ウクライナ侵攻を続けるロシア軍陣地へ撃ち込まれたアメリカ製ミサイルが物議を醸しています。アメリカがウクライナへの供与を認めたものの、現時点でウクライナ軍が撃てるはずのないミサイルだったからです。
2022年8月7日にロシア軍陣地へ撃ち込まれたというミサイルの残骸の画像がSNSに投稿され、その残骸に記されていたシリアルナンバーが波紋を広げています。ナンバーは、撃ち込まれたのがアメリカ製のAGM-88「HARM」(High-Speed Anti Radiation Missile)という対レーダーミサイルであることを示していたからです。
2022年8月上旬現在、ウクライナではアメリカが供与した「HIMARS(ハイマース)」という高機動ロケット砲システムが「ゲームチェンジャー」として注目されていますが、AGM-88がウクライナに登場したとすれば、これも「ゲームチェンジャー」になる可能性があります。
アメリカ海軍のF/A-18Cに搭載されたAGM-88「HARM」。目標が電波を切っても逃げられないよう、マッハ2以上という高速で飛翔する(画像:アメリカ海軍)。
AGM-88は、敵の対空レーダーの電波を探知し発信源を攻撃する、防空システム制圧用のミサイルです。旧ソ連軍の重厚な防衛網を突破するために開発され、1983(昭和58)年からアメリカ軍が運用しており、1991(平成3)年の湾岸戦争では2000発以上が使用されたといいます。新しい兵器ではないものの、改修を重ねてF-35統合戦闘機にも搭載でき、最新のD型では敵がレーダー電波を止めても、その座標を記憶しGPS誘導できるようになっています。
ロシア軍はこれまで、S-400やS-300など高性能の対空ミサイルを多数、展開してウクライナ空軍を抑え込み、西側の介入にもにらみを利かせていました。そこにAGM-88が投入されれば、ロシア軍の防空システムはレーダーが使えなくなり無力化されることになります。
さらにAGM-88は対空レーダーだけでなく、ロシア軍がウクライナ軍砲兵を標定して狙い撃ちにするために使用している対砲兵レーダーを標的にすることも可能とされます。
ウクライナのレズニコウ国防相は7月25日にアメリカから対レーダーミサイルを受け取ったと語っていましたが、アメリカからのコメントは無く、信ぴょう性が疑われていました。冒頭の、8月7日になされたSNS投稿の翌8日になって、アメリカのコリン・カール国防次官は「航空機から撃てる対レーダーミサイル」をウクライナに供与したと述べました。何をどれだけ供与したかは明らかにしませんでしたが、CNNの報道によると、国防当局者は供与したミサイルがAGM-88だと認めたそうです。
しかしいくつもの不可解な点があります。「誰が」「何から」撃ったのか分からないのです。
まず、ウクライナはAGM-88の使用について、公式には何もコメントしていません。さらに、AGM-88は航空機から発射する空対地ミサイルですが、発射できるのはF-16C/D、F/A-18C、F-15E、F-35、トーネードなど西側製機体で、ウクライナ軍はこれらを持っていません。
では、どのような「ことの真相」が考えられるでしょうか。

ウクライナ空軍博物館に展示されている旧ソ連製Kh58対レーダーミサイル(画像:George Chernilevsky、Public domain、via Wikimedia Commons)。
西側のどこかの空軍が撃ったとすれば直接介入となり、ロシアとの武力衝突に拡大するリスクが高く、現時点で西側がそんな無茶をする理由はありません。また、ウクライナはF-16を要求していますが供与されたという情報はありませんし、準備時間に無理があります。
筆者(月刊PANZER編集部)は、ウクライナ軍のMiG-29にAGM-88を搭載できるよう改造して使用した可能性が高いと見ています。カール次官はウクライナ空軍の戦力増強のため、MiG-29の予備パーツを送っていると述べています。その中にAGM-88を搭載する緊急改造も含まれていたのではないでしょうか。
AGM-88は通常、電波の発信元位置や種類など目標情報諸元を発射母機からインプットしますが、ミサイル本体に事前に目標情報諸元をインプットするモードもあります。この方法ならば東側製のMiG-29でも、電子機器の積み替えなど大幅な改造をしなくても、より小さな改造だけでAGM-88に対応できそうです。ただし離陸後の目標変更ができない、ミサイル本体のメモリ保持バッテリーには限りがあり長時間行動できない、など、運用には制限が付きます。
とはいえ疑問点は残ります。高速で飛ぶ戦闘機にとって外部搭載のミサイルは空気抵抗が大きく飛行特性を左右します。MiG-29がAGM-88を搭載した場合の飛行特性の検証と対策を、短期間でどうやって済ませたのかが分かりません。

ウクライナ空軍のMiG-29。チェコからNATO規格のパーツが供給されているが、AGM-88を運用できるのか確証はない(画像:アメリカ空軍)。
AGM-88が使用されたという情報は、ロシア軍防空システムを弱体化させるという純軍事的な意味以外に、西側のウクライナ支援姿勢を強調するプロパガンダ戦の側面も見られます。ウクライナは航空機や弾薬などさらなる支援を要求しており、欧米各国の支援も国によってスタンスが違います。情報も恣意的なリークや操作がなされ、出所不明の陰謀論めいたものまで錯綜しています。欧米がウクライナに実際のところどんな支援をしているのか分からないことも多く、今回の対レーダーミサイルの件についても情報源はロシア軍であり、SNSに投稿されるまでアメリカはだんまりでした。
ウクライナでは「ジャベリン」に始まり、TB-2「バイラクタル」、HIMARS、AGM-88などと「ゲームチェンジャー」とされる兵器が次々と話題に上りますが、その「ゲームチェンジャー」なるものがどんどん「チェンジ」する状態です。これも情報戦の一端であることに注意しなければなりません。