から離れる際には、滑走路と交わる取付誘導路や高速離脱誘導路を曲がって、駐機場へ地上走行(タキシング)をはじめます。
つまり、航空機は着陸後、いつも同じルートを通ってターミナルビルまで行ってくれるわけではありません。そこで航空管制官は「どこで滑走路を離れるか」を常に先読みする必要があります。
離脱のタイミングはどう決まる?「神着陸」もこれが関係航空機が誘導路へと進入するポイントは、原則「操縦士は管制官からの指示がない場合は、滑走路占有時間(滑走路上の滞在時間)が最短となる誘導路から滑走路を離脱する」という国土交通省の規定(国際基準にも準拠)に基づいたものとなります。ただ、空港は365日稼働しているわけで、天候・風・滑走路面のコンディションなどは毎日違いますし、飛んでくる便ごとに接地点、接地直前の速度も異なります。
そうしたなか航空管制官は、航空機の挙動から確実に「どこで滑走路を離れるか」を見極める必要があるのです。そうやって見極める経験を積むうちに、接地点とその後の減速具合を見れば9割方はどこを曲がるか確信が持てるようになります。

成田空港A滑走路の航空路図。青線がA滑走路とつながる取付誘導路や高速離脱誘導路(画像:国土交通省 AIS JAPAN)。
ところが、その航空管制官の“確信”をも上回るパフォーマンスを見せる航空機が稀にいるのです。ほとんどの航空機が、悪天候や滑走路面のコンディションがベストとはいえない状況などで、平常時のような狙い通りの着陸が出来ずに、滑走路の端から離れた距離にある誘導路から離脱せざるを得ないなか、その機は接地点標識ピッタリに接地し、一気に減速後、予想よりも手前の誘導路をスムーズに曲がっていくのです。
実際この現象は、航空管制の面においても大きなメリットをもたらします。想定していた1機分の滑走路占有時間が15秒から20秒近く短縮されることも少なくないのです。
想像するに、操縦するパイロット自身も良い接地が出来たことが分かり、瞬時に曲がる誘導路を伝え、即座にレスポンスする息の合ったコックピット内のコミュニケーションも重要でしょう。これらがすべて噛み合った結果が、この「思ったより早い滑走路離脱」を生むといえるのかもしれません。
着陸の上手い下手については、見方によって答えはそれぞれです。ただ、「滑走路を無駄なく使う着陸」は最高の技術を示す一つと言えるのではないでしょうか。