ロシア軍がウクライナに極超音速ミサイル「キンジャール」を使用したと発表。すると、アメリカから即座に「軍事的に実用性なし」との声明がでました。

どんな武器で、何のために使われたのでしょうか。

音速より速い「極超音速」ミサイル

 2022年3月19日、ロシア国防省は極超音速ミサイル「キンジャール」を使用して、ウクライナ西部のイワノフランキフスクに所在する、ウクライナ軍の地下弾薬庫を破壊したと発表しました。

 キンジャールはミサイルシステム「イスカンデルM」から発射される9M723弾道ミサイルを、航空機から発射できるようにしたものです。イスカンデルMはウクライナ侵攻でも使用されていますが、キンジャールの実戦使用は侵攻においては今回が初めてのことです。

ロシアが撃った極超音速ミサイル「キンジャール」とは 虎の子兵...の画像はこちら >>

MiG-31K戦闘機に搭載された極超音速ミサイル「キンジャール (画像:ロシア国防省)。

 従来の弾道ミサイルは、その名が示すように弾道軌道、すなわち放物線を描く形で飛翔します。イージス戦闘システムとSM-3ミサイル、PAC-3ミサイルといったミサイル防衛システムは、放物線を描く形で飛翔する弾道ミサイルの迎撃を前提に開発されていますが、キンジャールとその原型である9M723弾道ミサイルは、これらのミサイル防衛システムでの迎撃を困難にするため、既存の弾道ミサイルよりも低い軌道を描いて飛翔し、終末段階でも既存の弾道ミサイルより、複雑な動きをするといわれています。

 また、ミサイル本体もレーダーに映りにくい素材と構造を採用しており、最大速度も音速の10倍にあたるマッハ10に達することから、アメリカや日本などは9M723とキンジャールを、将来の大きな脅威の一つになり得ると認識してきました。

 こうしたキンジャールのウクライナ侵攻での使用は世界的に大きく報じられましたが、3月22日付の朝日新聞はアメリカ国防総省の高官が、「軍事的に実用性がない」と述べたと報じています。

 アメリカ国防総省の高官はその理由として、「それほど遠くない距離から建物を攻撃するのに極超音速ミサイルが必要だったのか疑問に思う」と述べています。

 キンジャールを母機のMiG-31Kから発射した場合の最大射程は2000kmに達するともいわれています。たとえば遠距離からアメリカ海軍の空母を攻撃するといった用途に使用した場合は、相手にとって大きな脅威となり得るミサイルであるといえるでしょう。

しかしロシア本国や、ロシア軍の出撃拠点であるベラルーシから距離が近いウクライナを攻撃するのであれば、わざわざキンジャールを使わなくても、最大射程500kmと言われる9M723弾道ミサイルを使用すれば十分で、実際に9M723はウクライナ攻撃で多用されています。

なんとも大げさな手段に打って出たロシア

 キンジャールは2018年3月1日に、ロシアのウラジミール・プーチン大統領が年次教書演説で挙げた6つの将来戦略核兵器のひとつであり、いわばロシアにとって「虎の子」と言える存在です。

 その虎の子を、防空システムが充実しているとは言い難いウクライナへの攻撃に使用する、いわば「牛刀をもって鶏を割く」、大げさな手段としか言いようのない使い方には、アメリカ政府の高官でなくても首をかしげたくなるところです。

 ロシアがウクライナへの攻撃へキンジャールを使用したのは、心理的な効果を狙ったものではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。

 第二次世界大戦の末期、ドイツは世界初の弾道ミサイル「V2」を使用して、イギリスやフランス、ベルギーなどへの攻撃を行っています。当時の技術では探知も迎撃も困難で、空襲警報が発令されることもなく、気付いたら着弾して被害を及ぼすV2は、攻撃を受けた国の市民に大きな不安を与えたと伝えられています。

 ロシアの侵攻から1か月が経過した現在も、ウクライナは粘り強い戦いを続けていますが、それはウクライナ国民の高い士気に支えられています。その士気をそぐため、V2と同様、気付いたら着弾して被害を及ぼすキンジャールを使用するのであれば、それは一面において合理的であると言えます。

 ロシアの軍事作戦はお世辞にも順調に進んでいるとは言い難く、それが外国からのロシアに対する評価の低下と、ロシア国民の士気の低下につながる可能性は十分にあります。

 既存の防空システムでは探知と迎撃が困難と言われているキンジャールによる攻撃を成功させることで、ロシアの軍事力は軽視できるものではないという事を国内外にアピールしたいとロシアが考えたとしても、それは不思議なことではありません。

 筆者が推測したように、ロシアが心理的効果を得る事を主な目的にキンジャールを使用しているとすれば、それは戦局が思い通りに進まない、ロシアの焦りの表れであるように感じられてなりません。

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