世界最大の飛行機An-225「ムリヤ」を手掛けるアントノフ設計局が製造した機体には、まだユニークな機体が存在します。「プロップ・ファン」エンジンを搭載し世界で初めて飛行した輸送機「An-70」です。

“いいとこ取り”のエンジン方式

 旧ソビエト連邦時代に設立され、現在ウクライナに本拠を構える航空機メーカー、アントノフ社。同社が開発した飛行機としては、2022年2月にロシア軍事侵攻で破壊された、重量ベースで世界最大の機体An-225「ムリヤ」があまりに有名です。――ただ、同社が手掛けたユニークな飛行機はそれだけではありません。そのひとつが、世界で初めて、珍しいエンジン方式「プロップ・ファン」を搭載し飛行した輸送機「An-70」です。

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An-70(画像:アントノフ社)。

 プロップ・ファン・エンジンは、現代のプロペラ旅客機で一般的な「ターボ・プロップ・エンジン」の発展型で、同軸でつながった二重のプロペラが、相互に逆方向にまわる「二重反転プロペラ」を備えたもの。燃料消費は少ないが速度は遅い「ターボ・プロップ」より速く飛びながらも、速度は速いが燃料を多く消費するジェット旅客機で一般的な「ターボ・ファン・エンジン」より燃料消費を抑えることができる、いわば“いいとこ取り”のエンジン形式です。

 An-70は1994年に初飛行した4発のプロップ・ファン・エンジン搭載機です。全長約41m、全幅約44mで、外観の特徴はなんといっても、2層構造となっていることで花びらのように見えるプロペラです。

 同機は、長さ600から800mの未舗装滑走路でも離着陸でき、低燃費・高速を実現し、あらゆる天候や気象条件で使用できるとのこと。肝心の巡航速度は700~750km/hです。たとえば、アントノフ社のターボ・プロップ機「An-12」は570km/hですから、100km/h以上の高速化が図られていることになります。

 このユニークな飛行機は、どういった経緯で開発されたのでしょうか。

「An-70」が開発された経緯

 世界で初めて飛行したプロップ・ファン搭載の飛行機「An-70」は、1000機以上製造されたアントノフ社のベストセラー輸送機「An-12」の後継機として開発されました。

「An-70」は、An-8を始めとする歴代アントノフ社の輸送機では伝統的な、主翼を胴体の上部に配置する「高翼」のレイアウトや、ボディが低く短い脚などが特徴。これは乗客・貨物の積み下ろしを容易にする、不整地でも離着陸できるようにするなどの狙いでしょう。その一方、従来機で設置されていた、着陸する滑走路面を目視するための「観測窓」がありません。

ウクライナ産の世界初「珍エンジン搭載の飛行機」どんなもの? 「ムリヤ」も開発のアントノフ社製
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An-70(画像:アントノフ社)。

 なお、プロップ・ファンはスペック・アップのほか、短距離離着陸性能も狙ったものと記録されています。

「An-70」の設計が開始されたのは、ウクライナが旧ソ連だった1984年。開発途中で、ソ連は崩壊しますが、その後少なくとも初飛行までは、開発費をロシアとウクライナで負担しあいながら、進められました。ただ4度目の飛行試験時、初号機が人為的ミスのためにまさかの墜落。その後作られた2機目の試作機が、紆余曲折を経ながらも、現在、飛行可能な1機のみの機体です。

 一方で、An-70のデビュー後も、プロップ・ファン搭載の飛行機が一般化されることはありませんでした。

というのも、この当時、航空機向けの燃料が世界的に広く産出されており、燃料より快適性が優先されたほか、長年使用され続けた安定性もあり、ターボ・ファン・エンジンの優勢はゆらぐことなく今日に至っています。実は、プロップ・ファン・エンジンの飛行機には、特有の空気を切り裂く音や振動などがあり、快適性はイマイチだったのです。

 ただ、完全にAn-70が“過去のもの”となっているかというと、そうとも言い切れません。

「An-70」の近況

 An-70の開発当時、民間向けの機体An-70T、ヨーロッパ向けのAn-7X、空中給油型のAn-112KC、胴体と主翼を延長して大型化したAn-170などが計画されましたが、どれも実現には至りませんでした。

ウクライナ産の世界初「珍エンジン搭載の飛行機」どんなもの? 「ムリヤ」も開発のアントノフ社製
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世界最大の飛行機、アントノフAn-225「ムリヤ」(画像:アントノフ社)。

 一方で近年では、大気層を破壊し、環境に負荷のかかる化石燃料を主とするガス・タービン系のエンジンに取って代わる後継エンジンの開発が急がれており、その一つとして、水素燃料や電池を動力としてプロップ・ファンを採用する研究が進められ、再び注目を集めました。その一環として、ウクライナ・ロシアが力をあわせ、既存のAn-70を改修して飛行実験が再開されました。

 そして、2015年にはウクライナ空軍からの発注を受け、An-70の量産が開始されたと報じられています。

 世界最大の航空機として有名なAn-225は飛行可能な1機が破壊された映像が公開されていますが、たった1機残ったAn-70は話題になっていません。どこにあるのでしょうか。無事、保存されていることを期待したいと思うのは、はかない夢でしょうか。

【映像】なんちゅー不思議な音! 珍エンジン搭載「An-70」が飛ぶ様子(75秒)
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