近畿圏の路線バスから、狭隘な道路や坂道をゆくものを紹介します。住宅街から50km先の絶景を眺められる路線や、T字路を「三角ターン」する路線など、いずれもその地域ならではの特徴を持ったものばかりです。
曲がりくねった住宅街や山道をゆく「狭隘(きょうあい)路線バス」は、高い運転技術を見られることからバスファンのあいだでも人気です。京阪神地区では、山間部などの限られたスペースに開かれた住宅街と市街地を結ぶ手段として欠かせない生活の足となっています。
今回は2020年8月に配信した「京阪神の狭隘・急坂バス路線5線」の第2弾として5路線を紹介します。高度成長期に発展した住宅街や、千数百年の歴史を持つ街道などを走る、さまざまな路線バスの座席から景色や車窓を眺めてみましょう。
・運行区間:あべの橋~布施駅北口
・うち狭隘区間:小路東2丁目~小路東5丁目
大阪阿部野橋と布施(東大阪市)という、近鉄の主要ターミナルどうしを結ぶこの路線ですが、東大阪市との市境に近い生野区小路(しょうじ)地区では、広い道をショートカットするように生活道路へ入ります。斜めに伸びるこの道は、もともと大和川水系の小さな川を埋め立ててできたものですが、その路上には白のペイントで「バス通り」と何箇所も大きく書かれています。周囲に住宅がぎっしりと続く中、バスは車幅ギリギリの道を走行して、幹線道路から離れた小路東4丁目バス停などを経由して行きます。なおこの狭隘ルートは布施駅前行きの下り便のみが通り、上り便は南側の広い府道を経由します。
小路地区の狭隘路を行く大阪シティバス12系統(宮武和多哉撮影)。
【高槻】高槻市営バス34系統:小型バスでも狭い!かつての山陽道「西国街道」をゆく
・運行区間:JR高槻駅南~梶原東
・うち狭隘区間:別所新町~梶原東
江戸時代に京都と下関を結ぶメインルートであった「西国街道」(山陽道)を進む路線。高槻市梶原地区は現在の国道がかなり離れていることもあり、かつての面影を色濃く残しています。その道幅はクルマがすれ違うのも難しいほどですが、小型バスは旧家の軒先をかすめつつ、極めてスムーズに走っていきます。
周辺には石標や地蔵堂など旧街道らしい風景も点々と残り、「梶原」バス停近辺にあったとされる梶原寺は四天王寺建立の際に1万4000枚、東大寺建立の際に6000枚という膨大な数の瓦を収めた記録が残されています。平安時代初期にこの地から去ったとも言われ、現在では御堂の配置も明らかになっていませんが、何千枚もの瓦は現在のバス通りを伝って運び出されていったのかもしれません。
しかし時代の流れはこの近辺にも迫り、終点となる梶原東バス停の近辺は新名神高速道路の建設が進んでいる関係で、その面影をなくしつつあります。
「バス専用信号」で狭隘区間をクリア!阪急沿線の狭隘・急坂2区間を紹介します。
【宝塚】阪急171・172系統:大阪梅田まで一望!・運行区間:阪急逆瀬川~光が丘北
・うち狭隘区間;宝梅中学校前~光が丘北
阪急今津線の逆瀬川駅(兵庫県宝塚市)から山側の「西山」地区へ上っていくバスです。距離にして1km強、所要時間12分、あっという間に終点へ到着する短距離路線ですが、その高低差は100m以上。何度も連続して直角カーブが続くうえ、沿道には小学校や中学校がいくつも連なっているため、運転手さんもかなり気が抜けない様子です。終点の光が丘北に到着したバスは、ループを描いてすぐ逆瀬川駅に戻っていきますが、天気がよければ降りてみることをお勧めします。大阪梅田のグランフロントや、あべのハルカスまで、大阪平野をぐるりと一望できます。
この地域はもともと「大阪・神戸の両方に通勤しやすいエリア」として、昭和40年台前半に住宅団地として造成が始まりました。1979(昭和54)年に開業したこの路線は、平日朝方には1時間6本ものバスが運行され、逆瀬川駅では今津線へ乗り換えるサラリーマンの姿も。朝の今津線は、西宮北口駅経由で大阪梅田駅に直通する電車が賑わいを見せます。
ちなみに、沿線でひときわ急な坂道の横にある「宝塚市立宝梅中学校」は吹奏楽部の活動が盛んなことで知られ、全国大会出場11回、兵庫県代表19回という実績を誇ります。また向かい側の山麓には中山五月台中学校(全国大会16回)、その中間の平地には宝塚市民吹奏楽団(全国大会出場12回)の本拠地もあり、これら地域性を鑑みて、子どもの部活動を考え、あえて周辺の物件を探す人もいるほどだとか。
【伊丹】伊丹市営バス51系統:神社の石塀横にちょこんと立つ「バス専用信号」

春日丘地区の狭隘路を抜ける伊丹市営バス。鶴田団地方面は本数も多い(宮武和多哉撮影)。
・運行区間:JR伊丹駅~鶴田団地ほか
・うち狭隘区間:清水橋~春日丘西
山間部の狭隘な道が続く宝塚市とはうって変わって、隣の兵庫県伊丹市は大半を平野部が占めます。この周辺は宅地の配置がもともと不規則ということもあり、バスは入り組んだ住宅街の道を注意深く進んでいきます。
その中でひときわ注意を要するのは、阪急伊丹駅から1kmほど北側にある猪名野(いなの)神社近くの道路。この周辺だけが急激に狭くなっているため、神社の石塀の上と狭隘区間の向こう側には「バス専用」と書かれた、行き違いを制御するための信号が設置されています。この区間を通過するバスは、伊丹市営バスと阪急バス2者で1時間に5~6本はあり、朝晩には北側(鶴田団地・阪急川西能勢口方面)のバスが通過後、すぐさま南側(阪急伊丹・JR伊丹方面)に向かうバスのために信号が変わるなど、その動きは見ていて忙しないものと言えるほどです。
また周囲には新興住宅地や個人商店、小学校、スーパーなどもあり、この区間は歩行者や自転車も多く見られます。反対方向から自転車が来るとバスは道路脇ギリギリまで車体を寄せて通していますが、道路の状況をわかっているのか、急がずバスと一緒に信号を待つ自転車の姿もよく見られます。
上り坂一直線! 最後で待ち受ける珍運用最後は「海と山」を結ぶ神戸らしい路線(?)です。
・運行区間:垂水東口~上千鳥
・うち狭隘区間:上千鳥周辺
海岸線のほど近くにあるJR神戸線と山陽電鉄本線の垂水駅。山麓にびっしり広がる住宅街へ向かう数系統のバス路線が、駅東側のバスロータリー(垂水東口)から発着しています。そのなかでも千鳥団地方面に向かう山陽バス10系統は、一本道の上り坂をひたすら駆け上がる路線で、坂が行き止まりとなるT字路に終点となる上千鳥バス停が立っています。この先はバスが入れなさそうな山道と数軒の家があるのみで、まさに「行けるところまで行く」路線です。
なお、上千鳥バス停には転回場がなく、常駐する誘導員の指示にしたがってT字路で「三角ターン」のようなオペレーションを取るのが特徴です。
交差点に進入したバスは、まず右折してすぐ乗客を降ろします。ここで誘導員が車両の後ろに付き、誘導灯を回しながら20mほどバックしつつバスは停留場に進入。ここで垂水東口に向かう乗客を乗せ、T字路を右折して坂道を降りて行きます。1時間に2~3回はこの折り返しが行われますが、日差しを遮るものがないため、誘導員が滝のような汗をかいていたのが印象的でした。

上千鳥バス停ではバックしながらバス停に進入する。誘導員さんが常駐している(宮武和多哉撮影)。
上千鳥周辺は戦後まもなく宅地開発が急速に進んだ地域で、バスの運行開始は1953(昭和28)年と、山陽バスのなかでは古株に入る路線です。
※ ※ ※
今回紹介した兵庫県・大阪府のそれぞれの路線は「戦後の急速な開発」「歴史上の古道」「生活道路」など、それぞれ土地特有の事情を抱えた路線ばかりです。なかには地元の方の乗車がきわめて多い路線もありますので、混み合ってきたら席を譲りながら乗車するのが良いでしょう。
※誤字を修正しました(11/18 17:54)