『機動戦士ガンダム』は、リアリティを重視したロボットアニメの先駆けですが、不思議な兵器も存在します。代表例は大きな顔があり、手の代わりにカマが付いたモビルアーマー「ザクレロ」。
ロボットアニメの代表的作品のひとつ『機動戦士ガンダム』。SF的手法でリアリティある世界観を構築したことで多くのファンを魅了していますが、なかにはそれに逆行するかのような不思議な兵器も登場します。
その代表的なものが、牙のついた大きな口があり、汎用性がなさそうなカマを手の代わりに装備した、ジオン軍のMA(モビルアーマー)「ザクレロ」です。
イギリスが建造した「Qシップ」。幾何学的な塗装はわざと距離を見誤せるための欺瞞塗装(画像:IWM)。
ジオン軍は、他にも「ビグロ」「グラブロ」「エルメス」「ブラウ・ブロ」「ヴァル・ヴァロ」のようなMAを開発していますが、これらは「ザクレロ」のデザインとの共通点は少なく、「ザクレロ」は特に兵器とは思えないデザインです。
「ガンダム」のSF考証と、ザクレロ登場回の脚本を務めた松崎健一氏は「無条件でどうしようもないオモチャ」とザクレロを評しています。そのインパクトがあるデザインゆえに、現在でも愛されているとも言えるのですが……。
では、なぜこのような兵器が生まれたのでしょうか。「おもちゃ会社の都合」とか「富野監督の趣味」のようなメタ的事情ではなく、世界観の中でどう捉えるべきか、考察してみます。
そもそも兵器とは国家の命運を左右するものです。
これはドイツ潜水艦「Uボート」を返り討ちにするために、イギリスが導入した武装船です。当時の潜水艦は、魚雷は搭載数も少なく1発あたりも高価であったため、商船などを攻撃する場合は、浮上して甲板上に搭載した大砲で砲撃する戦術が数多く採られました。そこで、浮上して射撃準備中の「Uボート」を逆に大砲で砲撃すれば、返り討ちにすることが可能です。
「Qシップ」はベースが商船のため、激しい砲撃戦で「Uボート」に撃ち負け沈められることも多々あるものの、「Uボート」は高価なので費用対効果を鑑みると、それに見合うと考えられたわけです。イギリスはさらに、正規軍艦であるPC級哨戒スループを、小型貨物船に酷似した外見へ改設計し、これも「Qシップ」として運用しています。

性能に影響がないなら、あの外見は偽装かもしれない。(イラストレーター:ハムシマ)。
イギリスは第2次世界大戦でも、練習戦艦「アイアン・デューク」を最新鋭戦艦「プリンスオブウェールズ」とドイツ海軍に思わせようとして、囮戦艦の任務を課しています。また旧日本軍は木製の囮航空機を飛行場に配置し、敵の爆撃を分散しています。
一方、旧日本海軍は太平洋戦争前、大型爆撃機「深山」を開発するさいの技術資料として、アメリカのダグラスDC-4E輸送機を輸入しています。このときは、民間旅客機購入だと思わせるために、大日本航空が偽装購入しました。
アメリカも1機しか作られなかったDC-4Eを、民間用として日本が使うと考えてはいなかったでしょう。ちなみにDC-4Eは後のDC-4とは全く違う失敗作であり、だからこそ太平洋戦争も近い、1939(昭和14)年に、日本への売却が認められたとも言えます。
「深山」はDC-4Eの欠点である重量過多と、整備性の悪さを受け継いでいたため、日本は兵器開発の思惑を狂わされたとも言えるでしょう。
ジオンが「ザクレロ」を造った本意とは?翻って「ザクレロ」はどうでしょうか。ジオン軍はMS(モビルスーツ)やMAを主力機動兵器として、一年戦争を戦いました。『ガンダム』の作中では、地球連邦軍はMSへの対応が遅れた結果、開戦当初に大損害を被ります。
地球連邦軍はMSについては、戦争中に実用化にこぎつけ、ジオン軍のMSと対等に戦っていますが、MAについては、戦争中に対抗機を登場させられませんでした。しいて言うなら「ガンダムMAモード」や「コアブースター」がMAに近しいですが、前者は「Gアーマー」のBパーツをガンダムに取り付けただけの応急兵器ですし、後者は格闘戦能力を持たないなど、コンセプトが異なります。

旧日本海軍が太平洋戦争前にアメリカから購入した4発エンジン旅客機のダグラスDC-4E(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。
ジオン軍としては、連邦軍がMS開発に成功することを見据えて、より大火力・高機動なMAを準備したのではないでしょうか。
そうしたなか、地球連邦軍にMAが重要兵器だと思われないようにするためのひとつの策が「ザクレロ」の外見だったのではないでしょうか。「ザクレロ」は「ビグロ」や「グラブロ」よりも開発が先行していましたから、その後のMA開発に影響する重要兵器だったはずです。
「ザクレロ」は運動性能と拡散メガ粒子砲の不調により、正式採用が見送られ、開発が放棄されたという説もありますが、そのこと自体も情報戦ではないかと筆者(安藤昌季:乗りものライター)は思います。
シャアもコメントした「ザクレロ」の存在「試作段階で放棄されたMA」であれば、実戦投入できる仕上がりにはならないでしょう。にも関わらず、「ザクレロ」は「ガンタンク」を撃破し、アムロが搭乗した「ガンダム」をも損傷させる活躍を見せています。つまり、かなり高性能な機体だったと考えられます。

特徴的な外見にも意味はある!? (イラストレーター:ハムシマ)。
なお『機動戦士ガンダム』第32話で、主要キャラであるシャアが、ジオン軍のマリガン少尉に対して「聞いておらん! そんなMAは」と、「ザクレロ」の存在を否定する言葉を吐いています。その前の第31話で、シャアはトクワンより、「ビグロ」と試作MAについての説明を受けていますが、「ザクレロ」については言及していません。
自分が指揮する機動巡洋艦「ザンジバル」の搭載戦力をシャアが把握していないというのは不自然ですから、「ザクレロが軍機扱いなので言及したくない」ということだったのではないでしょうか。
そう考えると、「ザクレロ」のあの外見自体が地球連邦軍を欺く偽装であり、MAとしての本来の設計(外見)があったのかもしれません。
ともあれ、「ザクレロ」の武装付きアームや、メガ粒子砲、後部の大推力スラスターなど機体構成要素は、後のMA「ビグロ」「エルメス」にも踏襲されたと言えなくもなく、そう考えると試作MAとしての役割はまっとうしたとも言えるのではないでしょうか。