離島防衛だけでなく、災害派遣などでも孤立した地域に救助の自衛隊員がロープなど使ってヘリコプターから降りることがあります。これ、やりかたによって複数の種類に分かれるそう。
2022年5月28日(土)に富士山の麓に広がる東富士演習場で実施された「富士総合火力演習」。通称「総火演」と呼ばれる本演習は、各種装備品の射撃を紹介する前段演習と、シナリオに沿った展示を行う後段演習の二部構成になっており、後段演習ではホバリングするヘリコプターから複数の隊員がロープで降下する場面が見られました。
こうしたロープを使った降下を自衛隊では「特殊卸下(とくしゅしゃか)」というのですが、大型の輸送ヘリコプターCH-47J/JAと、中型の多用途ヘリコプターUH-60JAでは、隊員の降下の仕方に違いが見られました。CH-47J/JAで用いていたのはファストロープという降下方法なのに対し、UH-60JAはリペリングと呼ばれる降下の仕方でした。
このふたつのロープ降下、何が違うのか見てみましょう。
リペリングでUH-60JAから降下する陸自隊員。1機で最大4名まで一度に降下させることができる(武若雅哉撮影)。
まずファストロープですが、自衛隊では比較的新しい降下方法として、全国の普通科連隊などで訓練に取り入れられています。綱引きで使うような太いロープを使うのが特徴ですが、特別な器具などは使わず、両手と両足の力だけで身体を支えてバランスを取りながら降下するため、規定値以上の握力がないと行うことはできず、そもそも訓練に参加させてもらえません。
なお、命綱すら装着していないため、両手両足の「挟む力」がなくなると真っ逆さまに落下してしまう危険性もあるものの、地面に到達した瞬間に手を離せばすぐに戦闘行動へ移行することができるというメリットもあります。
また、1本のロープに3名程度の隊員がしがみついても問題なく、一度に素早く大量の隊員を降下させることができます。
一方、リペリングは、ファストロープよりも細いロープを使って降下します。隊員はロープで結んだ自作ハーネスやロッククライミングなどで使用するナイロン製ハーネスをあらかじめ用意し、これにカラビナと呼ばれる登山用の固定具を用いることで、降下時のブレーキ操作をします。
また、地上には落下に備えてロープを引っ張る隊員も待機していることから、万が一、手からロープを放してしまっても地面に真っ逆さまに落ちることはありません。そのため、ファストロープよりは安全で、より重い荷物を背負っていても降下できるメリットがあります。しかし、基本的に1本のロープで降りられる隊員は1名のみで、さらに降着したあとは余っているロープを全て手繰り寄せて外す必要があることから、迅速な戦闘展開には不向きです。

CH-47JAからファストロープで降下する陸自隊員。ファストロープの長所は、降着後、速やかに展開できること(武若雅哉撮影)。
なお、警察や消防などでもホバリングするヘリコプターから地上に降り立つことがありますが、それらと前出の自衛隊が行っているロープ降下技術とは大きく異なります。
警察や消防では、基本的にはファストロープやリペリングのような固定されたロープで地上へ降りるようなことはせず、「ホイスト」と呼ばれる機械式のワイヤー装置を使うことが一般的です。こちらは、ワイヤーの先端にあるフックにハーネスを引っ掛けて、モーターの力で隊員をヘリコプターから下ろしたり上げたりします。
つまり、ファストロープやリペリングはもっぱら飛行中のヘリコプターから降りるためだけに使用する手段なのに対し、ホイストは機械の力でワイヤーを巻き取ることで、下ろすだけでなく、上げることもできるという点で異なります。
ただ、「ホイスト」を使う場合は、基本的には1回の降下で1人しか降ろせません。多くともせいぜい2人までです。また降下の速度はホイストの回転速度で決まってしまうため、それ以上早く降りることもできません。
一方、機械で揚降を行うため、荷物や装具などを無人状態で降ろすことが可能という特徴も有しています。
用途に合わせて使い分け 日頃の訓練が超重要こうして見てみると、ロープを使った降下方法も複数あることがわかります。ただ、どのやり方が優れているということは一概にはいえません。それぞれが長所と短所を兼ね揃えているため、そのときの作戦内容によって選択されるというのが正しいでしょう。つまり、どのやり方にも対応できるように、日頃からさまざまな訓練を重ねておくのが重要ということです。

ホイストと呼ばれる方法で要救助者を吊り上げるシーン。リペリングやファストロープと異なり、巻き上げて機内に収容することもできる(武若雅哉撮影)。
ちなみに、ファストロープの場合は、ロープの先端に取り付けられたカラビナを使うことで、隊員を吊り上げ、そのまま飛行して戦闘地域から離脱する方法もあります。これは「エキストラクションロープ」といい、ヘリコプターが降りられないような狭い場所であっても、ロープ1本垂らすことができれば、隊員を緊急退避させることができるというメリットを有しています。
とうぜん、この「エキストラクションロープ」も訓練が必要で、太いロープがあればどんな隊員でも行えるというものではありません。簡単に行っているように見えて、実は事前の準備と日ごろの訓練が必要なのです。
逆にいうと、ベテランの軍人であれば、ロープ降下ひとつ見るだけでも、その国の兵士の練度が判断できてしまうものでもあるといえるでしょう。